青森県の里山で、自給自足の生活を送る家族がいる。
 廃材で建てた家に住み、電気、ガス、水道は契約せず、田畑を耕して自活。
一見、不便な生活に思えるが、家賃を払いながら都会に住み、物価高にあえぐ我々からすれば、うらやましいと感じる面もある。そっくり真似はできなくても、生活を良くするヒントがあるかもしれない……。

ほぼ交際0日で結婚、東京から青森に移住した女性。公共の電気、...の画像はこちら >>
 夫の余一さんとともに「0円生活」と子育てに勤しむ田村ゆにさんに、今の生活をすることになった経緯や、自給自足についてなどのお話をうかがった。

歌手を目指して100万円の詐欺被害に遭ったことも

 札幌市で生まれた田村さんは、最初から今のような生活を送っていたわけではない。高校卒業後に上京し、社会的な成功を目指して奮闘する日々が続いたという。

——東京ではどのような生活を送っていましたか?

田村ゆに(以下、田村):
高校時代にバンド活動をしていた流れで、歌手になろうと思っていたんです。オーディションを受けたり、路上ライブに挑戦したりしましたが、なかなか芽が出ませんでした。生活費を稼ぐためのアルバイトをしながらなので、思うように活動もできなくて……。

——若い時に上京して歌手を目指していたら、いろんな怖い大人にも出会ったりしたのではないでしょうか?

田村:
あるとき、有名プロデューサーを名乗る人に勧められ、私が100万円出してCDを制作してもらったことがありました。その人とはレッスンの途中で連絡が取れなくなってしまいまして……。後々になってその人は、業界で有名な詐欺まがいのことをしている人だったと知ったんです。

——そんな経験までされて歌手を目指し続け、結果的に何歳くらいまで東京にいたのでしょうか?

田村:
観客がほとんど身内のライブハウスで歌うことも当たり前で、歌手に見切りをつけたのが28歳の頃です。縁あって着物の世界にハマり、着物の販売やレンタルの仕事を始めました。


ほぼ交際0日で青森へ移住

 東京で生活基盤を確立すべく頑張りながら20代の終わりを迎えた田村さんは、結婚を意識し始める。今の夫である田村余一さんとのなれそめは、風変わりとも呼べるかたちであった。

——青森県南部町で生まれ育った余一さんとは、どのように知り合ったのですか?

田村:
2016年の春、余一さんは、Facebookで「お嫁さんを募集します」という内容の投稿をしていたのです。たまたまそれを知った私は、何だか惹かれるものを感じたので応募することにしました。もちろん、それまで会ったこともない人です。でも、10歳年上の余一さんは、自身のブログで自身の人となりを細かく紹介していて、最初に感じていた「なんか怪しい」という印象はすぐに払拭されました。

——応募した後、どのような流れで結婚に至ったのですか?

田村:
何度かやりとりした後、ゴールデンウィーク明けに青森まで赴き、対面しました。誠実な余一さんの人柄に触れ、土地とも相性が良いことを実感し、翌年6月に結婚しました。

住む家を造ることから始めた

ほぼ交際0日で結婚、東京から青森に移住した女性。公共の電気、ガス、水道も使わない「0円生活」の内容
セルフビルドの田村家の自宅
 2018年には息子さんが誕生。ごく一般的な結婚生活に見えるが、田村さん一家は、ほかにはない特徴があった。それが「自給自足の生活」。セルフビルドの小屋に住み、公共の電気、ガス、水道は使わず、日常用品も自作するという。

——自給自足生活にチャレンジした理由はなんですか?

田村:
余一さんは、高校時代から環境問題について関心が強く、現代文明にあまり頼らない生活を目指していました。社会人になり、働きながら田村家の実家の土地を借りて、素人ながら7年かけて小屋を建てたんです。
ほとんどの材料に廃材を使い、費用がかかったのは屋根材などの金物にかかった10万円くらいのみ。結婚当初は、その建物以外に何もないような状況だったので、そこから暮らすのに必要なものを徐々に揃えていった感じですね。

——自給自足とは、具体的にどのような生活なのでしょうか。

田村:
電気はソーラーパネル、調理と暖房は薪の火、水は湧き水や井戸を活用しています。食材は3人家族が食べていける広さの田畑で、お米と40種類以上の野菜を栽培し、時には野草を摘んできます。ニワトリも飼っていて、味噌や塩などの調味料も自家製です。

文明を捨てたわけではない

——ご著書『わたしを幸せにする0円生活』に載っている写真を見ると、照明はあるし、パソコンも使われています。文明に完全に背を向けたわけではないのですね。

田村:
たまに誤解されるのですが、文明を捨てたとか、節約のために今のライフスタイルを続けているのではないのです。スマホ、パソコン、洗濯機、冷蔵庫、電動工具は使いますし、乗用車もあります。原始的なものと文明的なもののハイブリッドにして、生きづらさを感じないように暮らしていくための工夫をしています。

家族で暮らしても少額で済む生活費

——一家3人で1か月の生活費はいくらぐらいになりますか?

田村:
息子が小学生になり、今後は変動があると思いますが、現時点で6万円ほどになります。車のガソリン代、スマホ代、肉や豆腐などの食費、温泉、たまの外食などが主な出費となります。現金を使う以外に、周囲の人たちとの物々交換も活用しています。


ほぼ交際0日で結婚、東京から青森に移住した女性。公共の電気、ガス、水道も使わない「0円生活」の内容
物々交換の「通貨」にもなる自家製野菜
ご縁がある漁師さんから海藻類をいただいて、こちらは卵やニンニクなどを差し上げるとかですね。

「自分にとっての幸せ」とは何か

——里山で自給自足の生活を送ることで、他の人とは異なる価値観、人生観を培われたと思います。都会で便利さを享受しながらも、どこか窮屈な思いをしている多くの人に、何かアドバイスはありますか?

田村:
未知の土地に移住すると決めたとき、それまでの自分の価値観を持ち込まないようにしました。ゼロの状態から、自分自身も変わっていきたいという思いが強かったですね。

今の日本では多くの人が、一生懸命に働いてお金は増えても、幸せには一向に近づかない。これは、ちょっとおかしいと思う人もいらっしゃるでしょう。お金よりもまず、自分にとっての幸せは何か、なんのために働くのか、原点回帰して考える必要があると思います。例えば家族の平和な日常のために働く、子どもをきちんと育てるために働くなど、具体的に働く意味を考えることが大切です。

何かを買うときも、本当に買う必要はあるのだろうか、家に既にあるもので代用できないだろうかと、いったん立ち止まって考えてみるのもいいでしょう。実は、そんなにお金を使わなくても済むことがあるとわかれば、支出が下がって余計に働かなくてよくなるし、家族と楽しく暮らす時間もできますよね。

外に出て忙しく働いている方ほど、自分自身を取り戻すという考えとその時間が増えたら、人生は変わるかと思います。

取材・文/鈴木拓也

田村ゆにさん
1987年、北海道札幌市生まれ。
高校卒業後に上京し、アルバイトをしながら歌手を目指す。2016年、SNSで見つけた田村余一さんの「お嫁さん募集」へエントリー。2017年に結婚し、オフグリッド生活をスタート。2018年に第一子を出産。子育てや畑しごとのかたわら、SNSで暮らしの知恵や野菜の知識などを発信している。著書に『わたしを幸せにする0円生活』(幻冬舎)がある。
X:@uchimill_yome

【鈴木拓也】
ライター、写真家、ボードゲームクリエイター。ちょっとユニークな職業人生を送る人々が目下の関心領域。そのほか、歴史、アート、健康、仕事術、トラベルなど興味の対象は幅広く、記事として書く分野は多岐にわたる。Instagram:@happysuzuki
編集部おすすめ