介護サービスを使う必要が出た時、もはや使える介護サービスがないかもしれないほど、介護事業者の倒産が増えている。親の介護で十分な支援が得られなければ、介護離職にもつながる。親の介護で人生が狂った事例も紹介しながら、深刻な状況を解説する。
必要になった時、介護サービスはもうない?
医療・介護の業界は、高齢化によって今後も需要が増え続けるため、成長市場のように感じる。しかし、今年4月に東京商工リサーチが驚きの調査結果を発表した。なんと、2024年度は介護事業者の倒産が過去最多となったというのだ。調査結果によれば、2024年度の介護事業者(老人福祉・介護事業)の倒産件数は179件で、前年度に比べて36.6%増だという。今後も高齢者が増えるのに倒産が増え続ければ、現役世代が将来的に介護が必要になってもサービスが受けられない未来がくるかもしれない。自身の介護の前に、親の介護の問題が発生するのは言うまでもない。
ここまで倒産が相次いだ背景には様々な要因が複合しており、介護報酬の引き下げや、物価高騰にともなう運営コストの上昇、コロナ禍のダメージの継続などもあるという。ただ、やはり人手不足の問題は大きい。介護現場の深刻な人手不足は、民間事業者の倒産だけでなく、自治体のサービスにも影を落とし始めている。
厚生労働省は人員確保が困難であることを理由に、地方の市町村の介護や児童福祉、障害福祉、生活困窮者支援などの福祉の窓口を特例制度を設けて一本化することを検討しているという。同じく人員確保の難しさから、市町村が設置する地域包括支援センターの人員配置基準を緩和するも実施済みだ。
このように、法律で定められた介護の有資格者の必要人数などを特例で緩和すれば、人手不足でもサービスの継続が法律違反になることは避けられる。ただ、職員数が減るということは、一人の職員が対応する利用者数や仕事量が増えるということ。職員の負担が増す可能性もあるし、利用者の立場でもサービスの質が落ちる不安が出る。
職員の減少から職員一人あたりの負担の増加、人間関係の悪化が起きれば、さらなる離職増や新規採用が難しくなる負のループへとつながる。そんな懸念が民間だけでなく自治体でも出てきているのだ。
サービス不足で「介護離職待ったなし」
このように、介護のサービスは最前線の現場や地方において特に、人手不足から非常に厳しい状況となっている。今年は団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる「2025年問題」が表面化しており、さらに65歳以上の高齢者が人口の35%を占める「2040年問題」も控えている。現役世代が老後を迎えて介護が必要になった時、十分な介護サービスを受けられるのか不安になるが、それよりも目前の問題として、親世代が介護サービスを受けられない懸念すら出ている。親を受け入れてくれる介護サービスがなく、子が親の介護を一手に引き受けなければならなくなると「介護離職が待ったなし」となることも多い。
介護離職まで至らなくとも、親の介護に振り回される人は、私たちがシニア転職支援を提供する中でもかなりの頻度で見られるため、その一部を紹介しよう。
親の介護によって人生が狂った3つの例
親の介護でキャリアプランがボロボロになる人は珍しくない。私たちが転職を支援した方にもそういった事例がある。まずはAさん(50代)の話だ。
Aさんは特別ハイクラスというわけでないものの、独り身であることもあって、それなりに趣味にもお金や時間をかけ、自分自身で納得できるキャリアを歩んでいた。しかし、親の介護が必要になったことで、その日常が崩壊したという。
Aさんの親も自立した生活を好む人で、あまり関わりを持たないまま最期を迎えると思っていたものが、突然介護が必要になった。Aさんは当初、親を見捨てるつもりだったというが、結局、見捨てることができず、一時的に仕事を辞め、親の介護中心の生活にシフトした。
その後、親が亡くなり介護からは解放されたが、壊れたキャリアはもとに戻らず、自身の老後の不安が増したという。Aさんは悠々自適なキャリアを歩むのではなく「親の介護も想定してゆとりある収入を得ておくべきだった」と後悔している話した。
また、Bさん(60代)は、親の介護によって短期間での転職と引っ越しを余儀なくされた。
もともと九州の生まれだったが、新卒での就職を関西でして以来、生活の拠点はずっと関西。故郷の九州よりも、結婚でも子育でも過ごした関西のほうが馴染み深くなっていた。
しかし、親の介護が現実味を帯びてくると、九州に戻ることを真剣に考えるようになったという。余裕を持ってUターンを計画し、住まいの確保から転職まで周到に準備して、生まれ故郷であり両親の住まいの近くに移住した。
だが、現実は想定どおりにはいかなかった。仕事内容も、職場の環境も、雇用条件も、かなりこだわって慎重に選んだが、実際はなかなか馴染めず、仕事ぶりも今一つ。しかも収入が想定以上に下がってしまった。親の介護にかかる費用も想定以上にかかり、財布をさらに圧迫した。
Bさんは結局、短期間で関西に戻った。仕事でも生活でも馴染みが深く、経済規模もより大きな関西で働くほうが年齢も上がった自身にとって収入が得やすいと考えたためだ。親には忍びない思いもあったが、老人ホームに入居してもらうことにした。費用差はそこまでなく、自身で介護することで節約するよりも、自身の収入を上げたほうが全員が幸せになるとの結論だった。
反対に、遠方の両親を自分の生活圏に呼ぼうとして失敗した人もいる。
Cさん(60代)は「自分の収入の維持が最優先」と考え、地方住まいの両親を首都圏に呼ぼうとした。
しばらく介護のための二拠点生活を続けると、父親が死去。一人になった母親を自宅に呼び寄せたことで、母親の介護は続くとはいえ生活はだいぶ楽になったが、遠距離介護生活によってキャリアが狂い、貯金もだいぶ使い果たしてしまったという。
ここまで例に挙げた人たちは、介護のために生活も仕事も翻弄されたものの、ある程度は、介護サービスを活用できた人たちだ。しかし、仮にこの人たちが使えた介護サービスがもっと少なかったとしたら、生活が完全に破綻してしまったかもしれない。我々が今後直面するのは、そういった壮絶な介護サービス不足の世の中だ。
【中島康恵】
50代以上のシニアに特化した転職支援を提供する「シニアジョブ」代表取締役。大学在学中に仲間を募り、シニアジョブの前身となる会社を設立。2014年8月、シニアジョブ設立。当初はIT会社を設立したが、シニア転職の難しさを目の当たりにし、シニアの支援をライフワークとすることを誓う。シニアの転職・キャリアプラン、シニア採用等のテーマで連載・寄稿中