あの人気ジャンプ作家は、漫画業を休業したのち、保護犬たちと戯れて暮らしていた。「体力的にも精神的にもギリギリだった」――。
「もう漫画は描かない。少なくとも、愛犬が生きている間は」
そう心に決めた漫画家が再びペンを執った。『モンモンモン』『みどりのマキバオー』などの作品で知られる漫画家・つの丸氏が、9月からウェブサイト「マンガSPA!」で新連載(※1)『The Dogfather ドッグファーザー』を開始。テーマはずばり“犬”。休筆の理由や3匹の保護犬と過ごす日々、そして再び漫画を描き始めた背景を語ってもらった。
犬のために描くのをやめ、犬のためにもう一度描く
──’16年まで「週プレNEWS」で連載していた『たいようのマキバオーW』以来の新連載です。約9年間にわたる休筆の理由を教えてください。つの丸:ひと言でまとめると「疲労」と「犬」です。1991年に(※2)21歳で漫画家としてデビューして以来、約10年間の週刊誌での長期連載も含めて25年近く続けた漫画家生活で、肉体も精神も限界でした。連載中は24時間のうち20時間は机に向かって過ごし、睡眠も食事も必要最低限。

つの丸:なかったと思います。むしろ「落としてもいいか」と割り切れるなら楽だったんですが、意外と責任感が強かったんでしょうね。最初の連載『モンモンモン』の頃は、大学生の自分がプロの漫画家に交ざって描いている感覚で、ただただ楽しかった。でも『みどりのマキバオー』あたりからプロ意識が強くなり、描く楽しさよりもプレッシャーや苦しさが増えてしまったのかなと思います。
──休日はなかったんですか。
つの丸:形式的にはあったものの、まったく休めませんでしたね。漫画を描くときは自分で作り出した“嘘”の世界に居続ける必要があるので、現実に戻れる時間がほとんどなかったんです。日々、帰宅しても奥さんと世間話もせず、食事して眠るだけ。休日も「次はどうしよう」と頭の中は作品のことでいっぱい。
休筆の大きな理由は、愛犬・ドンとの時間
──それだけ過酷な日々が続いたら、限界が来ますよね。もう一つの休筆理由の「犬」とは?つの丸:約20年前、『たいようのマキバオー』の連載を始める前に、(※3)フレンチブルドッグのドンちゃんという犬を飼い始めたんです。ドンを飼い始めてから公園の多いエリアに引っ越し、友人の建築家に頼んで(※4)犬仕様の家も建てました。休日の楽しみは、ドンと(※5)SUPやドッグランに行くこと。“飼い犬”というより、もはや“親友”ですね。でも、連載が忙しすぎて、次第に一緒に遊べなくなり……。仕事場の前で、僕の仕事が終わるのをじっと待つドンの後ろ姿を奥さんが写真で送ってきたときは、胸が張り裂けそうでした。

つの丸:そうなんです。飼い始めた頃は小さかったドンも、10歳を超え、いつしか立派なシニア犬に。それに気づいたとき「もうドンを悲しませたくない。少なくともこの子が生きている間は仕事をしない」と心に決めました。
──愛犬に囲まれる日々は、週刊誌で連載していた当時の生活と比べてどうですか。
つの丸:人生で一番ハッピーな時間を過ごしていると思います。365日、風呂以外の時間はほぼ犬と一緒にいますから。逆に犬と離れた生活は、まったく想像できませんね。
──幸せな生活から再び「漫画を描こう」と思った理由は?
つの丸:正直、僕はこのままの暮らしでも一生楽しく暮らせると思っていたんです。でも奥さんから「物価も上がってるし、このままじゃダメ! 描け!」とお尻を叩かれ、税理士さんからも「そろそろ働きなさい」と(笑)。あと、数年前から「犬のことを描いておきたい」という気持ちが生まれて。週刊連載の弊害か、すごく物忘れが激しくなってしまって、日々の出来事をすぐ忘れてしまうんです。でも、犬との時間を忘れるのは嫌だった。だから、思い出を漫画で残そうと思ったんです。
──犬がテーマのエッセイ漫画を描くことになったのは、自然な流れだったんですね。
つの丸:フィクションだと“嘘”の世界を作り込んで、その中に入り浸らなきゃいけないけど、犬の漫画なら現実と地続きのまま描ける。だから犬をモチーフにした物語ではなく、犬との生活を漫画にしようと決めました。
どんな子が来ても“かわいく”育てる
──20年前に迎えた最初の犬・ドンとの出会いとは?つの丸:昔から動物は好きで、実家でも犬やインコ、うさぎとかも飼っていました。「犬を飼いたいなぁ」とふらりと入ったペットショップで奥さんがドンを選び、我が家に迎えました。
──先生には犬種等のこだわりはなかったんですか。
つの丸:正直、どんな犬でもよかったんです。実際、我が家の保護犬3匹も事前に姿を見ずに迎えているんですよ。「どんな子が来てもかわいがるぞ!」という気持ちが強かったので。

つの丸:8年前に迎えた片目の保護犬ピートは、奥さんが会員になっている保護犬団体(※6)「ふがふがれすきゅークラブ」から紹介されて飼うことになりました。
──保護犬はトラウマや病気を持った子も多く、お世話が大変だと聞きます。受け入れる上で不安はありませんでしたか?
つの丸:もちろんゼロではなかったです。

つの丸:6年前、ドンが13歳で亡くなった後、「ふがふがれすきゅークラブ」に保護された犬たちを、里親が決まるまでの短期間預かるボランティアをしていたんです。なかには脚を骨折した子や、虐待を受けていた子もいましたね。2匹目のロッコはニュースにもなった(※7)長野県松本市の多頭飼育崩壊の現場からやってきました。ドンの死から約1年後に長期預かりを頼まれ、そのまま家族になりました。
──3匹目のチッチは?
つの丸:最初は飼う予定はなかったのですが、預かり期間が2年近くを経過した頃、「こいつだけよその子みたいに扱うのはかわいそうだ」と思い、昨年家族に迎えました。チッチは飼い主に子供が生まれることを理由に手放された子です。フレブルなのに外飼いだった上、ワクチン接種も一切なし。皮膚病で肌が真っ赤にただれた状態で、本当に悲惨でした。だから、最初の半年間は、自分が風呂に入らない日も毎日風呂に入れ、週2回はシャンプーしていました。

つの丸:でも、洗うたびに皮膚もきれいになるし、機嫌もよくなるし、どんどんかわいくなるのがうれしくて。骨董市で見つけた古い壺を、ピカピカのお宝に磨き上げていく感覚でしたね。
──手間がかかるからこそ、大事な存在になるんでしょうね。
つの丸:人間だって「かわいいからこの子を産みたい」じゃなく、「生まれてきた子はどんな子でも愛する」でしょ? だから、僕も「かわいい子を育てる」んじゃなく、「かわいく育てる」姿勢を心がけています。多少問題があっても、一緒にいるうちに必ず愛おしくなるし、かわいさも育つ。そう信じています。
──保護犬を飼う人が増えている現在、犬に関して相談を受けることも多いのでは?
つの丸:ありますね。時々「フレブルって飼いやすいですか?」と聞かれますが、この質問はあまり好きじゃないです。フレブルは飼いやすい犬種だと思いますが、病気になれば看病も必要だし、医療費だって高い。どんな犬だって手がかかるんです。だから「飼いやすいか」という基準で考えるより、「この子と一緒に今後生きていけるか」で決めるのが一番だと思います。
犬には“ノーベル平和賞”をあげるべきです
──犬との生活で変わったことはなんですか?つの丸:まずはノーストレスなので健康になりました! あと、日々感動するのが、犬たちの空気を読む力ですね。夫婦で口論していると悲しそうな顔で膝に乗って仲裁してくれるので、夫婦喧嘩も減ったし、ご近所との会話も犬のおかげで広がります。みんなが犬を飼えば戦争もなくなると思います。盲導犬や介助犬の存在もあるし、これだけ人間に貢献している犬には、ノーベル平和賞をあげるべきですよ。

つの丸:今は膝に犬を乗せながら漫画を描いています。犬がいるからこそストレスがなくて心が安定し、以前より描きやすいくらいです。これで両立できなければ、連載をやめます(笑)。
【Tsunomaru】
1970年、千葉県生まれ。1991年に『週刊少年ジャンプ』に掲載された読み切り『さる大使』でデビュー。翌年から同誌で『モンモンモン』を連載開始。アニメ化もされた『みどりのマキバオー』をはじめ、動物を主人公とした漫画を多く手がける。趣味はサーフィンやSUP。格闘技やお笑いにも造詣が深い
(※1)『The Dog father ドッグファーザー』
つの丸氏が「マンガSPA!」で連載するエッセイ漫画。漫画を休筆し、保護犬3匹と暮らすつの丸氏が、”犬のための生活”に至った経緯とその後を綴る

大学生時代に『週刊少年ジャンプ』にて『さる大使』でデビュー。翌年、同誌にて『モンモンモン』が連載開始。1994年から連載を開始した『みどりのマキバオー』はアニメ化もされ、競馬ブームをけん引した。その後、『週刊プレイボーイ』で続編『たいようのマキバオー』も連載
(※3)フレンチブルドッグ
フランス原産の中型犬。しわの多い鼻ぺちゃ顔と人懐っこい性格が特徴で、暑さや寒さに弱く飼育時は注意が必要。つの丸氏が飼う3匹も白のフレブルだ
(※4)犬仕様の家
犬のために引っ越した一軒家は、「庭にドッグランを作り、室内には扉はできるだけつけず、犬が室内を一周できるようなスペースを作りました」とのこと
(※5)SUP
「STAND UP PADDLEBOARD」の略。ボードの上に立ち、パドルを漕いで水面を進むウォーターアクティビティ
(※6)ふがふがれすきゅークラブ
関東で活動する保護犬団体。パグやフレブルなどの犬種を中心に保護し、里親を探す活動を行う。つの丸氏の妻が会員だったため、現在家に迎えている3匹を紹介された
(※7)長野県松本市の多頭飼育崩壊
’21年に長野県松本市で、子犬繁殖場の経営者と社員が動物愛護法違反の疑いで逮捕された。繁殖場を営む会社は約1000匹の犬を劣悪な環境で飼育し、多数が病気や衰弱状態に。’24年5月、経営者の男には、懲役1年執行猶予3年罰金10万円の判決が下った
取材・文/藤村はるな 撮影/高橋慶佑
―[インタビュー連載『エッジな人々』]―