山城大樹さん(仮名・44歳)は、今から20年ほど前のアルバイト先で、常連客から加害された経験があるという。
役者を目指してフリーター生活をしていた若かりし日
「当時の私は役者を目指していました。バイトをいくつも掛け持ちしながら活動していて、そのバイト先のひとつが居酒屋だったのですが、そこでの話です。カウンターだけのこじんまりした店で、ほぼ常連客で席が埋まるような店でした」個性的な常連客が多かったというその店には、ボスキャラ的な存在の女性客がいた。
「経営者で、いつもド派手な服装をした50代ぐらいのふくよかな感じの女性です。見た目通りに豪快な人で、下ネタは好きだわ、ほかの客に喧嘩をふっかけるわ、社員を連れてくれば説教するわといった調子でした」
一方でチップをバンバンくれるような気前の良さもあった。チップだけでなく、会計そのものも色をつけて払ってくれる人だったので、店にとってはありがたい存在であったのは間違いない。しかし、山城さんはそんな女性客のことが苦手だったそうだ。
「とにかく言うことがキツイくて。部下の人への説教も、人格否定みたいなことをほかのお客さんがいる前でも平気でやるんです。部下の人が何人もメンタルをやられて辞めているらしいのですが、それを笑い話として話すのも本当に最悪でしたね……」
「豪快に酔っている」だけでは決してないボディタッチが…
だが、山城さんは、そんな女性客に気に入られてしまった。「自分がバイトで入っているときにそのお客さんがくると、必ず酒を奢ってくれました。下ネタ絡みでいじられながらって感じでしたけどね。できれば絡みたくないのが本音ではありましたが、それだけならまだ我慢できる範疇でした。
その理由とは、妙な距離感で常連客が接してくることだった。
「自分の隣に来て腕をさすったり、身体に手を回してきたり。恋人にするようなねっとりした湿度で、明らかにただのスキンシップではない感じでした」
その女性客は金曜日にやってくるのが常だった。別の店で飲んでから、ハシゴ酒の締めにやってくる。
「シフトはいつも23時までだったんですが、上がる時間になるとその常連客に『おまえも飲め』と強引に誘われるんです。ベロンベロンに酔っ払っていることも多く、絡み方もひどいので苦痛でした……」
「2人きり」になったのは偶然の采配か?
ある金曜日は、どこか様子が違っていた。「その日、遅い時間になっても店にいたのは、自分とその常連さんとマスター、3人ほどのお客さんという状況でした。いつもなら常連である女性客が帰るまで店は開けているんですが、その日は24時を過ぎたあたりで、マスターがそそくさと店を閉め始めたんです。その様子を見て、空気を読んだお客さんは帰っていきました。マスターは彼らを見送ると、『今日は用があるから帰るな。ゆっくり飲んでていいから。鍵だけ忘れずにかけてくれよ』と言って帰ってしまって……。自分達とその女性客だけ店に残されることになったんです」
2人きりの店内で、女性客が『なぜお前が役者になれないか教えてやる』と切り出すと、説教がはじまった。
「その道の人ではないとはいえ、言うことがきついので説教されてかなりへこみました。それで落ち込んでいたんですが、急に頬擦りをされたんです。服の下に手を入れられて、身体を触られて……。そこからは、無理やり好き放題されて……なんとか一線を超えないようにかわすのが精一杯でした。夜明けごろに解放されましたが、心身ともにヘトヘトになりました」
やはりマスターもグルだった
後日、店にやってきた例の女性客がマスターとあの日のことを話しているのを耳にした。どうもマスターがお膳立てして、ふたりきりにする算段を事前にしていたようだった。「薄々勘付いていましたが、自分は常連客を喜ばせるために生贄にされたのだと思いました。マスターに『もうあんなことはしないでください』と話したんですが、その後も同じ展開で店に2人きりで取り残されました」
その女性客が来ると鳥肌が立つようになった山城さんは、店を辞めることにした。
「電話で『辞めます。もう二度と行きませんから』とだけ伝えて辞めたんですが、それから何度もマスターから電話やメールがありました。『時給を200円アップする』とのメールもありましたが、すべて無視しました。マスターは家にもやってきましたが、居留守を決め込んで出ませんでした。
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もとから経営状況は芳しくなかったそうだが、例の常連客が来店しなくなったのか、店は翌年には潰れていたという。生贄を差し出さねばならないような店はなくなって然るべきだろう。
<TEXT/和泉太郎>
【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め