―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。
今回訪れたのは、板橋区にある居酒屋『花門(かもん)』。イラン人の名物店主がいるという噂を聞きつけ、足を踏み入れたお店で何が起きるのか。
願いは今日も「すこしドラマになってくれ」


欲しいのは元気な胃【上板橋駅・花門(居酒屋)】vol.20

 外国の方が増えたなあ、と感じる頻度がどんどん高くなっている。それでも私の語学力はからきし駄目なままである。

 日本で接客の仕事に従事している外国の方を見ると、本当に尊敬してしまう。こんなにも消費者が偉そうにしている国で働くのは、怖くて仕方がないだろうと思う。

 東京都板橋区にある居酒屋「花門(かもん)」は、イラン人の店主が営んでいて、この店主がおもしろい人だから行ってみようと担当編集に誘われた。東武東上線に乗り、上板橋駅から歩いて5分ほどのところに、その店はある。

 店内に入るとすぐに縦長のカウンター席が8つあり、その奥に靴を脱いで上がるフローリング席がある。事前に予約していた旨を伝えて、カウンター席に通された。

 厨房に掛けられたカレンダーには予約状況が書き込まれており、毎日埋まっているのがわかる。それらを眺めている間にも、ひっきりなしに電話が鳴る。
店主は調理に集中しており、女性店員さんがひたすら「満席です」と伝えている。何度もテレビに出ている有名店だと聞いていたが、これほどとはと驚く。

 メニューを開く。全品400円。「デカ盛り料理と美味しいお飲み物で楽しいひと時を♡」と書かれている。

 腹をすかせた成人男性が2人もいればデカ盛りでも大丈夫でしょと、あれこれ頼む。

 雑談しながら、料理が出てくるのを待つ。席は全て埋まっていて、私の隣はアジア系の楽しげな男性3人組だった。

 その3人の前に、巨大な皿が運ばれてくる。それを見て、私も担当編集も3人組も、言葉をなくす。

 特注のラグビーボールかと思うほど巨大なオムライスが、テーブルに置かれた。

「やばいですって。
あれは、やばいですって」

 小声で担当編集をつつく。担当編集も絶句している。人生最大のオムライスを見ている。

 私たちは唐揚げと冷や奴と、イラン人気ロールと呼ばれる料理を頼んでいた。これらが全てあのオムライスのサイズで来るのだとしたら。私たちはもう、この店から出られないかもしれない。

「この店は初めて? 何を見て来たの?」

 忙しそうに厨房に立ち続けていた店主のマンスさんが、流暢な日本語で話しかけてくれる。ネットの評判を見て訪れたことを伝えると、店主は嬉しそうに「それ、全部私が書いてるんだよ~、素直な人がいたもんだね~」と冗談を述べて、また調理を始める。会話が好きで好きで仕方ない、といった表情を見て、この店が人気な理由を知る。

 程なくして、男性の拳サイズの唐揚げが7~8個と、ブリトーを極大進化させたようなイラン人気ロールと、小学校で使っていた道具箱サイズの冷や奴が運ばれてきた。「デカ盛り」にもほどがある。これらが全て、一品400円。
「売れば売るほど赤字」と、店主が笑いながら言った。そりゃあそうでしょうよ。

 結婚式の二次会の大皿を2人で食べるような気持ちで、箸をつけ始める。どれも美味しい。デカいだけではない。

 しかし、胃袋には限界がある。どれも半分程度まで善戦したが、結局ギブアップすることになった。「お持ち帰りもできますよ」と言われたときの安心感は、海外旅行から帰国した瞬間と似ている気がした。

 テイクアウト用の容器を渡され、そこにぎっしりと料理を詰め込み、店を出る。イランからはるばる上板橋に辿り着き、そこで店を繁盛させた店主の人生に思いを馳せる。

 蒸し暑い夜の空気が、この日はどこか異国のもののように感じられた。

イラン人店主が営む上板橋駅の居酒屋『花門』で運ばれてきた大皿...の画像はこちら >>
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。
小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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