こんにちは、シューフィッター佐藤靖青(旧・こまつ)です。靴の設計、リペア、フィッティングの経験と知識を生かし、革靴からスニーカーまで、知られざる靴のイロハをみなさまにお伝えしていこうと思います。

ファッションのトレンドとして、革靴が流行しつつあります。質の良い革靴が再注目されているのは、シューフィッターとしても嬉しいことです。しばらく、オフの日にちょっといい革靴を履く人たちが増えることでしょう。

しかし、長い目で見ると革靴は絶滅危惧種です。ファッションのカジュアル化とともに消費者がラクを選択した結果、革靴の需要は激減していて、すべてスニーカーに置き換わっています。ネクタイと同様に、本格革靴は滅びゆくジャンルなのです。

革靴文化が滅びる予兆は「靴が汚い」

革靴は製造工程が信じられないほど多く、資材の高騰や人手不足によって工程にある一社でも倒産してしまうと、ドミノ倒しになります。革自体の生産もSDGsの影響で生産が縮小していることもあり、明日、その革靴工場が存続しているかは誰にもわかりません。

また、革靴のユーザーが減っていくなかで、日本人の革靴文化も衰退の一途をたどっています。私が定点観察しているのは、よく革靴を履いている人たちの靴ですが、とにかく汚い。例えば、市議、区議の議員レベルだと、スーツは素人が見てもそれなりの品なのに、靴はホコリで汚れ、カカトはすり減り、靴紐も買い替えずに結びっぱなしという方がまあ多い。選挙期間中なら「歩いています」というアピールにもなるでしょうが、普段もずっと汚い。意外と経営者の方にも靴の汚い方は多いです。


数年前にとある事情でアメリカ大使館に出入りしていたことがあったのですが、老若関係なく、靴のキレイな方が多かった。履きこんではいても、靴紐が新品だったり(聞くと月一ペースで新品に取り替えているそうです)、自分で磨く暇がない方はクリーニングと一緒に革靴も敷地内のシューシャインに出しているとのことでした。

つまり、アメリカの気合いの入ったスーツ組には「靴が汚れている状態は恥ずかしい」という認識があり、そのレベルは日本人とは比較になりません。一方、新幹線に乗っていても靴を小ぎれいに履いている日本人は1車両で1割ほど。いくら高い靴を買っても、ケアにまで手が回っていません。高い靴を買っておきながら、雑に履いているのが日本人です。アメリカでも、日本同様にスニーカーへの移行が進んでいますが、一部の実需にギリギリ支えられている状況だと思います(とっくに衰退期には入っていますが)。

いい革靴を買っておきながらケアも磨きもしないのは、ペットを飼っておきながらエサも与えず、トイレも掃除しないネグレクト状態と一緒です。残念ながら日本人のほとんどがその状態。ファッションとしての革靴が流行っていても、紐を買い替える人はどれくらいいるでしょうか? 革靴と一緒にツリーもきちんと買いましたか? この時点で個人的には日本人の革靴文化は滅亡期に入っていると思います。

私も日刊SPA!誌には長らく寄稿していますが、ネタがほぼスニーカーに偏っているのは「日本の革靴文化はもう終わってる」と思っているからです。本格革靴は、好事家の趣味嗜好品としては残っていくでしょう。
確かに、革靴職人や靴磨き世界チャンピオンは日本人ですし、それは本当に素晴らしいことです。しかし、文化としては終わっています。趣味と日常がかけ離れているのです。

販売員も終わっている──靴紐すら提案できない日本の革靴店

私は靴のなんでも相談業もしていますが、「ちょっといい靴を買いたいのですが、どれがいいですか」という相談をよく受けます。喜んでお答えしますし、お買い物のお手伝いもしていますが、「この靴を買うからには、このツリーも絶対必要です」「一日履いたら、この靴ならこの磨き屋で磨いてもらってください」「ここまで出来ないなら買わない方がいいです」とアドバイスしています。

「日本の革靴文化は絶滅する」納得の理由。欲しい革靴は“いま買...の画像はこちら >>
こちらは無印良品のシューツリー、税込み2990円。靴の形との相性はありますが、「ちょっといい靴」を買うならせめてツリーは買いましょう。革靴だけではなく、レザースニーカーやビジネスカジュアルも同じです。革製品とツリーは切っても切れない関係で、革靴は履きジワからの亀裂の有無で寿命が縮みます。適切なツリーを入れることで寿命も見た目も完全に変わります。極論ですが、①なにもケアをしない10万円の革靴と②ツリーを入れて、毎回紐も締めなおすGUの4000円台の革靴では、1年も経てば②のほうが圧倒的に高級に見えます。

紐といえば、わざわざ百貨店に行かなくても、ABCマートで330円で売っています。最も標準的な革靴の紐は75㎝。
黒も茶もありますが、革靴をABCマートで買うときに、紐を一緒に買う人はまずいません。また、百貨店で5万円以上の革靴を購入するのなら、当然その靴にあわせた靴紐も2~3セット買うのが当たり前だと思うのですが、そのような提案も目にしません。厳しい言い方ですが、販売する側の知識も終わってるのです。おそらく自分たちがふだん靴紐を変えていない証拠なのでしょう。

私がイギリスで靴の勉強をしていたころ、奮発してちょっといい革靴を買ったときは、ほぼ強制的に靴紐を3セット買わされました。1000円程度の出費ですが、当たり前に紐を買わせる(切れる前に取り換える)姿勢には「これが本場か」と驚いたものです。ところが、業界の先輩に聞くと「昭和の靴屋も、それが当たり前だった」と言います。道交法改正前に「靴の路上磨き」があったときも、靴紐も売っていたそうです。「いい腕の磨き屋は、靴紐も必ず抜いてから磨いて、通しなおす必要があったから」とも。それが今はどうでしょう。ブラウンの靴に退色を通り越して「グリーン」に変色している靴を本当によく見かけます。

「日本の革靴文化は絶滅する」納得の理由。欲しい革靴は“いま買わないと”手に入らない
筆者私物。左はGU
こちらは筆者がヘビーユーズしている2足の革靴で、写真むかって左側が数年前にGUのセールで2990円で買った革靴、写真むかって右側が自分用につくった高級革靴ですが、おそらく靴の素人であれば、その差はわからないと思います。
GUは主に葬式用に履いており、つま先も踏まれまくりで実はかなりの傷があるのですが、紐も5回以上は取りかえながら自分で磨いてケアをしています。高級革靴の方も20数年のつきあいで、2回オールソール(底の全貼り替え)をしながら履いています。ツリーを入れてケアをすることで革靴はここまで見栄えがするものなのです。

無理をして革靴を履く必要はない、のかも?

対照的に、今かなりの頻度で通っているスニーカーのショップでは、買う前に客を座らせて、靴紐をいちいち結び直してから販売してくれます。スニーカー屋なのに、靴のケア用品もひととおり揃っています。気合の入り方が、革靴の店とは全然違います。とある革靴の名店では履きジワをおそれて、試し「履き」はOKでも「歩く」のは厳禁なんていう笑うに笑えないショップも現実にあります。

私も今後1~2年の間に「既製品のちょっといい革靴」は揃えてしまおうと予定を立てています。オーダーメードは生き残れますが、既製品の革靴は値上げだけではなく、生産、引いてはショップの生存自体も厳しいと思います。

10年後、「昔はこの靴を工場でつくれてたんだよな」と思い返す日は必ずきます。海外ですら老舗の革靴メーカーの凋落ぶりが激しく、ちょっといい革靴はできるだけ早めに、でもペットを飼うのと同じ気持ちで、いま、買ってください。面倒を見る覚悟のない方は、スニーカー一択でいいとも思います。


【シューフィッター佐藤靖青】
イギリスのノーサンプトンで靴を学び、20代で靴の設計、30代からリペアの世界へ。現在「全国どこでもシューフィッター」として活動中。YouTube『足と靴のスペシャリスト』。靴のブログを毎日書いてます『シューフィッター佐藤靖青(旧・こまつ)@毎日靴ブログ』。著書『予約の取れないシューフィッターが教える正しい靴の選びかた』
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