―[メンズファッションバイヤーMB]―

 メンズファッションバイヤー&ブロガーのMBです。洋服の買いつけの傍ら、「男のおしゃれ」についても執筆しています。
連載第549回をよろしくお願いします。
爆発的な人気を生んだ「ラブブ」…おじさんもAIも知らない“世...の画像はこちら >>

爆発的な人気を生み出しているブサカワルックス

「ラブブ」をご存じでしょうか。BLACKPINK、レディー・ガガ、マーク・ジェイコブスと世界もジャンルも超えて爆発的な人気を生み出しているブサカワルックスのキャラクターチャームです。

 単なるぬいぐるみではなく、キーホルダーチャームとしてバッグや携帯などに付けられるのが肝。なんと現在の市場規模は関連事業含め6000億円超。中国のポップマート社が発売したラブブはなぜこうも世界を席巻したのか。

 また、現在急速に人気が後退しているとも報じられていますが、この爆発的なムーブメントは一体どのような構造で起こったのか。アパレル歴20年以上の私がAIにもできない徹底解説を行なってまいります。

AIが導き出した「ラブブの魅力」

「ラブブの魅力は?」と検索、もしくはAIに投げ掛ければたいがいこう返ってきます。
1.ブサカワなキャラクター
→可愛らしい愛くるしい造形ではなく、キバの生えたダークな雰囲気が他キャラクターにはない個性を生み出している

2.有名人の影響力
→現代におけるトレンドセッターであるBLACKPINKのリサが火付け役となり、その後、レディー・ガガなどにも波及。多くのセレブや有名人に愛されそこから一気に拡散された

3.ブラインドボックスによる射幸性
→「何が出てくるかわからない」ガチャガチャ的な要素があり、それによって種類を集めたくなる射幸性を刺激している。また特定モデルには希少性があり高額転売なども。

 これ以上の回答は私が調べた限りほぼありませんでした。

「ファッションには希少性が不可欠」という大前提

 もちろんこれら3つはラブブ人気の核となる部分ではありますが、この3つを兼ね備えたキャラクタービジネスなど過去幾多もありました。ではなぜラブブだけがこれほどまでに世界的なムーブメントを生んだのか。
それは「ファッショントレンドと結びつく絶妙なタイミングだった」と私は考えています。

 前提としてファッションには希少性が不可欠です。その他大勢と何かが違うからこそ「おしゃれだ」と評されるわけですから、ファッションには前提として「希少性」が必要です。

 もちろん希少性だけでおしゃれだと評価されるわけではありませんが(仮に希少性だけでおしゃれだとされるのであれば、「人と違って裸で道を歩く」こともおしゃれになってしまう)、前提条件として「希少性」は不可欠です。皆と同じでは評価の対象にもなりませんからね。

かつてはPRADAの店舗に入れる人は限れられていた

爆発的な人気を生んだ「ラブブ」…おじさんもAIも知らない“世界中で売れ続けている本当のワケ”
PRADA
 いわば「普通じゃダメ」なのがファッションです。「いかに多くの人が理解できる範疇(客観性)で普通を逸脱する(希少性)か」がおしゃれの本質であることは、論理的に疑いようのない事実です。ですが、現代ファッションシーンにおいて希少性の獲得は大変困難です。

 昔はそれが金額である程度担保できたりしました。例えば「PRADAやルイヴィトンを着る」というだけで希少性(あくまで希少性のみですが。評価されるには着こなしの整合性という客観性も必要です)は担保できたのです。何しろ普通の人はPRADAのマークは知っていても、PRADAのラインナップまでは知り得ませんでした。PRADAの店舗に入れる人は限れられていたからです。


「いやいや、PRADAは別に客を拒んだりしないでしょ?」と思うかもしれませんが、PRADAなどハイブランドのお店にはほぼ必ずドアマンがいます。ドアマンがいてラグジュアリーな内装の中で、緊張せずに入れる人がどれだけいるでしょう?

 たいがいの人は「自分には場違いだ」と思い、入店できないものなのです。富裕層かそれ相応のおしゃれな人でなければ実際PRADAの商品というのはまったくわからなかったのです。

服好きであるほど「被り」を気にしている

 しかし、それが現代ではオンライン化され、またSNSで拡散され、誰もがPRADAのラインアップや商品を見る知ることができるようになったのです。それにより希少性は失われました。PRADAに限らず例えばマイナーブランドでもそうですが、昔は「知る人ぞ知る」だったものが今では圧倒的スピードで「誰もが知る」になってしまうのです。

 ファッションは本質的に希少性を求めるものであり、また服好きであるほど「被り」を気にします。現代においてこれを担保するのは大変困難であり、だからこそ今は空前の古着ブームにもなっているのです。

 古着は一点ものですから。希少性がそもそも担保されています。仮に同じものがあったとしてもダメージの入り方などはまるで違う。今どの街でも古着屋さんが爆発的に増えているのはこうした『希少性の最後の逃げ道』として機能しているからなのです。

 そして、今回題材に挙げているラブブもこの「希少性の逃げ道」の一つとしてトレンドにピッタリハマったものなのです。


カスタマイズという希少性担保の一つの形

 ラブブのは「チャームであること」です。チャームとしてキーホルダーとしてバッグや携帯に取り付けることができます。これはカスタマイズという希少性担保の一つの形です。
 高いお金を出してPRADAのバッグを買っても「あ、それ今年の新作だよね」と皆に分かられてしまう。SNSで有名人が拡散し続けるため、それだけでは希少性が担保できません。そこでバッグをカスタマイズすることで希少性を作ることができるわけです。

 思い返してみるとこれは2000年前後の女子高生にも見られました。そう、携帯電話のじゃらじゃらストラップですね。

 以前は携帯電話を持ってること自体が希少性でした。皆がポケベルの中「私は携帯電話を持っている」と所有だけで希少性が担保できたのです。しかし、普及が進む中で希少性は薄れ、今度は機種による希少性や個性を求めました。

「私はN、私はSH、私はP」みたいなモデル名で個性を表現できたのですが、それも圧倒的な携帯普及速度の中で被りが大量に発生してしまいます。おじさんおばさんと同じ機種を持つことになるJKは当然それを嫌がります。
希少性担保のために彼女らがとった方法は「ストラップをつけて自分なりにアレンジすること」でした。

「カスタマイズ」は今後のファッションで大きなキーワード

 iPhoneのケース市場がここまで伸びているのもカスタマイズによる希少性欲求が一つ大きいです。何かが違うを求める最終着地点は「カスタマイズ」に行き着くのですね。

 ラブブは多種多様なバリエーションとそれをチャームとして小物につけられるカスタマイズ性が人気となって、希少性担保が困難となった現代ファッションの難点を解決させるものとして大流行を見たのです。

 しかし、皮肉なことに、大流行するあまりラブブ・カスタマイズも拡散を見て希少性を失い始めました。いくらバリエーション豊富といえどラブブであることには変わりなく、今後市場規模は急速に失われていくでしょう。ただし、この「カスタマイズ」という文化は今後のファッションで大きなキーワードとなります。

 希少性が担保できない市場の中、カスタマイズやオーダーメイド、もしくはヴィンテージなどだけがそれを実現できる。アパレルは今後、どのように「商品の希少性を担保しながら市場規模を拡大していくか」がテーマになってくる。これを我々に教えてくれたのがラブブだったのです。

―[メンズファッションバイヤーMB]―

【MB】
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