そんな労働環境の日本において、今回のエピソードは、我々に少なからず希望を与えてくれるかもしれません。
家業を支える日常と“愚痴多め”の姉
「肉屋の仕事って大変でしょう?」と問いかけると、今回取材に応じてくれた横溝さん(仮名・28歳)は笑いながらうなずきました。彼の実家は、地元で人気の食肉店を営んでいて、父は社長、母は専務。そして3歳年上の姉がいるそうです。
その姉は、高校時代に全国大会に出場するほどのバドミントン選手で、その後の進路は、隣県の大学にスポーツ推薦で入学し、今は事務機器販売メーカーに勤めています。しかし、話を聞けばーー、
「給与が安くて、いつも16万円くらいしか振り込まれないんだよね。何か副業でも探さなきゃ」
と愚痴をこぼすことが多かったそうです。
姉の愚痴は一度始まれば止まらなくなり、「姉ちゃん、よくそんな給料でやっていけるなあ」と適当に相づちを打ちながら話を聞いていたといいます。
突然真っ赤なレクサスで現れた別人のような姉

店の外に目をやると、そこには真っ赤なスポーツカーが停まっていました。見慣れない高級車に思わず目を奪われていると、中から出てきたのは、なんと姉だったのです。
「姉ちゃん? え、これ誰の車?」
驚いて声を上げると、彼女は涼しい顔で答えました。
「私のだよ。
さらに驚かされたのはその服装でした。いつものデニムやフーディー姿ではなく、ベージュのパンツにタンクトップ。程よくヘルシーな肌見せもあり、以前の“野暮ったい姉”のイメージは跡形もありませんでした。
「副業があるから早めに帰るね」と言い残して、夕方にはさっさと立ち去った姉。横溝さんは「あの低賃金でレクサス? 副業かなにかしてる?」と疑問を募らせたといいます。
推しの配信者がまさかの……
それから1週間経ったある日。横溝さんは、いつものようにスマホで推しライバーの配信を見ていました。色白で目が大きく、会話も軽妙な彼女に癒やされるのが日課だったといいます。しかし、その日の配信中にアクシデントが起きました。突然映像が乱れ、次の瞬間、美しい顔を覆っていたフィルターが外れてしまったのです。そこに現れた素顔は……、見間違えようもない、自分の姉だったのです。

あまりの衝撃に、横溝さんはスマホを手から落としてしまいました。すぐに拾い上げると、画面の向こうで姉は、何事もなかったかのように流暢に話を続けていました。
「自分が投げ銭してた相手が姉ちゃんだったなんて……。頭が真っ白になりましたね」
彼はその瞬間を、今でも忘れられないと語りました。
始まった姉弟二人三脚の副業
後日、思い切って姉に尋ねてみると、意外にもあっさりと事実を認めたといいます。「うん、私だよ。あれが副業。時間あるなら手伝ってよ」

「正直びっくりしましたけど、あんなに生き生きしてる姉を見たのは初めてかもしれません。レクサスに乗って登場した時も驚きましたが、それ以上に『自分の道を見つけたんだな』って思えましたね」
姉の変化は単なるイメチェンや贅沢ではなく、人生を自分らしく切り拓く姿そのものでした。そして横溝さん自身も、推しの正体が姉だったという数奇な縁を受け入れ、共に歩む覚悟を固めたようです。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営