特定の仕事に縛られずに生きるという選択肢
「会社を辞めて無職になる」と聞くと、ネガティブな印象を受ける人が大半だろう。だが、そんなステレオタイプな考え方は古いのかもしれない。「今はむしろ“終身雇用の呪縛”から解放され、会社に人生の操縦桿を握らせてはマズいと考える人が増えています」
そう話すのは、マッキンゼーやグーグル、楽天など名だたる企業を渡り歩き、時代に即したキャリアデザイン方法を説く尾原和啓氏だ。ここ数年で働き方の多様化が進んだことで、「特定の仕事に縛られずに生きるという選択肢が取りやすくなった」と続ける。
「会社を辞めて無職になったとして、『食いぶちをどうするか?』といえば、ギグワークをしたり、フリーランスで仕事を受けるなど、現在は多種多様なプラットフォームがあります。今の日本はどこも人手不足ですし、それらを使えば『米を食う程度の収入』を得るのは誰でも可能。時間と場所に縛られて生きる必要はないわけです」(前出・尾原氏)
年収700万円の生活を捨てて無職に
その恩恵から、積極的に“無職”を選ぶ人も出てきている。北海道在住のわくさん(仮名・52歳)は年収700万円だった安定した公務員の職を捨てて2年前に無職になった。「気候のいい場所で、旅をするように暮らす……そんな生活に憧れていました。仮に定年まで働いて貯蓄が1000万円増えても、老後の生活は大して変わらない。それなら気力や体力があるうちに好きなことをしようと思ったんです。幸い独り身ですから」
もちろん、まったく働かない生活では貯蓄を食いつぶすだけ。そこでわくさんが選んだのが、「旅をするように気ままに働く」という方法だ。農家や旅館など地域事業者と働きながら旅をしたい人をマッチングするサービス「おてつたび」を利用して、全国各地を回りながら最低限のお金を稼ぐ生活をするようになった。
平均月収15万円くらいでも十分

「おてつたびの仕事は一日5時間、旅館で部屋の清掃や皿洗いなどをします。仕事によってバラつきはあるけど、月収は平均で15万円くらい。不要な贅沢をしなければこの収入で十分です。むしろ好きな時間に起きて、日中は現地で出会った“おてつたび仲間”とアクティビティを楽しんだりできる。
少し前に行った屋久島は天候に恵まれないことで知られているのですが、長期滞在だったので、仕事の合間には晴天を狙ってトレッキングを満喫しました。短期間の観光旅行ではこんなにうまくいかなかったでしょうね」
冬になると“避寒”のため東南アジアへ
夏の間、光熱費などの固定費がかからない住み込みの仕事で蓄えをつくり、冬になると“避寒”のため、東南アジアに渡るのが彼のルーティンだ。「タイやマレーシアに3か月ほど滞在して、日中は部屋でネットサーフィン、夕方になればビーチをそぞろ歩く。生産性とは無縁でも、私にとっては理想の生活。
物価が安く、Airbnbなら月3万~4万円で部屋を借りられるし、外食は一食200円前後。渡航費を含めても、日本にいるときと同じ月8万~10万円もあれば余裕で暮らせます」
年収108万円で税負担ゼロを実現

「収入は給与所得控除枠の65万円以内に収めて、住民税が非課税になるようにしています。
国民健康保険も7割減免されるし、年金は全額免除。日本の税制は中途半端に働くよりも、無職のほうが恩恵が大きいと実感してしまいますね」
新しい無職の形とは…
そんなわくさんのライフスタイルを「稼げる・稼げないに関係なく、やっているだけで楽しい仕事=ライフワークを追求している」と分析するのは、前出の尾原氏だ。「仕事とプライベートの両方を充実させる『ワーク・ライフ・バランス』が大事だといわれますが、それは会社に勤めるのが当たり前だった時代の話です。
今はむしろ『ライフワーク・バランス』のほうが大事で、ライフワークが増えることは人生の幸福度を高めることに直結します。わくさんにとって『おてつたび』はまさにライフワークでしょうし、働いているという感覚すらないのかもしれません」
完全に働かない厳密な無職ではないにせよ、“好きなことで日銭を稼ぐ”生き方は、新しい無職の形と言えそうだ。
仕事もお金も必要ない自然共生型の「無職」

2年前までは北海道でカフェを営んでいたが、「次第にモノを持つ暮らしに疑問が生まれた」という。
「車は維持費がかかるし、家は手入れに手間もお金も必要。所有するから、お金も時間も奪われるんです。私はよく登山をしますが、大きな木は屋根になるし、葉っぱは器になる……自然にはすべてがあると気づいてしまった。ほどなく、自然のなかに身を任せて生きようと決意しました」
新たに始まった“楽園探しの旅”
坂井さんが追い求めた「好き」は自然だった。経営するカフェや家財道具を処分し、’23年に現金数万円とリュック一つで旅に出る。最初に辿り着いたのは西表島だった。「でも島の人とのご縁で住まいや仕事に恵まれて。宿泊施設の単発仕事で月収は8万円ほどだけど、寮住まいで食費もかからないので十分でした。ただ、西表島は私にはちょっと寒くて(苦笑)。
そこから私の“楽園探しの旅”が始まりました。理想は水に恵まれ、木々に実がなり、大型の獣がいない、アダムとイヴが暮らしたような小さな島。まだ理想の楽園には辿り着けていないんですけどね」
住み込みで働く理由は…

「実は、楽園の候補として海外の離島に目星をつけていて。辿り着くための準備資金と、両親への仕送りのために貯めてます。元夫と離婚後、離れて暮らす子供もいるのですが、いつか遊びに来られる場所を用意したいんです。
とはいえ私自身はお金は一切いらないので、いつでも完全な無職に戻れます。無職でお金がなくても、誠実に生きていればご縁で道が開けますから」

変化が激しい時代を生き抜く3つの働き方
坂井さんのライフスタイルを、尾原氏も肯定的に捉える。「変化が激しい時代を生き抜くには、3つの働き方があります。1つ目は、『好き』を仕事にする。2つ目は、宮大工のような伝統職でコツコツ働く。昔から残り続けたものは、今後もなくなりませんから。そして3つ目は、永遠のフリーターとして楽しんで働く。
僕が住むバリ島はこういう人が多く、日々の恵みを神に感謝し、今を生きて楽しむことがすべて。それでも生活できるのは、バリ島は温暖で水に恵まれ、二期作で稲作しているからです。バナナやヤシがそこら中に生えていて、鶏は放し飼いにしておけば自然に育つ。
いわば、現物支給でベーシックインカムが整備されているようなもの。坂井さんの選択はある意味合理的です」
ストレスだらけの社会でガマンしながら生きるのも限界を迎えつつあるのか。無職を満喫する中年世代から学べることは多そうだ。
【IT批評家 尾原和啓氏】
経産省対外通商政策委員などを歴任。

取材・文/週刊SPA!編集部
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