「正直、まだ転校生みたいな気分です」東京に進出して2年半たった今も、所在なさそうな表情を浮かべるニッポンの社長。『ダブルインパクト』初代王者にしては、あまりにも謙虚なその姿勢には、漫才×コントを極めた芸を裏づける、泥くさいお笑い観が秘められていた――
賞レースで幾度も決勝に残りながら“あと一歩”に泣いてきたお笑いコンビ・ニッポンの社長(辻皓平・ケツ)。
今回は彼らと同世代の人気芸人たちと活動をともにする放送作家・白武ときお氏を聞き手に迎え、栄光を掴むまでの挫折、ネタ作りの裏側、そして未来への展望を語ってもらった。
賞賛されたら、俺たちの笑いは終わり
――今回の撮影では、ファンからの人気が高い代表作(※2)「新入部員」のコントの衣装を用意してもらいました。辻:あのコントは中学時代の野球クラブのコーチがモデルです。ある日、木製のノックバットのグリップで頭を殴られた拍子に、バットが折れて、スコーンって飛んでった。痛がる僕をそっちのけで「お前、どんな頭しとんねん!」って爆笑するコーチの姿を思い出してネタにしました。僕らのネタは実体験を昇華させたものが多いです。
ケツ:僕は小道具の責任を担っているんで、ネタが少しでも面白くなるように小道具作りを極める覚悟で向き合ってます。バットも太さや角度をいろいろと試して今の形に辿り着きました。
辻:ほんまのバット職人が言いそうなコメントやな(笑)。
泥くささを感じてほしい
――ほかのコントや漫才でも、野球ネタが多いのは、愛ゆえですか?辻:ほんまに、(※3)青春時代は野球漬けでしたからね。それに、野球って試合中もプライベートも、笑いを誘う珍プレーが多くて題材にしやすいんです。鍛えられた体でお洒落なプロサッカー選手と違って、高校野球には、丸刈りにしなきゃいけないっていう、時代錯誤の謎の縛りプレイもあるし。プロ野球は体形のだらしないベテランとかが我が物顔で居座っていて、彼らがこけるだけでおもろいですしね。
ケツ:僕のお腹を見てもらったらわかると思います。
辻:“建築現場の先輩後輩”って感じですね。だから舞台でも泥くささを感じてほしいです。コンビに関しては、コントをやるつもりで組みました。ただ、『YTV漫才新人賞』っていう大阪の大会で月1回手見せ(ネタ見せ)があって、そこで合格したら深夜枠でネタを披露できた。テレビ出演のために漫才を始めました。
ケツ:僕も関西出身で漫才への憧れは当然あったけど、NSCに入ったころは周りではコントをやる人が多かった。ただ最近は、大阪では漫才とコントの両方をやっていた芸人も、上京するとどっちかに分かれるヤツらが多くて驚きましたね。
辻:そやな。自分らがオールドスタイルを貫いているのかも。あと東京と大阪のお笑いの違いで言えば、個人的に全然好きちゃうんですけど、東京では芸人イジりがやたら多いですね。
ケツに嫉妬? あるわけないです
――今回の『ダブルインパクト』優勝で、大きな肩書を手にされたと思います。出場は即決ですか?辻:マネジャーのLINEで大会のことを知ったんですが、『キングオブコント』に向けて新ネタを作っている時期だったから、まだ戦わせるのかと思って、最初はめっちゃ嫌でした。だけど、ほかの賞レースで点数が伸びず、負け続けている状態で自信を完全に失ってはいたので、悩みましたが、違う大会で試せたのはよかったです。
――イケるとの手応えは、どのあたりで感じましたか。
辻:審査員が発表されたときですかね。『キングオブコント』は分析的かつ批評家目線やから、パンチが大きめの僕らのネタだと隙を指摘されて点数が伸びにくいんです。対して『ダブルインパクト』の審査員は、テクニックよりも、純粋に面白いかどうかで判断してくれる方々ばかりだった。
辻:それは新発見でした。でも、なんでかは誰もわかってない。
ケツ:そこは努力している部分でなく、生まれ持った才能です。
辻:間違えないでほしいのは、かわいそうに思われない、同情されていないだけってこと。むしろ潜在的に苦しい目に遭ってほしいとさえ思われていて、ケツが転ぶと、お客は爽快な気分になれることまである。その不思議さはケツの魅力ですけど、愛されているわけではないから嫉妬とかはないし、絶対になりたくない。ほんま嫌ですね。
ケツ:いい意味で人間として扱われてないと解釈しています。
――(笑)。
辻:生かすしかないんでね。ケツは台詞を瞬間的に覚えるのは得意なんですけど10ステージ中8回くらい、めっちゃミスる。
ケツ:賞レース直前の舞台でも、大体やらかしてますね。
辻:しかも「女風呂入れや」を、「男風呂入れや」とか、ほんまに、えげつないミスを平気でやりおるんですよ。一応、イジるんですけど、ケツは返してこられない。ミスっていること自体にそもそも気づいていないんです。
ケツ:ようそんなんでお金もらってますよね。
芸人イジりに手を出して、中毒になりたくないですね
――今年は『キングオブコント』には出場されてないですね。辻:今年はもう賞レースはええかなって。来年はわからないですが。先日、(※4)「UNDER5 AWARD」を観ていたら、「生姜猫」っていうトリオが出ていて。そこまで伝わってないんやけど、やっていることはめっちゃおもろい。
ケツ:笑いが確約されるからといって芸人イジりに手を出して、中毒にはなりたくないですね(笑)。
おかんに認められたら、芸人として終わりですね
辻:例えばさっきの「新入部員」のネタは、(※5)広陵高校野球部の部内暴力が報道された’25年の大会ではできなかった内容だとは思います。ただ、自由すぎると逆にひるんで何もできないのと同じで、コンプライアンスが多少厳しいほうが、逆に新しい表現を生む可能性があるんやないかなとは思ってます。それに「こんなお笑い見せられて気分が悪い」「ニッポンの社長って何が面白いのかわからん」って、批判や否定する人がいなくなったら、もうそれは新しい笑いじゃない気がするんです。
――誰彼なしに賞賛され始めたらお笑い芸人としての消費期限が迫っていると。
辻:そうですね。大阪時代はよく、おとんとおかんが劇場に見に来てくれていたんですけど、おとんは褒めてくれるんですよ。でも、おかんは「下ネタやし、バイオレンスやし。訳がわからん」って、いつも怒ってた。刺激が強いネタってとりあえず否定したがる。
“一点突破”で、客の心を掴む
――難しいバランス感覚が求められますね。辻:そこしか生き残る道がないなというのが本音ですね。結局、僕らは可愛げがあるキャラや華があるキャラでもない。人間性では勝負にならないから意表を突いたお笑いじゃないと土俵に上がれない。“一点突破”の強引な掴みで、お客さんを絶対に驚かせなあかんなと思ってます。芸人としての誇りですね。
ケツ:僕のおかんはいつでも全肯定ですけどね(笑)。
辻:親バカすぎて当てにならへんやん。
――最後に、今後の抱負について教えてください。
辻:コンビとして言うと、中川家さんみたいに舞台に立って、たまにメディアに出るのが、理想の着地点ですね。個人的には、人気野球ゲーム (※6)「パワプロ」を実写化したドラマの脚本のお仕事を今年頂けたので、この流れでいろいろと挑戦したいです。
ケツ:日曜劇場とかの悪役とか面白そうやなと。でも、顔芸のレパートリーが少ないから、あて書きじゃないと無理ですが。
辻:そんな都合のいい話あるかい。悪役でももったいないわ。ズル役で、30秒くらいで速攻死んでほしいですね(笑)。
1986年生まれの辻皓平と1990年生まれのケツによるお笑いコンビ。結成13年目で吉本興業所属。『キングオブコント』5年連続ファイナリスト。「ダブルインパクトツアー2025」が開催予定。斜に構えず真正面からナンセンスを放り投げる泥くさい笑いが特徴
(※1)ダブルインパクト
「漫才か、コントか。いや、どっちもだ!」をキャッチコピーに掲げた、漫才とコント両方で優れている“二刀流芸人”の頂点を決めるお笑いコンテスト。プロ・アマ問わず出場可能で、日本テレビと読売テレビが主催・運営する
(※2)「新入部員」のコント
野球の技術は超一級品であるものの、声が小さいという理由だけで、監督(辻)からシバかれまくる新入部員(ケツ)を描くコント。代表作の一つで’24年の『キングオブコント』の決勝で初めて披露された
(※3)青春時代は野球漬け
辻は、小学生から大学生まで野球漬けの日々を送る。中学生のときに所属していた野球チームで全国制覇を果たす。実弟は、元中日ドラゴンズの投手で、現在は日本体育大学助教および同大学の野球部で投手コーチも務めている辻孟彦
(※4)UNDER5 AWARD
芸歴5年目以下の超若手芸人No1を決めるお笑いコンクール。吉本興業が主催する。’23年初代王者は金魚番長、’25年はあなたとネが優勝し、生姜猫はファイナリストに残った
(※5)広陵高校野球部の部内暴力
’25年1月下旬に広陵高校野球部の寮内で起きた暴力事件。1年生部員が禁止されていたカップラーメンを食べたことを発端に、上級生に当たる2年生が暴力に及んだ。問題がSNSで拡散され、同校やその生徒らに誹謗中傷や犯罪予告が相次ぐ。同野球部は、第107回全国高等学校野球選手権大会の出場を大会途中で辞退している
(※6)「パワプロ」を実写化
大人気野球ゲーム「パワフルプロ野球」の世界をドラマ化。元球児で平凡な新社会人のサクセスストーリーを描く。辻が初めて手がけた脚本作品となる
インタビュー/白武ときお 文/谷口伸仁 撮影/宇佐美雅浩 メイク/mahiro 撮影協力/PROPS NOW(プロップス ナウ)
―[インタビュー連載『エッジな人々』]―
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