近年、こうしたゲリラ豪雨や線上降水帯、台風などが各地に大規模な被害をもたらしている。
なぜ日本は地震以外にも台風や洪水などの水害が多いのだろうか? 京都大学名誉教授で、地震、噴火、台風など自然災害の警鐘を鳴らす「科学の伝道師」として活躍し、先だって『災害列島の正体 ー地学で解き明かす日本列島の起源』を上梓したばかりの鎌田浩毅先生が、日本の水害の多さについて解説する。
日本の水害増は今に始まった話じゃない!?
9月11日、東京と神奈川を局地的に災害級の大雨が襲い、多くの建物に被害が出た。近年、こうしたゲリラ豪雨や線上降水帯、台風などが各地に大規模な被害をもたらしている。
日本は「山の国」、「海の国」であるとともに、「川の国」でもある。大洋の湿った空気で雨を降らせる雲ができ、日本の山間に大雨を降らせると、その水が大量に川に流れ込んで、災害が発生する。日本は「水害の国」なのである。
「洪水」と「水害」は混同されることがあるが、意味は異なる。洪水とは単に川の水の量が極端に増えた状態である。河川敷にあった野球場や公園がすべて水の下に浸かってしまうほど、川が増水した状態が洪水だ。
いっぽう、「水害」は洪水によって堤防が決壊したり、川が氾濫したりして、住宅地や農地などに被害を及ぼす「災害」を指す。仮に人が住んでいないところに洪水が起こり、水があふれたとしても、人への被害がないなら水害とは言わない。たとえば最近の河川敷は調整池として、水害を防ぐ役割を任されていることが多い。
1500年続く水害との戦い
古来、日本人は水害や暴風に悩まされてきた。古くは1500年も前から水害などの記録が残されている。明治期には死者・行方不明者1359人を出した1910(明治43)年の関東大水害が起こった。利根川などの主要河川が氾濫し埼玉県平野部全域が浸水し、東京の下町にも被害が出た。
大正期には死者・行方不明者1324人を出した1917(大正6)年の大正六年台風による高潮災害が起こった。各時代で大規模な水害が発生し、その都度、治水計画が策定されてきた。
昭和20 年代から30年代前半にかけては、台風による大きな災害が相次ぎ、多くの人的被害を出した。そのため堤防の強化、砂防堰堤の整備など水害への対策が進められてきた。同時に、気象予測技術や情報伝達技術の発展など防災を巡る環境が整備されていったのである。
ところが、大規模な水害は依然として毎年のように繰り返されている。21世紀に入ってからも、日本では毎年のように人的被害が発生するほどの水害が発生している。
世界でも、WMO(世界気象機関)の2021年の報告書によると、暴風雨や洪水、干ばつなどの気象災害の発生件数は1970年から2019年の50年間で5倍近くに増加しているという。

水害への備え、減災のポイント

ここでは6つの減災のポイントをお伝えしておく。
第1に、「防災タイムライン」を作成すること。災害時に発生しそうな状況を前もって想定し、「いつ」「誰が」「何を行うのか」を時系列で決めておく。タイムラインには災害発生時の行動を、できるだけ具体的に記述しておくことが重要である。
第2に、水害ハザードマップを準備する。ハザードマップは国土交通省と自治体のホームページで公開されており、地域ごとに浸水深(浸水時の地面から水面までの高さ)が記載されている。会社や自宅付近のハザードマップから、浸水の深度、避難場所、救急医療施設、防災機関を確認しておこう。
第3に、非常用の持ち出しセットを準備する。線状降水帯が過ぎ去ったあとでも浸水は起こり得る。
企業が守るべきポイントは?
第4に、従業員や家族の安否の確認手段を事前に確保する。今は電話、メール、SNSなど、安否を確認し迅速に情報を共有できるさまざまなシステムが用意されている。非常時の連絡の取り方を決めておくことが重要だ。なお、災害発生時には電話の輻輳(ふくそう/ものや情報が1か所に集まり混雑すること)などによって、通信が極端につながりにくくなり、長時間にわたり電気がストップすることも考慮しておく必要がある。第5に、機械設備などの現業をもつ部署では、操業停止となる前に水害対策を実施する。低地の工場やオフィス周辺では浸水に備えて早めに土のうを積み、重要な設備やパソコン、重要データなどを高層階へ移動させる。
さらに最新データのバックアップをとり、部品の調達や配送のサプライチェーンが滞らないように確認をおこなうことも重要である。
第6に、企業であれば事前に事業継続計画(BCP=Business Continuity Plan)を策定する。BCPとは、テロや災害時に特定された重要業務が中断しないこと、また万一事業活動が中断した場合に目標復旧時間内に重要な機能を再開させる経営戦略を言う。
加えて、業務中断に伴う顧客取引の競合他社への流出、マーケットシェアの低下、企業評価の低下などから企業を守ることも含まれる。
災害が起こるのは、比較的短時間に多量の雨が降ったときである。多量の雨が何日も続けば、大規模災害の危険性は格段にあがる。
そのため、気象庁の情報、地方自治体の警報に注意しておくこと、降水量を意識する習慣を身につけておくことが重要だ。
異常気象は本当に「異常」か?

これらの異常気象を引き起こしている原因として、地球温暖化が指摘されている。
そして、地球温暖化の原因は、18世紀半ばからはじまる産業革命以降、人間が大量に排出した二酸化炭素だと言われている。
確かに20世紀以降、地球の平均気温は1度ほど上がり、過去100年間で大気に含まれる二酸化炭素の濃度は280ppm(ppmは100万分の1、体積比)から380ppmへ上昇した。二酸化炭素が「温室効果」をもたらすことは事実である。
しかし、じつは、二酸化炭素がもたらす地球温暖化への影響度は、研究者によって「9割」から「1割」まで、意見が大きく分かれている。また、太陽活動が活発な周期に入ったため、これから寒冷化に向かうと予測する地球科学者もいる。
気象現象は地球全体の視座で考えよう
気象現象というのは日本という地域だけで見ることはできない。自然界では元来、ありとあらゆることが、変動することによって均衡を保っている。自然界、ひいては地球の歴史においては、「不可逆性」(ふかぎゃくせい/二度と同じ状態に戻らないこと)という摂理が保たれてきた。
「異常」というのは、あくまで人間が持つスケールが生む感覚である。地球のスケール、地球科学者の「目」からすると、人間に都合が悪いから異常と見なし、勝手にそうしたレッテル貼りをしているように映る。
地球のどこかで高温による干ばつが起これば、ほかの地域では洪水が起こるという現象は、地球がバランスを取ろうとしていることを示している。異常高温となる地域があれば、別の地域で異常低温が生じることも同様である。
たとえば雨についても、地球全体としての降水量はほぼ一定で、海が誕生してから40億年の間に地球が保っている水の総量はほとんど変わっていない。地球の立場に立てば、いっとき大雨が降る地方が現れたり、干ばつになる地方が現れたりすることは異常ではなく、よく起きている変化に過ぎない。すなわち、ある災害が個々の地域に被害を及ぼすことがあっても、それが地球全体への害悪になるとは簡単には言えないのだ。
もちろん、ヒトの被害は少ないほうがよい。
現在の地球は、南極やグリーンランドの極地に厚い氷床が存在するため、地質学的には「氷河時代」に区分され、氷河時代の中でも氷期と氷期の間の比較的温暖な「間氷期」にある。地球史をこうした長い時間軸で眺めると、現在の大気中の二酸化炭素濃度は、寒冷期にあたる非常に低い水準と言えよう。したがって、いま世界中で問題にされている地球温暖化も、こうした「長尺(ちょうじゃく)の目」で見ると、氷期に向かう途上での一時的な温暖化とも解釈できるのである。
もともと地球環境は不安定なもので、絶えず変動するのが本来の姿である。人類が未来の持続的社会を考える際には、こうした視座を持ってほしいと考えている。
<文/鎌田浩毅 構成/高橋香澄>