2010年代、“イケメンシェフ”としてお茶の間を席巻した川越達也氏(52歳)が、再び動き出した。
人気絶頂のなか、テレビから忽然と姿を消して約8年。
’23年、YouTubeチャンネル『川越シェフだよ。』で表舞台にカムバックを果たした。現在、チャンネル登録者数は17万人(サブチャンネル2万人)を突破。レシピ動画はもちろん、AIとの料理対決や体を張ったロケ企画など、エンタメ性の高い発信で注目を集めている。

その裏で“再始動”を仕掛けたのが、YouTubeの企画・制作を手掛ける株式会社7thの若き社長、荒木菜佳氏(28歳)だった。

「自分にはお金も経験もない。でも、人生をかけるので一緒にYouTubeをやってください」

当時26歳。動画づくりの知見はおろか、料理経験すらなかった荒木氏のこの一言が、川越氏の心を動かした。世代もキャリアもまったく異なるふたりは、ビジネスパートナーとしてタッグを組み、第二章のステージへと進む。

今回は川越氏と荒木氏のふたりに、出会いから現在までの歩みを尋ねた。

公式サイトから打診するも「お断り」……からの逆転劇

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ーー荒木さんは26歳で脱サラされ、いまの会社を起業されたそうですね。それまでの経緯を教えてください。

荒木:小さいころから、なんとなく“社長になること”が夢で。
中学生のときには、タイムカプセルにもそう書いたくらいです。でも、大学で就活の時期がきて将来をちゃんと考えたとき、「アルバイト以外でお金を稼いだこともないのに社長になりたいなんて、さすがにお花畑すぎるな」と冷静になって。そこから、あえて厳しいと評判の人材系の営業会社に入りました。社会の仕組みやビジネスの基本をみっちり叩き込まれて、27歳くらいのときに「とにかくワクワクしたい!」という気持ちだけで起業。我ながら、なかなか無謀でしたね(笑)。

ーー事業を考えるなかで、なぜ川越さんに声をかけようと思ったのですか?

荒木:起業の準備をしていたとき、たまたま飲み屋で芸能関係のマネージャーさんと知り合って、いろいろ話を聞かせていただいたんです。それがきっかけで、「エンタメを仕事にしたい」と思うようになって。起業して最初の3日間くらい、エンタメのことをずっと考えていたら、ふっと川越さんの顔が浮かんできた。ほんと、直感でした。

川越:僕くらいなら、簡単に誘えると思ったんだよね(笑)?

荒木:そんなわけないじゃないですか(笑)。私は思い立ったらすぐ行動するタイプなので、そのまま川越さんの公式サイトから「YouTubeやりませんか」とメッセージを送りました。返事がなかったので何度も送り続けていたら、ある日、「電話で話がしたい」と連絡が来たんです。
「ついに想いが伝わった!」と思ったら、まさかの1時間にわたる直々のお断りで……。でもそのあと、「お礼に」と食事に連れていっていただけることになったんです。

川越:だって、何度も何度もメッセージを送ってきて、本当にしつこいんだもん(笑)。でも、熱意は伝わってきたから、「やらない」ってことは自分の口できちんと伝えなきゃなと思って電話しました。せめて、YouTubeをやっているお友だちのシェフを紹介できたらと、そのお店に連れていったんです。

荒木:そんなことも知らず、私は「会えたらこっちのもんだ!」くらいに思っていました。だから気合を入れて、YouTubeの可能性を一生懸命プレゼンしたんです。でも、川越さんはずっと「うん、うん」とうなずくだけで、まったくいい反応がなくて。

川越:わざわざ僕を選んでくれたわけだから、ちゃんと話を聞かなきゃ失礼でしょう。でも、オープンから終電がなくなるまで、まさか8時間も話をされるなんて思ってもみなかった(笑)。

荒木:こっちも必死ですからね…! でも、A案からZ案まで全部出しきって、万策尽きました。だから最後は、小手先の営業じゃなく、自分の気持ちをそのまま伝えたんです。
「自分にはお金も経験もない。でも、人生をかけるので一緒にやってください」って。そのとき、はじめて川越さんが“川越スマイル”を見せてくれました。

ーーその言葉で、川越さんの中に変化が?

川越:若いころにいろんな経験をさせてもらって、燃え尽きたってわけじゃないんですけど、「もう十分やりきったな」という感覚はどこかにあって。43歳のときに無期限休業という形で、メディア出演を含めて人前に出ることをやめました。余生と言ったら大げさですが、細々と仕事をしながら、家族と静かに過ごす毎日を選んだんです。だから、いまさらYouTubeという得体の知れない世界に飛び込むなんて、正直まったく考えられなかった。

でも、荒木の言葉を聞いたとき、昔のある出来事が脳裏によみがえってきたんです。年齢を聞くと、荒木は27歳。僕もちょうどそのころに、はじめて自分のお店を出しました。そのとき、借金の保証人になっていただいた年上の方に、こう言われたんです。「感謝はいらない。
あなたが大人になったら、誰かを助けてあげなさい」って。その言葉が、ふっと浮かんできたんですよね。ああ、今度は自分がその“誰かを助ける側の大人”になれるんだったらって思いました。

炎上騒動は「鮮度が高いまま冷凍保存」とポジティブ解釈

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ーー過去に川越シェフがご自身のレストランで水を800円で提供していたことが炎上騒動になりましたが、この件について、荒木さんは織り込み済みでしたか。

荒木:めちゃくちゃ言葉を選ばずに言うと、鼻くそくらいどうでもいいと思っていて(笑)。

川越:大変なことになるから、言葉は選んだほうがいいよ(笑)?

荒木:私からすると、川越さんは人気絶頂のなかで忽然と姿を消した“鮮度が高いまま冷凍保存されていた人”で、むしろチャンスだと思いました。たしかに、ちょっと鼻につくキャラというイメージはあったかもしれませんが、実際に会ってみて、こんなにも人柄がよくておもしろい人はいないと思いました。

炎上することもあんまり気にしてなかったです(笑)。YouTubeって、よくも悪くも“素”が出るじゃないですか。続けていれば、見てくれる人がきっとわかってくれる。根拠はないけど、そう確信していましたから。

川越:実際、思っていたよりも温かいコメントが多くて驚きました。批判される覚悟はしていたけど、「応援しています」「昔と変わらない」という声がほとんどで。
素直に嬉しかったですね。

川越達也52歳をK-POPアイドルにしたい!

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ーーYouTubeでは料理動画だけでなく、ロケも多いですよね。なかには、川越さんがかなり体を張っている企画もあります。

荒木:もちろん、レシピ動画をメインにしつつ、対決企画やAIを使ったバラエティー要素も取り入れています。とくにロケ系は、川越さんの“素”が出せる場だと思っていて、時には体も張ってもらっています。

川越:ロケで水族館に行ったときなんか、もちろん冗談なんですが「ペンギンに噛まれればいいのに」って小声で言うんですよ(笑)。ほかにも、YouTuberさんとのコラボでなぜかチャンバラ対決をしたり、野宿させられたり。無茶ぶりが多くて……。もう52歳のおじさんだよ(笑)?

荒木:こんなこと言っていますけど、無茶ぶりや世代的に受け入れづらい提案でも、なんだかんだやってくれる。なにより川越さん自身が、そういうことを言いやすい空気を作ってくれるんです。そこがすごくありがたい。川越さんから出てくるアイデアも面白いですし、年齢がちょうど倍離れているのにピントの合う瞬間があります。


川越:まあ、正統派の料理動画を喜んでくださる人もいれば、ちょっとしたハプニングを楽しんでくださる人もいるってことは痛いほどわかっていますからね。画面の向こう側で視聴者が笑ってくれたらそれでいいんです。

荒木:最近は、川越さんをK-POPアイドルにして踊らせたいと本気で企んでます。

川越:いやいや、それは本当にどういうことなの(笑)?

ーーこれからのおふたりの展望を聞かせてください。

川越:ワンピースのルフィじゃないけど、荒木の周りには気づけば仲間が集まる。そんな不思議な魅力があるんです。いまのメンバーもみんな荒木のために集まっているし、僕もそのひとり。いままで料理人として、ありがたいことにやりたいことは全部やらせてもらいました。だからいまは、僕を頼ってくれた荒木と、荒木を慕って集まっている“荒木組”のエンジンとして動けるならそれでいいと思っています。僕を使えるだけ使ってほしい。

荒木:私自身、「これが出口だ」というのはなくて、とにかく一生ワクワクし続けたいだけ。たとえばインドでYouTubeがバズって、川越さんがインドで一番有名なシェフになるような展開でもいいし、10代の間で再ブームが起きてもおもしろい。最終的には、川越さんに心から「私と組んでよかった」って思わせたいですね!

ーーちなみに、川越シェフがチャンネルでやりたいことはないんですか。

川越:僕、実は昔からUFOに興味があって、YouTubeで結構動画とかみてるんですよ。それをなんとかうちのチャンネルでも絡められないかなと思っていて。

荒木:すみません、ビジョンが見えなさすぎるのでそれは却下でお願いします。

川越:なんでだよ(笑)!

世代もキャリアもまったく違うふたりが出会い、再び動き出した。“バラエティシェフ”川越達也と、若き女性経営者・荒木菜佳。ふたりのタッグが、令和のエンタメに新風を吹き込むか。

<取材・文/櫻井カズキ>
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