予約の取れないシューフィッター、佐藤靖青氏の新著『予約の取れないシューフィッターが教える正しい靴の選びかた』が11月1日に発売される。2万人以上の足に触れてきた経験から「日本人に合う靴」の選び方を詳しく解説した一冊だ。
靴選びとは、「目的×サイズ×インソール」の掛け算であり、日本人特有の「カカトが小さい」という特徴を知ることが、足のトラブルを避ける秘訣だという。今回は本書の内容をもとに、足と靴の常識や最新事情を伺った。

ナイキのエアフォース1が歩きづらい理由

靴選びで多くの人が陥りがちな失敗は何ですか?

「多くの方は、スニーカーは歩きやすいと思い込んでいます。もちろん大半のスニーカーは履きやすいし、歩きやすい。長い旅行を革靴ひとつで、なんて無理ですよね。一方で、『どんなスニーカーでも疲れる』という声も絶えません。例えば、ナイキの代表的なスニーカーであるエアフォース1。『有名なスニーカーだからこれでウォーキングしてるんですが足が痛くて早足だと10分も歩けない』みたいなご相談はめちゃくちゃ多いです。そのモデルは歩きづらいですよ、と言っても、なかなか理解してもらえません。『ナイキの「エア」はクッションで、歩くためのものでしょ?』と怪訝な顔をされます。私自身も好きで履いていますが、正直言って歩きにくいんです」

それはなぜですか?

「なぜかというと、エアフォース1もエアジョーダンもバスケットボールシューズだからです。バスケットボールは走るより、止まる、ターンするといったブレーキをかける動作に重きが置かれたスポーツです。つまり、エアフォース1もエアジョーダンもブレーキをかけるための靴です。
ブレーキとアクセルのペダルを同時に踏んでいるようなものなので、歩くだけという目的にはきわめて非効率なんです」

バスケットシューズをカジュアルに履くことは問題ないのですか?

「ファッションとして楽しむのは大いに結構ですし、実際私もヘビロテで履いてますが『歩く用途』で履くとなると、とにかく疲れます。疲れない靴が欲しいのであれば、前に進むための靴を買わねばなりません。ナイキの2万円のバスケットボールシューズより、ワークマンで売っている3000円のランニングシューズのほうがはるかに歩きやすい」

歩くための靴の特徴は何ですか?

「足の指が曲がるところをフレックスポイントと呼びますが、歩くための靴は必ずここで曲がります。例えば、ワークマンのハイバウンスバラストウォーク(2900円)はフレックスポイントできちんと曲がります。他方、エアフォース1や、本来はテニスシューズであるアディダスのスタンスミスは、ほぼ曲がりません」

クラシックなデザインのスニーカーにも同じことが言えますか?

「コンバースのオールスターも一度は履いたことのある人が多いでしょう。しかし、大人が毎日オールスターを履いて通勤や立ち仕事をしていたら、膝を壊します。オールスターも100年以上前に設計された正真正銘のバスケットボールシューズだからです。10月から大幅にリニューアルされましたが、それを差し引いてもあくまでもファッションスニーカーです。アディダスのスーパースターも1970年代にNBAの大半の選手が履いていたという正真正銘のバスケットボールシューズ。アディダスのスタンスミスはテニスシューズ。どちらもがっしりとしたつくりに見えて、半世紀前の設計ということもあり、歩くという用途には向いていません」

靴のサイズを過信してはいけない

靴のサイズ選びで間違いが多いとも言われていますね。

「『靴のサイズはなん㎝ですか?』と聞かれて、即答できる方は要注意です。自分のサイズ感を過信するあまり、ネットで買うとかなりの確率でハズレを引きます。
私のもとにも、『ネットで買った靴が合わない』という相談は、非常に多く寄せられます」

靴のサイズ表記には決まりがないのですか?

「JISという決まりはありますが、はっきり言ってザルですね。過去10年間、靴のサンプルをつくってきたので、よくわかるのですが、メーカーは靴をつくるときにサイズを測っていません。縦の長さで言えば、25㎝の靴はメジャーで測っても25㎝ではなく、『25㎝くらいだから25㎝にしよう』と、かなり適当に決めています。幅に関してはさらに曖昧で、木型(足型)の周りが本当はDとかEであっても、『3Eって書いときゃ売れるから』というだけの理由で、街中には3E表記の幅広の靴ばかりがあふれています」

店で測ってもらえばいいのでは?

「たしかに今は店でAI搭載の最新機器によって、無料で足のサイズを測定してくれますが、その考えかたも甘いんです。どんな高級マシーンでも測るのは、じっと止まった状態の足です。止まっている足のサイズと、動いている足のサイズは、当然のことながらまったく異なります。もちろん、重要なのは動いている足のサイズです。だから、靴を履いて店のなかを歩き回るという原始的な試し履きにはかなわないのです。歩き方、体重移動、筋肉の伸縮率などは自分の足のセンサー、要は足の感覚を信じるしかありません」

カカトの小さい日本人の足。見過ごされてきた事実

日本人の足の特徴は「幅広甲高」だと言われていますが、実際はどうなんですか?

「私は2011年にシューフィッターになって以来、老若男女、外国人を含めて約2万人以上の足をさわってきましたが、そこまで偏った傾向はありません。もちろん、幅広甲高の方もいますが、足の幅が狭くて靴が見つからずに困っている人の方がよほど多いですね」

では日本人の足の特徴とは?

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「この事実をまずは知ってください。個人差を超えて、日本人にほぼ共通しているのはカカトが小さいということです。
日本人は幅広甲高なのではなくて、圧倒的にカカトが小さい。年代も性別も関係ありません。どんなに幅の広い足でも、狭くて華奢な足でも、外国人と比較すると、カカトのボリュームだけは本当に小さいです。基本的にはカカトの小さい靴を選ぶことが重要です。ただし、カカトの小さい靴は生産コストが高いので、よくよく選ぶ必要があります。スニーカーでいえば、ミズノ、オニツカ/アシックス、ブルックス、ニューバランスの高価格帯のモデル、リーボック、アルトラ、パトリックあたりから選ぶといいでしょう」

そもそもなぜ、カカトが小さいのでしょうか?

「断言はできませんが、かなりの確率で遺伝だと思います。日本人が普通に靴を履くようになったのは昭和になってからで、100年程度の歴史です。1300年以上前の奈良時代から明治まで、日本人は庶民から貴族、武家に至るまでワラジや下駄、雪駄を履いて暮らしてきたのです。ワラジで歩くときは、ほとんどカカトを使っていません。足が接地した次の瞬間に体重がつま先に移動しないと脱げてしまうからです。結果カカトが必然的に小さくなった可能性が大きいと個人的には考えています。靴という履物との相性が悪いのは確かです」

靴ずれの原因は靴が「ゆるい」から

靴ずれの原因も誤解されていますね。

「靴ずれは、きつい靴のせいと勘違いされていますが、足指と靴の間に隙間ができて摩擦を起こすことが原因です。
足が靴のなかで遊んでしまうと、足元は不安定になり、上半身が揺れて歩くフォームが悪くなります。巻き爪や小指の痛みなどのトラブルのほとんども、ゆるすぎる靴が原因と言ってもいいでしょう」

るすぎる靴は何か調整できる方法はありますか?

「サイズ調整のために中敷きが登場するのですが、中敷きで底上げをすると、全体的にきつくなるので一応はインステップポイント(足の甲の一番高いところ)をおさえることができます。しかし、デメリットのほうが多い。まず、解剖学的に見ても、甲だけではなくつま先も下から押されて圧迫されるので爪が痛みます。また、カカトが浅くなってかえって脱げやすくなります。次に、脱げないように足が頑張ってしまうので、疲れます。靴メーカーも設計するときに、よほどデザインにこだわらない限り、履きやすい、歩きやすい靴を目指しています。つま先のスペースはしかるべきボリュームを持たせ、カカト周りもカカトがきちんと収まる深さを狙って、ミリ単位でつくっています。中敷きで底上げをしてしまうとその設計はすべて狂います」

では何を使えばいいのですか?

ナイキのエアフォース1が「歩きづらい理由」とは?予約の取れないシューフィッターが教える“痛くならない靴”の選びかた
タンパッドで甲のインステップポイントをおさえればカカトが脱げにくくなる
「使うべきは中敷きではなく、左右揃えて1000円もしないタンパッドです。個人的な体感値ですが、このアイテムで99%解決できます。ローファーもスリッポンも、ベロがペラペラに薄いものが多く、その裏からタンパッドを貼れば、ベロがスニーカー並みにふかふかになります。しっかりと甲をおさえることができるので足が固定され、靴ずれが起きにくくなります。
この甲をおさえるというのがコツで、どんな靴でも必ず甲でおさえて履いています。テコの原理で甲さえおさえることができれば、足首もつま先も手品のようにフィットするようになります」

中敷きを機能性インソールに替えるだけで靴の性能は格段にアップする

履き心地を良くするために一番効果があるのは何ですか?

ナイキのエアフォース1が「歩きづらい理由」とは?予約の取れないシューフィッターが教える“痛くならない靴”の選びかた
機能性インソールの代表格シダスのコンフォート3D。5170円。筆者私物
「もともと入っている中敷きを抜いて、機能性のインソールに替えることです。インソールはクッション性はもとより、カカト周りの安定とシャンクと呼ばれるプレートによる力の連動が必須ですが、例えば、大手スポーツショップなどに置かれている、フランス・シダス社のコンフォート3D(製品はアジア製)を使えば、カカト周りから関節のブレをおさえて、靴のクッションと性能をフルに発揮させることができるようになります」

インソールの効果はどのようなものですか?

「昨今のスニーカーブームの影響で機能性インソールが注目を集めています。インソールとは、その名のとおり靴のなかに入れる中敷きを指しますが、従来のものは靴をきつくするためのサイズ調整に使われてきたのに対して、現在は機能性の向上に用いられています。例えば、マウスピースは口内を守るためのギアとしてボクシングで使われてきましたが、今ではむしろ『正確に歯を食いしばってパワーロスを減らすギア』に変わりました。格闘技だけではなく、ウェイトリフティングやラグビー、バスケットボールなどのスポーツも当たり前のように使われるようになりました。インソールはいわば足のマウスピースです。靴と体の性能をより100%に近く発揮させるために使います」

インソールはどのように選べばいいですか?

「機能性インソールは種類がたくさんありますが、スニーカーにはスポーツを研究しているド定番メーカーが正解です。フランスのシダス、日本のバネインソール、ザムストのフットクラフトシリーズあたりが安定して良品を販売しています。シンプルに説明しましょう。よいインソールとは以下の条件を満たしたものになります。まず、カカトからふまずまでが硬いこと。インソールが足のマウスピースとして役立つには、指で押してへこむようなヤワヤワな素材では意味がありません。
次に、軽いこと。かつては『よいインソール=コルク製』というのが常識でした。しかし、コルクは加工がしやすいものの、劣化で加水分解もしますし、圧縮しなければ強度が出ないため、インソールにすると重くなります。さらに手に入りやすいことも重要で、わざわざ専門店に足を運ばなくても、スーパースポーツゼビオなどの大型スポーツ用品店に行くと手に入るということもポイントです」

膝に優しい厚底シューズがはやる理由

最近人気のHOKAなどの厚底シューズの魅力は何でしょう?

「足が上がることと、圧倒的なまでのクッション、そして軽さとファッション性です。実体験ですが、4年前のコロナ禍による自粛期間中、40代の妻が散歩中に前のめりになって転倒しました。段差のないところであったにもかかわらず、足が上がらずに大地に膝蹴りをお見舞いしたのを今でも覚えています。ニューバランスの3万円を超える高機能モデルを履いていたのですが、歩いているだけで転倒するなどとは思いもよらず、まさに運動不足のツケが回ってきた証拠でした。『よし、HOKAを買おう』と、妻とショップへその日のうちに直行し、代表モデル『クリフトン』を履かせました。今でこそHOKAはメガスポーツ用品店だけではなく、ビームスやユナイテッドアローズなどのセレクトショップにも必ず置かれているおしゃれ靴としても有名になりましたが、もともとは100㎞を走るウルトラマラソンや、山を走り回るトレイルランニングでもケガなく完走するために開発されたガチンコのランニングシューズブランドです」

HOKAの特徴は何ですか?

「まずは暴力的とまで言えるクッション。クッションと暴力とは逆の意味合いの言葉ですが、履いた瞬間に誰でもこの意味がわかるはずです。重力が消えるからです。階段を三段くらい上から飛び降りても、衝撃がない。そりゃ膝も痛くなりません。加えてこんな見た目なのに、とにかく軽い。片足が大きめのスマホとほぼ同じ重量。はじめはその見た目とのギャップに『このソールはハリボテか?』と疑っていたのですが、杞憂でした。まったく壊れません。マラソンシューズなので酷使にも耐えます」

厚底シューズは不安定ではないですか?

ナイキのエアフォース1が「歩きづらい理由」とは?予約の取れないシューフィッターが教える“痛くならない靴”の選びかた
左がニューバランス、右がHOKA。ハの字型で、厚底でも安定している。筆者私物
「いえ、逆です。普通のスニーカーよりもはるかに安定します。『こんなに厚底だとグラグラしないのか?』と心配されることもありますが、後ろから見ると、『ハの字』型のソールで、カカト周りの狭さとソールは、あらゆる底の形状のなかでも一番安定しています。膝や腰に痛みを抱えているときに、人混みや電車のなかで誰かにぶつかられても関節に負担こないというのは、たまらない魅力だと思います」

ゼロドロップシューズという逆転の発想

厚底と反対のコンセプトのシューズもありますよね?

「膝に優しい厚底シューズのムーブメントがある一方で、逆の発想をもとに設計されている靴もあります。それがつま先とヒールに高低差のないゼロドロップシューズです。HOKAのような厚底でふわふわなソールは痛みをすでに抱えている方には即効性もあり、結果歩けるようになるので『守りの足育』と個人的には呼んでいますが、その真逆が薄底による『攻めの足育』。特に痛みはないけど足~脚を効率的に鍛えたいならゼロドロップシューズが最高です」

ゼロドロップのメリットは何ですか?

「足の裏のセンサーを鍛えることと、踏ん張ることによる体幹の強化です。考えてみれば、人の足はフラットにできています。快適さを追求すると、革靴からスニーカー、とくにヒールの高低差のないゼロドロップは理にかなっています。アルトラの代表作LONE PEAK9+WIDEはゼロドロップの典型的なモデルです。現在、レオナルド・ディカプリオがプライベートで愛用している名作で、底の厚みはわずか2㎝ほど。通常のスニーカーが平均で3㎝、HOKAなどの厚底シューズは4㎝以上の厚みがあるので、履くと地面の凹凸がダイレクトに伝わってきます」

実際に履いてみてどうでしたか?

「履き始めてから3日間、ほどよい筋肉痛に悩まされました。足の裏、ふくらはぎ、腰回りと、広範囲で筋肉痛が発生。4日目からは体がなじんできて、足全体で地面を捉えている感覚が芽生え、背筋が自然に伸びています。猫背では歩くこと自体が困難ですが、そのぶん矯正力があります。脱力していても、無意識のうちに背筋が伸びているのが感じられます。ただ立っているだけでも、指先と体幹には適度な緊張感があり、不安定感はまったくありません。重心が真下に落ち、体全体がまっすぐに使われるので、結果としてまっすぐ歩けるようになります」

最後に「痛くならない靴選び」のポイントを教えてください。

「膝も関節も消耗品です。最新のデータだと35年が耐用年数の限界とまで言われています。歩きやすい靴が欲しいと思ったときに、まず見るべきは値段でもブランドでもありません。靴には進むためか止まるためかといった目的があり、それを見誤ると高価な靴でも足に負担がかかります。さらに、サイズ表示は目安にすぎず、自分の足と靴の相性を知るには実際に歩いて確かめるしかありません。そして、『靴だけで解決する』のではなく、合わせ技として機能性インソールを一緒に購入すること。靴選びとは、『目的×サイズ×インソール』の掛け算だと思って買い物にいってください。『幅広・甲高が最高、価格が高ければいい、中敷きはゆるい靴をきつくするためのツール』といった、昭和~平成の常識はすべて捨ててください。過去のどんな靴選びの本にも書かれていない『令和の最新の常識』をこの本に詰め込みましたので、お読みいただけると必ず世界が変わると思います」

【シューフィッター佐藤靖青】
イギリスのノーサンプトンで靴を学び、20代で靴の設計、30代からリペアの世界へ。現在「全国どこでもシューフィッター」として活動中。YouTube『足と靴のスペシャリスト』。靴のブログを毎日書いてます『シューフィッター佐藤靖青(旧・こまつ)@毎日靴ブログ』。著書『予約の取れないシューフィッターが教える正しい靴の選びかた』
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