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10月21日、自民党の高市早苗総裁が衆参両院の首相指名選挙で第104代首相に選出された。首班指名にいたるまで、自民党総裁選で小泉進次郎氏の敗北、高市早苗氏の勝利という予想外の展開から、公明党の連立離脱、そして「高市か玉木か」という新たな政治的選択肢の出現まで――日本政治は今、かつてない流動化の渦中にある。
党員票と民意の乖離、言論戦から逃げた「大本命」の失墜、窮地に立つ公明党の決断。一連の政治劇が示すものは何か。そして、高市首相誕生となった今後に待ち構える三つの関門とは(以下、憲政史研究家・倉山満氏が10月17日に執筆した原稿です)。
総裁選から首班指名と壁を乗り越えた高市早苗首相を待つ三つの関...の画像はこちら >>

見事に“ダブルハットトリック”を決めた小泉進次郎

 ようやく自民党総裁選が終わったが、まだまだ政治空白は続く。

 総裁選前、「進次郎氏がボロを出さないか否か」が最大の焦点と二週にわたって書いたが、本当にその通りになった。

 大本命とされた小泉進次郎陣営の“オウンゴール”を数えて留めておこう。一発目、反高市のステマを文春砲で暴露される。二発目、高市支持の党員を党籍から排除。三発目、陣営内で“組閣名簿”が乱発、参謀格が勝手に仲間割れ。四発目、陣営の現職大臣が麻生太郎元首相を「終わった人」扱いで挑発、敵を結束させる。五発目、投票日前日に祝勝会もどきのお祭り騒ぎ。六発目、決選投票直前の演説が意味不明。本人の責任は六発目だけかもしれないが、見事に“ダブルハットトリック”を決めた。


言論で政治を決めるのが、民主国

 それより陣営は、「小泉隠し」「守りの戦術でボロを出さない」に徹した。あげく投票日直前は大臣として外遊に行っている徹底ぶり。これでは総理大臣の資格なしと看做されても仕方ない。

 日本を含め、自由主義国は権威主義国と対峙している。権威主義国とは言ってしまえば、暴力でのし上がった独裁者が支配する国だ。では米英仏独のような自由主義国は、そのような独裁者に伍せる指導者をどうやって選んでいるのか。演説と討論で、国民を説得し政敵を倒すことで、権力を握る。暴力ではなく、言論で政治を決めるのが、民主国だ。進次郎氏、言論戦から逃げて、どのように権威主義国から国益を守るのか。自民党の党員、そして議員に見透かされてしまったのではないか。

民意と乖離している自民党の議員

 今の自民党の議員は、「高市嫌い」で「減税などポピュリズム」扱い。民意と乖離している。だが、自民党の党員は「政治に少し詳しい普通の日本人」である。立憲民主党や日本維新の会は(理由は違うが)「党内で受けること」と「党外で受けること」が乖離している。
対して自民党の党員に受けることは、そのまま国政選挙で使える。たとえば高市氏が唱える減税のように。これこそ、自民党が国民政党であり続けてきた所以だ。

 それにしても、「火事は最初の五分間、選挙は最後の五分間」とはよく言ったものだ。始まった時に結果が分かっている選挙など、やる意味が無い。昨年の自民党総裁選、衆議院選挙、今年の参議院選挙、自民党総裁選と、蓋を開けて見なければわからない選挙が四回も続いている。やる価値がある選挙は歓迎だ。ただし民意に基づく政治、すなわち「憲政の常道」の確立には、まだまだ生みの苦しみであるので、有権者の政治への監視が重要になる。

組閣、公明党との関係、連立交渉と三つの関門

 高市早苗氏は、小泉陣営の林芳正氏との二位三位連合に対し、小林鷹之・茂木敏充両氏との、一位四位五位連合で対抗した。これは麻生元首相の演出だとか。その内訳をみると、第一派閥の旧安倍派、第二派閥の麻生派、第三派閥の旧茂木派に加え、参議院の票も大量に得ている。参議院旧安倍派は世耕弘成(せこうひろしげ)氏がまとめたと永田町では評判だし、小林陣営の参謀は石井準一参院国対委員長で、選挙後に参院幹事長に昇格した。世耕氏と石井氏の確執は有名で、そういうバランスの上に高市政権を運営しなければならない状況ではあった。


 最初に、組閣、公明党との関係、連立交渉と三つの関門がある。それを乗り切ったら少数与党での予算審議で、今年は赤字国債を発行する特例公債法の期限の年だ。しかし、ここを乗り切ったら、意外と安定する可能性もある。石破政権では、旧岸田・旧菅・旧森山・旧石破の第四~第八派閥が主流派だったのに対し、高市政権が続いてしまえば、第一~第三派閥が居心地よくなる可能性もある。反高市陣営としたら、「最も仕掛けやすいのが今」と言える。首班指名前から内外の揺さぶりに四苦八苦である。

何とか乗り切った党幹部人事

 党幹部人事は「麻生派偏重」と言われながらも、何とか乗り切った。

 その直後に公明党が連立離脱を突きつける。公明党は選挙前から「中道保守の人でないと連立は維持できない」と警戒感を剥き出しにしていたが、明らかに高市氏を念頭においてだ。ここまで露骨に他党の総裁選に介入したことは無い。そして「政治とカネ」で謹慎中だった萩生田光一氏を幹事長代行に起用。もはや喧嘩腰で党首会談に臨み、政治とカネの問題解決に即答を迫り、高市氏が待ってくれと留保したのに対し、「誠意が無い」とばかりに決裂。

 公明党の議員はともかく、支持者の創価学会員からしたら高市氏は「安倍政治の再来」である。
公明党創価学会ではどうか知らないが、リベラル界隈では、しばしば「高市」は悪口として使われる。例えば「高市みたいなことを言うな」のように。公明党と言えば「平和」「福祉」「クリーン」を売りにしてきた党だが、「政治とカネ」に加え、本来の公明党と最も遠いイメージの安倍政治の継承者を推すとなると、相手の皮膚感覚を想像しなければならない。もっとも、安倍晋三元首相は、公明党に妥協的だったが、それでも安保法制など従来の公明党が支持しにくい政策を推進した。

民主制はマトモな選択肢が二つ以上無いと意味がない

 昨年の総選挙から、公明党は結党以来の危機に追いやられている。そこへ「高市を首相にしてくれ」である。むしろ公明党は窮鼠猫(きゅうそねこ)を噛む心境で、連立離脱に踏み切ったのではないか。

 とにもかくにも、政治が一気に流動化した。

 ここで仕掛けたのが、立憲民主党の安住淳幹事長。国民民主党の玉木雄一郎首班でも良いと発信し始めた。しかし玉木氏は、立憲民主党には「基本政策が違う政党とは組めない。特に安保とエネルギーで妥協はしない」と踏み絵を迫った。
自民党には、「約束を守れない政党との約束はできない」と突っぱねる。

 かくして、「高市か玉木か」の選択肢が日本国民に与えられた。民主制はマトモな選択肢が二つ以上無いと意味がない。歓迎すべき流れだ。

 自民党は日本維新の会との連立に動くが、何にせよ民意を反映させた政治を求める。

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【倉山 満】
憲政史研究家 1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『噓だらけの日本中世史』(扶桑社新書)が発売後即重版に
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