でっち上げの不正輸出容疑で逮捕者を出した大川原化工機を巡る冤罪事件では、当時71歳の同社相談役の男性が、勾留中にがんを発症したにもかかわらず適切な治療を受けられないまま死亡。8月25日に、警視庁と検察の幹部が共に遺族に謝罪した。

“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は「大川原化工機冤罪事件裁判の保釈請求却下」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。

勾留中のがん患者を見殺しに…元裁判官が語る、大川原化工機冤罪...の画像はこちら >>

裁判所だけ罪決定後も無反省。命より大事な正義感の暴走

大川原化工機事件では、勾留中にがんを発症した被告人が適切な治療を受けられず死亡している。この悲劇でもっとも責められるべきは、被告人の病状悪化を知りながら適切な処置を怠った東京拘置所と、最後まで保釈を認めなかった裁判官たちだ。

死亡した相嶋静夫さん(享年72歳)は親族がたまたま医療機関に勤務していた関係で勾留執行停止中の治療が実現したが、すでに手遅れの状態であった。移送された際、東京拘置所医務部病院の五十嵐雅哉医師から親族の働く病院の医師宛てに診療情報提供書が送られたが、そこには「受診が遅れましたことをお詫びいたします」との記載があったという。だが、お詫びするのは相嶋さんに対してではなかったか。

後に東京拘置所の診療録は遺族らに公開されている。だが、肝心な部分はすべて黒塗り。都合の悪い部分を隠蔽したかったのだろう。

相嶋さんの保釈を頑として認めなかった東京地裁令状部の裁判官たち。保釈を拒んだ最大の理由は、相嶋さんが罪を認めず否認を貫いていたことにある。
裁判官は否認する被告人の保釈を認めたがらないのだ。

有罪率99.9%の日本の刑事裁判において、否認している被告人は「真犯人でありながら罪を免れようとする、とんでもない不届き者」と裁判官の目には映る。こんな不届き者の保釈を認めたら重要な証拠がすべて隠滅されるかもしれない。そのような最悪の事態は絶対に阻止しなければならない。裁判官は強い正義感からそう考える。

とりわけ共犯者のいる事件ではその偏った正義感が強く働き、一時的にでも拘置所から世に放てば、共犯者同士で連絡を取り合い口裏を合わせるに違いない、そう裁判官は考えるのだ。運が悪いことに、大川原化工機事件は被告人が複数の事件だった。

さらに、保釈すればカルロス・ゴーン氏のように逃亡してしまう恐れもある。刑事裁判の法廷に被告人が出頭しなければ、裁判の主宰者としての管理能力が問われかねない。

裁判所は相嶋さんが死亡したことについて、これまで謝罪はおろか、検証もせず、再発防止策についても一切コメントを出していない。一貫して「裁判所は何も間違ったことはしていない」とのスタンスに立っており、「深く反省しなければならない」と公式コメントを発表している検察とは対照的と言えよう。

あまりに軽く見ている拘留中の被告人の命!

今後も、被告人が勾留中にがんなどの大きな病気が見つかることはたびたびあるだろう。
その場合、相嶋さんのような悲劇がまた繰り返されかねない。今回の事件で明らかになったのは、裁判所には、国民の生命を奪ってでも守るべきものがあるということだった。

真犯人を無罪放免とすることは絶対に許さない──。

そのことにこだわり過ぎる裁判所によって、無辜の国民が一人見殺しにされたのだ。

 検察や警察への批判は多いが、裁判所の闇も深いのだ。大川原化工機を巡る冤罪事件が問うた司法の課題は、まだまだ解決まで遠い道のりとなるだろう。

<文/岡口基一>

【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。旧Twitterを通じて実名で情報発信を続けていたが、「これからも、エ ロ エ ロ ツイートがんばるね」といった発言や上半身裸に白ブリーフ一丁の自身の画像を投稿し物議を醸す。その後、あるツイートを巡って弾劾裁判にかけられ、制度開始以来8人目の罷免となった。著書『要件事実マニュアル』は法曹界のロングセラー
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