「学校給食の質が下がってきています」と言うのは、中学校教員の山中敬さん(仮名)。山中さんが務める学校で最近出された給食の写真を見せてもらうと、主菜はアジフライにキャベツの和え物。
だが、明らかにアジフライも小さいし、キャベツの量も少ない。育ち盛りの児童が食べる昼食だ。これでは物足りないだろう。
 比較対象として数年前に出たアジフライも見せてもらったが、皿の“余白”が少なく感じる。つまり、大きい。添えられているのは筑前煮で、キャベツに比べれば“豪華”な印象。そして、量も多い。

 ほかの写真でも、現在と数年前では、おかずの量が減っているのがわかる。見た目の“豪華”さも、現在のほうが明らかに劣っている。

 山中さん曰く、「最近の物価高騰も影響しているのかもしれませんが、質が落ちてきたと感じたのは、給食費の無償化が始まってからのことです」とのことだ。

学校給食の質が下がり、教員が払う給食費は「1.5倍」に…手放...の画像はこちら >>

教員が払う給食費は「1.5倍」に

 学校給食費の無償化は全国に広がっている。文科省が2024年6月12日に発表した「学校給食に関する実態調査」によれば、全国1794自治体のうち4割強にあたる775自治体で何らかのかたちで無償化が実施されている(2023年度現在)。小中学生全員を対象にしている自治体も、全体の約3割にあたる547自治体にのぼっている。


 自治体の事情によって違ってくるが、無償化前だと保護者は、子ども1人あたり年間5万円ほどの給食費を支払っている。それが無償になるのだから、保護者が歓迎するのは当然である。

 無償化になると、保護者の負担を肩代わりするのは自治体ということになる。財源が潤沢な自治体であれば平気かもしれないが、残念ながら潤沢な財源をもつ自治体はきわめて少ない。

 給食費の無償化は、自治体に重荷となってのしかかっているのが現実だ。それは、給食費の実費を払っている教員の負担が「無償化後は1.5倍になりました」(山中さん)という部分にも表れている。

質の低下を気にせず、無償化を喜んでいる?

 それが、給食の質低下につながっている可能性は高い。前述の山中さんの学校で起きていることは、その一例である。

 質の低下を、保護者は問題視していないのだろうか。「そういう動きはありませんね。それよりも給食費の負担がなくなったことのほうを喜んでいるとおもいます」と、山中さんは言う。

 問題視していないのは自治体もだ。文科省の「学校給食に関する実態調査」では無償化の実施にいたった理由を自治体に訊いているが、「保護者の経済的負担の軽減、子育て支援」という答えがもっとも多かった。
一方で、「食育の推進」を目的にあげた自治体は少ない。

 質の問題は考えず、保護者の人気をとるために無償化を実施しているのが自治体の姿勢といえるのだ。少ない予算のなかで質も維持しようと現場の調理士は努力しているにちがいないが、原材料費が高騰するなかで予算も足りないとなれば、給食の質は落ちていくしかない。これからの給食の質が心配になる。

エアコンの導入が延期される事態に

 心配なのは給食の質ばかりではない。「ほかにも大きな問題があります」と山中さんは言って、次のように説明した。

「給食費を無償化にするための新たな財源があるわけではありません。無償化にするための予算は、教育予算をやりくりして捻出しています。その調整に頭を悩ませている行政職員には、給食費無償化は嫌われているようです」

 給食費無償化での支出が増えたことで、予定されていた体育館へのエアコンの導入が延期されるといったことが起きているという。無償化によって質が落ちてしまうのは給食の内容だけでなく、教育そのものにも影響がでているのだ。

 これは、問題でしかない。そういう影響について、保護者は問題にしないのだろうか。その疑問にも、山中さんは答えた。


「どういう影響がでているのか保護者は気にしていないとおもうし、知らないとおもいます。それより、無償化になったことを喜んでいるようです」

不登校の生徒には給食が用意されていなかった

 しかし、給食無償化については暗い話ばかりではない。それについても、山中さんが話してくれた。

「無償化でないときは、不登校の生徒の給食はストップされていました。用意しても食べないで残飯になるだけだし、食べないのに経済的負担をするのでは保護者も不満です。そのため保護者と話し合って、ストップというかたちにしていました」

 保護者にとっても給食を用意する側にとってもムダのない策といえる。

「ただ、不登校の子がふらりと学校にやってくることがあります。そういうときに、『給食だけでも食べていけばいいよ』と声をかけられれば、それが話をするきっかけになることがあります」

 そこには問題がある。その生徒の分の給食はストップされているので、物理的に足りなくなってしまうのだ。教員の分を譲ったり、ほかの生徒から少しずつ分けてもらって間に合わせたりもしていたという。

 しかし、そう何度もできることではない。だいいち、友だちから分けてもらったりしたら、本人が気兼ねしてしまい、なおさら学校に足が向かなくなってしまう。

「教員としても、気軽に『給食だけでも食べていけばいいよ』と声をかけづらい状況でした」と、山中さん。
そればかりではない。

 不登校の生徒には、教室にははいれなくても、保健室や相談室なら登校できる場合がある。といっても毎日、登校できるわけではないので、給食はストップになっている場合が多い。

登校できるようになった生徒が複数名現れた

 せっかく登校してきても、給食がないので昼前には下校することになる。給食があれば午後も学校で勉強ができたかもしれないのだが、そのチャンスが失われる。保健室登校でも毎日できるのなら保護者も給食費の負担をためらわないだろうが、どうなるか分からないのでは躊躇してしまう。不登校の生徒が学校に足を向けるチャンスのひとつを、給食が用意されていないことで奪ってしまっているかもしれないのだ。

「しかし無償化になって、不登校に関係なく、在校生分の給食が毎回、用意されています。不登校の生徒がふらりとやってきても、私たちも気軽に声がかけられるようになりました」

 それがきっかけで、学校に来る回数が増えた生徒も実際にいるという。それも、山中さんの学校では複数いるという。

 給食費無償化で、暗い影響も明るい影響もでてきている。全国の小中学校での給食費無償化を実現する時期を、文科省も明確に示してはいない。


 今年2月25日に自由民主党、公明党、日本維新の会の3党が、給食費無償化についても合意を結んでいる。合意文書は「まずは小学校を念頭に、地方の実情等を踏まえ、令和8年度(2026年度)に実現する」と、やや腰の引けたものになっている。

 それほど給食費無償化は、さまざまな問題をかかえているといえる。無償化で、給食もそうだが、教育そのものの質が低下してしまわない配慮が必要になっている。

<取材・文/前屋毅>

【前屋毅】
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。ジャーナリストの故・立花隆氏、田原総一朗氏のスタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーランスに。流通、金融、自動車などの企業取材がメインだったが、最近は教育関連の記事を書くことが多い。日本経済が立ち直るためにも、教育改革が不可欠と考えている。著書に『教師をやめる』(学事出版)、『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)などがある。
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