―[貧困東大生・布施川天馬]―

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中学受験「問題難易度のインフレ」が止まらない。“20年前の開...の画像はこちら >>

都内を中心に加熱する中学受験ブーム

「教育投資」の重要性が囁かれはじめてから、20年以上が経とうとしています。

 特に昨今は中学受験ブームが勢いを増しており、1980年代には12%程だった中学受験の参入率は、今では30%近くまで上昇。

 都内では3人に1人が受験を考え、特に競争が苛烈な港区や文京区では2人に1人が受験戦争へ身を投じていく。

 もちろん、教育投資自体は悪くありません。ただ、いっそう激しさを増す受験ブームに対して、冷ややかな目線を送る人も少なくない。

 受験最前線の分析や解析を得意とするじゅそうけん合同会社代表・伊藤滉一郎氏は「いまの中学受験参加者の、少なくとも過半数は必要がない受験をしている」と語ります。

 異常な熱を帯びる中学受験戦争のリアルに迫ります。

「20年前の開成レベル」は解けて当たり前に

ーー中学受験が年々激しさを増していると聞きましたが、現代はどんな状況なのでしょうか?

伊藤:とにかく、問題難易度のインフレがものすごいんです。

 毎年100人以上を東大に送り込む開成高校という学校があります。中高一貫校で、学年のほとんどが中学からの持ち上がりで構成されますから、実質中学入試が東大へのプラチナチケットのようになっている。

 もちろん、受験難易度も最高峰で、各受験塾の一番頭がいい子が受かるかどうか、といったところ。
ですが、いまの偏差値50程度、つまり平均くらいの子たちですら、20年前の開成中学の過去問が解けて当たり前なんです。

 それですら偏差値50のキープがギリギリ。20年前の開成入試が簡単だって話ではありません。むしろ、大人でも手こずる難問ばかり。今の子どもたちに求められるレベルが、比較にならないほど上昇しているのです。

 そろそろ、「小学生」のキャパシティを超えると言われています。どうあがいても覚えきれない、理解しきれない領域に、5年から10年以内には到達してしまう。少子化の影響で中学受験熱が冷めるのが早いか、子どもが限界を感じるのが先かのチキンレースです。

「小学校3年生の冬」に入塾しないと間に合わない

ーーですが、そんなに難しい問題が解けるようになっているなら、教育投資としてはある種成功していると言えなくもないのでは?

伊藤:もちろん、今の子のレベルは上がっています。

 ただ、普通の子が開成の過去問を余裕で解けるレベルに至ったわけではありません。でも、解けないと勝負の土俵に上がれない。となると、もう演習量でカバーするしかないんですよ。

 むかしは「小5の冬から入塾して1年で最難関中に合格!」みたいな話もあったようですが、現代ではあり得ません。
よく言われている小学校4年生ですら手遅れで、いまは「小学校3年生の冬」には入塾しないと間に合わないと言われる時代です。

 もちろん、小3の冬から参加して、3年以上も塾に通えば出費も増えます。現代の中学受験である程度の結果を望むなら、最低でも300万円は用意出来ないと話にならない。

 とはいえ、インフレする難易度に自力でついていける子どもは多くありません。補習塾や家庭教師を頼むのもザラですから、そうなるとさらに100万、200万とかさんでいく。500万円準備していても、安心はできませんね。「小学校入学と同時に入塾」も珍しい話ではありませんよ。

「ボリュゾ」に停滞する家庭の苦悩

ーーですが、全員が成功するわけではないんですよね?

伊藤:もちろんです。競争なので、誰かが上がれば誰かが沈む。

 ただ、一番上と一番下は気楽なんですよ。トップ層は勝手に勉強するし、もともと賢い子も多いので、手がかからない。塾を「難しいパズルが解けるジム」くらいに捉えている子も多いのでは。

 逆に、一番下の層は、もう浮き上がるのを諦めている。
開き直って10歳~12歳の手がかかる時期の子を「勉強させられる託児所」のように利用される家庭もあります。

 一番苦しいのは、偏差値45から55のボリュームゾーン、通称「ボリュゾ」に停滞している家庭。別に、彼らの能力が足りないわけではありません。このレベルに留まれる子は、「地元じゃ負け知らずの神童」扱いです。ただ、いまは時期が悪すぎる。厚すぎる壁に跳ね返されてしまう。「学校のテストは目をつぶっても100点が取れるのに、中学受験では全力でやって偏差値48」も当たり前。

 逆に言えば、「できる」プライドが彼らに沈没を許さないんです。上がりたくても上がり切れず、沈むには多くの未練が残っていて、いつまでも中途半端な順位をふらふら。もちろん、メインの集団塾とダブルスクールをしていれば毎月10万単位で飛んでいく。結果として、500万近くはらったのに、パッとしない結果に終わる。

小6の秋冬に「ボリュゾ親」が言い始めること

ーーそんな状況では、親も悔やみきれないのでは。

伊藤:それが、そうでもないんです。
中学受験特有の現象なんですが、小6の秋冬になって、ある程度行く末が見えてくると、この「ボリュゾ親」がこぞって、これまでは見向きもしていなかったレベルの学校を褒め始めるんです。

 褒め方にも特徴があって、立地や設備など「環境」にのみ言及するんですね。そのレベルだと進学実績もパッとしませんから当たり前ですが、それでも子どもを通わせないといけない。中高一貫私立校だと卒業までに600万はかかりますから、親にも「払う理由」が欲しいんでしょうね。だから、「この学校にしてよかった!」って、無理にでも褒めポイントを探した結果、環境ばかりに言及するアカウントがSNSに大量発生するんです。

中学受験で得られるものとは

 教育投資は、投資ではない。かけたお金に対して、親が得られるものは何もない。得られるのは子どもの未来であり、親の栄光ではないからです。

 至極当たり前の話ですが、これを忘れて「コスパ」「費用対効果」を求め始めると、沼にハマってしまう。金銭的利益ばかりを追い求めても、キャリアデザインが成功することはありえないのに。

 一層熱く燃え盛る中学受験への熱狂。だが、熱に浮かされた結果、自分たちがどこに飛び込もうとしているかは、確かめたほうがいいのかもしれません。


<取材・文/布施川天馬>

―[貧困東大生・布施川天馬]―

【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。著書に最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』、膨大な範囲と量の受験勉強をする中で気がついた「コスパを極限まで高める時間の使い方」を解説した『東大式時間術』がある。株式会社カルペ・ディエムにて、講師として、お金と時間をかけない「省エネ」スタイルの勉強法を学生たちに伝えている。MENSA会員。(Xアカウント:@Temma_Fusegawa)
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