世の中には様々なハラスメントがあります。それらは、職場や、ご近所同士、友人間など、日常のあらゆる場面で受ける、気分を害する耐えがたい行為です。

今回取材した男性が遭遇した“被害”は、赤の他人からの行為でした。一体、どのような被害が男性を襲ったのでしょうか。

「私の若い頃はね…」新幹線で延々と話しかけてくる隣席の高齢男...の画像はこちら >>

乗車早々話しかけてきた隣の男性

新横浜駅のホーム。月曜の朝、スーツ姿の乗客が慌ただしく列を作る中、岡部さん(仮名・36歳)は新大阪行きの新幹線に乗り込みました。目的地での打ち合わせに備え、道中で資料を仕上げる予定だったといいます。

「座席に着くとすぐにノートPCを広げて、集中モードに入りました。すでに上司から何度か催促されていた資料だったので、どうしても新大阪に到着するまでに仕上げる必要がありました。幸にして、私のようにノートパソコンに向かっているサラリーマンも多かったので集中できました」

しかし、その集中も長くは続きませんでした。隣の席に座った70代後半と見られる男性が、不意に声をかけてきたのです。

「あなた、パソコン得意なの? わたしも昔ちょっとやっててね」

雑談のような軽いトーンに対し、岡部さんは「すごいですね」と社交辞令を返し、軽く頭を下げました。ですが、会話はそれで終わらなかったといいます。

横にいるだけでうっとおしい存在に

「若い頃はね、オフコンってやつがあってさ。あれがまた難しくて……」「今どこの会社? 商社とか?」

岡部さんは視線をノートPCに落とし、明らかに集中している様子を示しましたが、中年男性の話は止まりませんでした。テンポは緩やかでも、話は途切れることがなかったそうです。


「正直、困りました。こちらがイヤホンをつけても、PC画面に集中しても、相手はまったく気にしていない様子でした。うなずきでごまかすと、今度は『今の若い人は冷たいなあ』なんて愚痴まで出てきて」

とはいえ、岡部さんとしても、できるだけ波風を立てたくはなかったといいます。無用なトラブルは避けたかったのです。

「すみません、急ぎの仕事なんで……」

そう言ってイヤホンを装着し、あからさまに視線を外すと、ようやく男性の口は閉じられました。しかし、会話は止まっても“視線”は止まらなかったといいます。

「ずっと、横からこっちを見ているのが分かるんです。なんだか居心地が悪くて。集中力も切れるし、手元も震えて資料が進まないしで、もう最悪でした」

我慢の限界を超え車掌室に駆け込む

気がつくと、新大阪駅まで残り1時間を切っていました。なのに、資料は半分も仕上がっていなかったそうです。岡部さんの中で、静かな怒りが徐々に膨れ上がっていきました。

「これはもう限界だな、と思ったんです。相手は悪気がないのかもしれませんが、私の仕事や時間を完全に無視しているように感じました」

耐えかねた岡部さんは、イヤホンを外し、相手の目を見てはっきりと伝えました。


「ジロジロ見ないでいただけますか?とっても気になるんです。私、新大阪到着までに資料を作成しなきゃいけないんで」

すると男性はやや驚いたような表情を浮かべた後、鼻で笑うように「はいはい~」と受け流すように答えたそうです。その態度にもまた、岡部さんの中でイラ立ちが募っていきました。

その後、男性が席を立ちトイレに向かったタイミングで、岡部さんはすぐに行動に移しました。パソコンと荷物を持ち、隣の車両にある車掌室へと向かったのです。

ようやく解放され間に合った資料作成

事情を丁寧に説明すると、車掌はすぐに状況を理解し、別の空席を案内してくれました。ようやく静けさと集中力を取り戻した岡部さんは、残り時間で何とか資料を仕上げることができたといいます。

「席を替えてもらうことって初めてで緊張しました。柔軟に対応いただいた車掌さんには感謝しかありません。でも今思えば、もっと早く行動すべきだったかも。相手の気分に配慮して、自分の仕事を台無しにするのは本末転倒ですから」

岡部さんは、車掌に案内されながら元の席を通り過ぎた際に、トイレから戻っていた男性と視線が合ったといいます。男性は不思議そうな形相で岡部さんを見ていたそうです。


「年齢が原因なのでしょうか、それともあの男性が特別なのでしょうか。もはやこういうのって“ハラスメント”の領域に入っていると思います。私も、職場でこのようなことをしていないか、思わず考え込んでしまいました」

今回の出張は、岡部さんにとっていろいろと学ぶことが多かったそうです。

<TEXT/八木正規>

【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営
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