同じく生まれつき決まっているのが「苗字」だ。
さて、苗字に起因して本人の気質になんらかのバイアスがかかるのだろうか、とふと考えてしまう。たとえば、「ア行」よりも「ワ行」の苗字のほうが待つ場面が多そうだから気長な性格になるのかも……みたいな具合でだ。
筆者の周りにも、“かなり珍しい苗字”の方がいたので、取材を申し込んでみた。曰く、「佐藤」や「鈴木」のような“多数派”と比べると、自己紹介のターンが長くなる一方で、アイスブレイクはしやすいのだという。いったいどんな人生を歩んだのか、本人の口から語ってもらおう。
日本にわずか約30人
今回話を聞いたのは「六十里 恵(ついひじ めぐみ)」さん。「ついひじ」は、筆者のPC環境では変換することができなかった。おそらく多くの方がふりがななしでは読めないのではないか。苗字に関するデータが集約されているサイト「苗字由来net」によれば、全国でわずか30人しかいないらしい。珍しい苗字を見聞きすると、まず気になるのが出身地だが、六十里さんは待っていましたとばかりにこう答える。
「すぐに出身地を聞かれるのは、“珍名あるある”ですよ(笑)。六十里という名前は埼玉県の熊谷が発祥らしくて、富士山から60里離れていたからだそうです。
これだけ少なければ、仮に同じ苗字の人に出逢えったときに運命を感じてしまいそうだ。
「親戚以外の六十里さんには会ったことないですね。前の職場で、『ついひじ~』って呼ばれているのを見て、慌てて名刺交換しに行ったら、その方は『對比地』さんでした。漢字が違う人は割といるみたいですね」
間違われてもいちいち訂正しない
ほかにも”あるある”を教えてもらった。「読み方を間違われてもいちいち訂正しないで聞き流しますね。満席の飲食店で名前を書いて待つ場合は、偽名を使います。あとは、捕まらないように気をつけています(笑)。この名前で報道されると、一発で特定されてしまい、同じ苗字の一族に迷惑がかかりますからね」
超少数派ながら、珍しい苗字の人には『珍しいね~』と話しかけてしまうという六十里さん。かくいう筆者も「椿原」という、やや珍しい苗字。六十里さんとはじめてお会いした時に「珍しいですね!どこ出身ですか?」と、尋ねられたことを思い出した。
ふりがなは「自主的に書く」
当然、生活するうえでの面倒や困りごとがあるだろう。とくに印象深いエピソードを披露してくれた。「出張先のホテルにチェックインする時のことです。
ときには面倒を回避するための工夫も。
「ふりがな欄がない書類であっても、自主的に書くようにしていますね。そうでないと、必ず『こちらは、なんとお読みすれば……』というやりとりが生まれますから。それから、スマホのメモに読み仮名を書いてすぐに見せられるようにしています。口頭だと『ついひじ』と伝えても、『んくいひじさん?』『ついしじさん?』というやりとりが何度も生まれるんですよね」
デメリットばかりではない?
大半の人にとっては、経験することのない面倒が多いようだが、難読の苗字をメリットに感じることはないのだろうか。「名前を言っても、絶対に読んでもらえないので、そこから会話がはじまりますね。だから、初対面の人と打ち解けるハードルが低い気はしますよ。出身地を聞かれて答えれば、偶然同郷だったりして、思いのほか話が弾むこともあります」
コミュニケーションを深めるのには「自己開示」が重要だというが、自然と自己開示せざるをえない環境で生きてきた六十里さん。
明るい性格も相まって、彼女の周りにはいつも明るい雰囲気が漂っている。どうやら面倒なことばかりではないようだ。
<取材・文/Mr.tsubaking>
【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。