大学教授の父に、ズボンを脱がされて…
――やまゆうさんは、社会的に立派な肩書をもつご両親に育てられたと伺っています。やまゆう:そうですね。私は香川県丸亀市に生まれました。父は大学教授、母は薬剤師です。見合い結婚だった両親は、どこか他人感のある夫婦でした。子どもに対する愛情は豊かとは程遠く、無関心がもっとも適切な表現かもしれません。
――お父さんからの虐待を受けたのはいつ頃からでしょうか。
やまゆう:古い記憶だと3歳くらいのときです。2人でテレビを見ていたら、突然ズボンを脱がされて、お尻の穴にティッシュを詰められました。父がいかにも愉快そうに、面白がってやってきたのを覚えています。
リストカットを見た警察官が驚きの一言
――とてつもない虐待経験に感じますが。やまゆう:ただ、父は非常に巧妙で、すべて私の妄想であるかのように仕立てるんです。
――たとえば、どんな訴えをして、どう無視されたのでしょうか。
やまゆう:小学生時代からリストカットなどの自傷行為に走り、中学・高校時代にはピークに達しました。ときには自傷によって病院に運ばれたり、家出をして警察に保護されることもありました。心にずしんときたのは、家出をしたときにある警察官から「親から殴られて育った子もいるんだぞ!」と怒鳴られたことです。また別の警察官は私のリストカットを見て、「もっと傷が深い子もいる」という趣旨の発言をしました。つらくてSOSを出しても、頭ごなしに否定されてしまって、身の置き場がありませんでした。
病院や警察では「甲斐甲斐しい親」として振る舞う
――やまゆうさんが病院や警察に保護されたときは、ご両親はどう対応するのでしょうか。やまゆう:必ず迎えに来ます。世間体を重んじる人たちなので、「問題を起こした子どもを見捨てない甲斐甲斐しい親」として振る舞うのだと思います。病院の先生も警察官も、家庭内の詳細はわかりませんから、私ひとりがおかしいと思っていたでしょう。
当時から私は発達障害と診断されていましたので、たいていのことを「認知が歪んでいる」でスルーされていたとは思います。
「虐待と縁遠い」と思わせる狙いが?
――お父さんから言われて驚いた言葉はありますか。やまゆう:高校時代、家庭に居場所がなかったことから病み、性的逸脱行動がみられました。出会い系アプリで知り合った男性と懇意になったのですが、望まない性行為をさせられました。驚いた私は警察に連絡をしたのですが、父が迎えに来ました。2人きりになったとき、父から「気持ちよかっただろう? 感謝しなきゃな」と言われ、絶句しました。
それから具体的な言葉ではないのですが、家族ぐるみで仲良くしていた友人2人を私から引き裂いたのも父でした。それぞれ、病気を抱えていたり、母子家庭であったりした子たちのコンプレックスにつけ込んで、私がいないときに「うちの子がこんなことを言っていたよ」と吹き込むんです。それが原因で私は2人の親友と疎遠になり、孤立しました。

やまゆう:あえて教育費をかけることによって、虐待と縁遠いと思わせる狙いがあるのではないかと私は考えています。世間の一部には「大学へ行かせてもらえる人は贅沢だから、そうした人は虐待を受けているとは言えない」という間違った考え方があります。しかし実際には、立派な職業に就いていて、経済的に豊かなのに、虐待をする人はいます。そして隠蔽のために、一般に余分と思える教育を受けさせたりすることがあり得るんです。こうした事実は、もっと知られるべきだと私は考えています。
“わかりにくい虐待”にスポットを当てたい
――ところで現在、やまゆうさんは弁護士を目指して勉強中ですよね。弁護士を志したのは、どのような理由でしょうか。やまゆう:理由は複数あります。まず、大学時代に教授からアカデミックハラスメントを受けたことです。その音声は録音し、弁護士を通して大学側とやり取りをした経緯があります。また別の教授ですが、ほかの女子学生に「乳首を噛みたい」と発言するなど、セクシャルハラスメントもありました。
それから、精神保健福祉士として勤務した病院において、医療者から患者への虐待があったことです。
これらの経験を通して、人権意識や法律の知識がないと社会に太刀打ちできないことを痛感しました。思えば家庭内の虐待も人権問題であり、私と同じような子どもに寄り添うためにも、法律を学ぶことは大切だと感じたんです。
――今後の展望について、ご自身の家庭環境を振り返ってどのように感じますか。
やまゆう:外見上は問題がなく、人から尊敬される職業に就いていたとしても、人権意識のない人たちは存在します。そして、表面的な付き合いに留まれば、問題の根源がみえなくなってしまいます。“わかりにくい虐待”には、なかなかスポットがあたりません。学生時代、いくら訴えても理解を示してくれない大人たちを恨みに思いました。けれども弁護士を目指すうえでは、この経験が、より深層に着眼するきっかけを与えてくれたのだと思います。
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一部の虐待は社会の死角で行われる。無理解に苦しんだ女性が法曹を志し、同じくもがく他者を救うまでの物語をみたいと思う一方で、社会の無関心がそれまで続かないことを心から願う。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。