「日本一選挙に詳しい芸人」と呼ばれる男がいる。お笑いコンビ・「ゆかいな議事録」の山本期日前さんである。

山本さんは芸人として舞台に立つ一方、ライフワークとして300以上にのぼる全国各地の選挙現場に足を運び、ときには選挙ボランティアとして陣営に入り込んで、候補者や支持者の熱気を間近に感じてきた。そうした地道な「選挙ウォッチャー」としての活動が注目を集め、今ではテレビや新聞の選挙特番にもひっぱりだこの存在感を放っている。

扱いが難しい「時事ネタ」に臆せず切り込み、過去には炎上騒動も経験してきた山本さんに、活動の原点や自身が目指す地点について聞いた。

漫才のネタ探しのはずが、選挙にドはまり

「事務所に糞尿が投げ込まれることも」全国300選挙を取材した...の画像はこちら >>
「ゆかいな議事録」の漫才は、政治や選挙、国際情勢といった「重たい」テーマを身近でわかりやすい題材に置き換えて伝えるのが特徴。例えば、抗議デモをテーマパークのパレードに見立てて「エレクトリカルデモパレード」と表現したり、選挙を遊園地に置き換えたりするネタが代表だ。

こうしたスタイルの根っこには、山本さんの幼い頃から続く政治への強い関心がある。周囲の子どもたちがアニメや漫画の話題で盛り上がるなか、山本さんが欠かさず視聴していたのは池上彰の『週刊こどもニュース』。好きな芸人は爆笑問題だった。

「小中高のころは、時事を皮肉ったりブラックジョークを言っても全然ウケず、むしろ引かれていました。でも、社会問題を題材に面白いことを言いたいという気持ちはずっとあって、大学でお笑いサークルに入りました。ただ、時事ネタをやる学生芸人はほとんどいなくて、そこでもまた少し浮いていましたね(笑)」

学生時代は別のコンビを組んでいたもの、大学卒業を機に解散。山本さんは単身で吉本の養成所・NSCに入学し、そこで相方の長島聡之さんと出会って「ゆかいな議事録」を結成する。養成所での初めてのネタ見せで扱ったのは難民問題だったが、講師から返ってきたのは厳しい指摘だった。


「若者が政治を机上で語っても説得力がない。やるなら実際に現場に行ってみろ」

半信半疑ながら「ネタ探しにはなるだろう」と現場に飛び込むことを決める。

「やり方がわからなかったので、候補者の事務所に直接『選挙ボランティアやらせてください!』と飛び込みました。芸人だということも隠さず、『ネタで使うかもしれません』とまで言いました。でも最初は怪しまれましたね。“あいつは敵陣営のスパイなんじゃないか”って(笑)」

最初は漫才に厚みを持たせるための“取材”であり、ネタ探しのつもりだった。しかし活動を続けるうちに「もっと知りたい」という気持ちが膨らみ気づけば選挙の面白さにのめり込んでいた。

「中国ネタ」での炎上が転機に

「事務所に糞尿が投げ込まれることも」全国300選挙を取材した「選挙芸人」山本期日前が見た選挙のリアル
漫才中のゆかいな議事録(左)山本期日前(右)長島聡之
現場に足を運ぶ努力を重ねれど、「時事ネタ」というジャンルは、若手芸人にとってなお、いばらの道だった。

「NSCの講師の方に言われた通り、ただの若者が時事ネタをしたところで説得力が足りないことを痛感する機会は多かったです。ネタの回数を重ねるほど、『どこの馬の骨かもわからない芸人風情が政治を笑いにするな』という空気を強く感じましたね」

政治や選挙をネタにするに足るための認知と信頼を得ようーーそう決意した山本さんは、芸名を「期日前」とした。この名前には、選挙用語である「期日前投票」を広めたいという思いと、自らの活動をひと目でわかるようにしたいという二つの狙いを込めた。加えて、選挙取材にもいっそうの力を入れた。

それでも、観客は10~20代の若者が中心。
「時事ネタをしても、その時々の総理大臣ですらギリギリわかるかどうか」だったといい、ネタに政治的な厚みが加わるほど、若い観客には伝わりにくく、「塩梅が難しい」と感じていた。

観客の反応を引き起こしたかと思えば「炎上」だったーーそれが’23年のM-1グランプリ3回戦だ。国際問題を題材にしたネタは賛否両論を呼んだが、この炎上は結果的に彼らの存在を一気に広めるきっかけになる。強烈な話題性と「政治ネタしかやらない」というブレない姿勢がかみ合い、ゆかいな議事録は「選挙芸人」として知られる存在となったのだ。

選挙そのものを楽しむ文化広げたい

「選挙芸人」という肩書から誤解されがちだが、山本さんが目指すのは特定の政党や候補を持ち上げることではなく、あくまで「選挙そのものを楽しむ文化」を広げることだという。

「特に日本では、選挙が話題になるのは選挙期間中が中心。スポーツでいえば『シーズンオフ』にあたる時期にはコンテンツがないんです。’25年の参院選は久々に盛り上がりましたので、その熱を次につなげる役割を果たしたい」

では、選挙の面白さとは何か。山本さんは「選挙は人が死なない戦国時代」と表現する。戦術ひとつで強者が敗れ、弱者が躍進する。そうした勢いの移り変わりや駆け引きの妙が、選挙には詰まっているのだ。

「選挙区では、親子や親族が戦うのも珍しくありません。
戦国時代も一族同士で領地を奪い合ってましたよね」

選挙の現場では謀略も飛び交うが、それもまた戦国時代的な面白さがあるという。

「陣営内での謀反や裏切りは日常茶飯事。僕が取材したとある事務所では、糞尿を投げ込まれたり、選挙事務所に長い髪の毛が巻き付けられたりしていました。怪文書をばらまかれたとき、軍師役の選挙プランナーが赤ペンで添削して『こんなにデタラメだ』と逆配布して形勢をひっくり返したこともあります。優秀な軍師がいれば戦況は一気に変わる。その感じも戦国っぽいですよね」

このような魅力を「面白く」伝えていくためには、ジャーナリストでなく「芸人」という立場が生きてくるーーと、山本さんは力を込める。

「『芸人』という立場の一番の強みは、ハードル低く物事を伝えられること。岸田首相は『増税メガネ』というあだ名がついてから一気に若者に知られるようになりましたが、政治の世界への認知はちょっとしたきっかけで広げられます。政治をネタにすることで、その『ちょっとしたきっかけ』を作りたいんです」

2025年の参院選で盛り上がった熱気も冷めやらぬまま、石破首相の退陣により次期総裁選への注目が高まっている。選挙への関心が高まる中で、笑いを入り口に選挙を語る山本さんの活動は、次の国政選挙に向けた“期日前投票”のような役割を担っているのだ。
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