遊郭・吉原の地で働く女性たちを癒やす憩いの場がある。「浅草吉原BAR PURUS」だ。
店を切り盛りするうちのひとりが、あいりさん(@airi_member)。取材の日も、ピンク色の派手な髪の毛にシースルーのスカートで現れた。医師から「このままでは生きられてあと1年」と言われた身体でBarを運営する理由について、聞いた。
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持病をふくめ体調不良が相次いでいた

――医師から「余命1年」と告げられたときの状況を教えてください

あいり:2025年4月、医師から「このままの数値だと1年ほどしか生きられない」と言われました。もともと心臓に疾患を持つ家系で、私も高血圧や狭心症などの持病がありました。倒れたときの血圧は収縮期血圧が220mmHgで、拡張期血圧が170mmHgという数値だったんです。

――どんな症状が現れるのでしょうか。

あいり:それまでも不整脈があったり、目眩がしたことは幾度かありました。胸が苦しい、冷や汗が出る、熱が出やすいなどの症状もわりと日常茶飯事だったんです。ただ倒れた日の前は、目の調子が悪かったんです。照明の具合で見えづらくなっているのかもと思ったのですが、実際には、血圧が高すぎて目の血管が切れてしまっていたようです。

「好きなことをやらなきゃ」と思えるように

――死を意識して、どのようなことを考えましたか。

あいり:現在は降圧剤を飲んで、数値をコントロールしながら生活をしてます。ただ、医師から「あと1年」と言われたときはかなり辛かったですね。
働けない時期もありましたし、気持ちが深く落ち込みました。でもある時点から、「1年で死ぬなら好きなことをやらなきゃ」と変わりました。

前職でのつらい経験を経て、気づいたこと

――発想が切り替わったのはどうしてでしょうか。

あいり:飲食店で働く前は、芸能界にいました。演者をしていた時期もありますし、プロデューサーをやっていた時期もあります。番組を作っていたときに、信頼している演者がいました。自分で言うのもおかしいのですが、私はそこそこ話しかけやすい雰囲気のプロデューサーだったと思います。いろんな方から相談を受けることもありました。そういった日々を積み重ねているうちに業務に忙殺されていき、さらに芸能界でよくあるトラブルなどにも巻き込まれてしまい、精神的な病気にもなってしまいました。

 自分自身と向き合うことが必要になり、他者とも連絡すら取れない日々が続くなかで、その演者が若くして亡くなってしまったんです。非常におこがましいと思いながら、「自分が話を聞いていたら、違う結果になったのではないか」と悩みました。

 翻って、Barを開けておくと、さまざまな人が話をしに来てくれます。特に現在お店がある吉原という街は、特殊な業態の人たちが行き交う場所です。
店先で「お疲れさま! 今日も大変だったのね」と声をかけたら、「今日初めて優しい言葉をかけられた」と泣いてしまった女の子もいます。そのまま飲みに来てくれて、帰りには笑顔で帰ってくれたのが印象的です。みんなが神経をすり減らしながら働いているんだなと思ったとき、そういう人たちがほっとできる場所を作りたくなりました。

――芸能界はきらびやかな場所にみえますが、いろいろな事情があるのですね。

あいり:そうですね。実際、グラビアアイドルとしてデビューした子がセクシー女優になったり、性風俗店に勤務するようになったり、さまざまなことが起こり得る場所です。夢があるぶん、夢に敗れる人も多いんです。どんな自分でも自分で肯定してあげられるようになるのが理想ですが、現実はそうはならないことが多いですよね。病んでしまう人も多く見てきたので、いまBarをやることでさまざまな人の話に耳を傾けているのかもしれません。

「吉原で働く女性」以外にも…客の属性は多様化

「余命1年」のバー店主が、“吉原で働く女性”の受け皿であり続ける理由。「今日初めて優しい言葉をかけられた」店先で泣いてしまう女性も
あいり
――お店にはどんなお客さんが来るのでしょうか。

あいり:近頃では「あいりちゃん、話聞いて」みたいな感じで来てくれる子が多くなって、嬉しく思っています。やはり性風俗店で働くことで、孤立感を深めていく人はいますよね。肉体労働であると同時に、精神を削る奉仕でもあるからだと思います。
全体として、吉原でずっと働いている人たちよりも、出稼ぎ的に働きに来ている女の子の方が、孤独感もあり悩みやすい傾向はあると思います。

 最近では吉原で働いてる人や性別に限らず、SNSを見て地方から会いに来てくださる方や、風俗業界以外の方からも、「話したい」「会いたい」と来てくださる方もいらっしゃいます。生きている以上、どんな業種でも悩みを抱えることがあると思うので、あいりちゃんになら……と思って来てくださるのはありがたい限りです。

「とまり木のようなBar」を目指す

「余命1年」のバー店主が、“吉原で働く女性”の受け皿であり続ける理由。「今日初めて優しい言葉をかけられた」店先で泣いてしまう女性も
あいり
――ところで、あいりさんのファッションに込められた意味はどのようなものでしょうか。

あいり:私はパンセクシャルといって、すべての性別を恋愛対象とする人間です。成人するまでは女性としか交際をしたことはありませんでしたが、男性に対しても「あの男の人いいな」と思う瞬間はありました。成人を超えたあたりで、芸能界で男性と関係を持つ機会があり、現在の性的嗜好を強く自覚するようになりました。

 これまでお話してきたような経緯もあり、精神的に落ち込むことも多くありました。ただ“あいり”でいるときは、人を優しく包み込んで守れる自分でいたいという思いがあります。私のなかの鬱屈を抱えた部分は本名の自分に置いてきたイメージです。

――今後の展望があれば教えてください。

あいり:芸能界でも吉原でもそうですが、きらびやかな世界に憧れる時点で、もしかすると実生活に何か満たされないものがあって、それを昇華させたくてやってくるのかもしれません。
孤独感を抱えている人も多いのだと思いますし、かつての私がそうであったように、病む人も少なくないでしょう。訪れた人たちが「内面を見せてもいいかな」と思えるような、そんなとまり木のようなBarに成長させられればいいですよね。

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 人生に悩んだとき、誰かひとりでも心の声に耳を傾けてくれれば、おそらく奈落までは突き進まない。優しくて、少しの後悔を含んだあいりさんのお節介。春をひさぐ女性たちの人生を見つめるその眼差しの根底には、愛が満ちている。

<取材・文/黒島暁生>

「余命1年」のバー店主が、“吉原で働く女性”の受け皿であり続ける理由。「今日初めて優しい言葉をかけられた」店先で泣いてしまう女性も
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【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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