政府が進めるOTC類似薬の保険外しで医療費は減っても、国民のリスクは跳ね上がる。薬局で手軽に買った市販薬が胃がん、腎障害、失明――重大な健康被害を引き起こすのだ。
身近な薬の“危険な裏側”に迫る!

胃がん、腎障害、失明……。市販薬に潜む健康リスク!

“市販薬と似た成分の処方薬”が「保険適用外」になると何が起こ...の画像はこちら >>
「重大な危険性を伴う」「政策として容認できるものではない」――。日本医師会常任理事の宮川政昭氏は、政府に真っ向から異を唱えた。

 ’24年の医療費は高齢化や慢性疾患の増加で過去最高の約48兆円(速報値)に達し、財政を圧迫する最大要因となっている。

 そこで医療費の“削減先”として政府が選んだのが、閣外協力する日本維新の会が推し進める「OTC類似薬」の保険適用除外だ。

 OTC類似薬とは、市販薬と成分や効能がほぼ同じでありながら、原則として医師の処方箋が必要な医薬品のこと。本来は保険適用が前提で、患者の自己負担は1~3割に抑えられ、多くの国民の健康を支えてきた。

“市販薬と似た成分の処方薬”が「保険適用外」になると何が起こる?自己判断の“薬選び”が招く重大リスク
北原医院院長・内科医 井上美佐氏
 しかし、政府は来年度、約7000品目を保険から外す方針を固めた。維新は「1兆円削減できる」と鼻息も荒いが、全国保険医団体連合会理事で、医師の井上美佐氏はこう懸念する。

「3割負担で処方されていた薬が10割負担になるので、単純計算でも3倍超の負担増です。その上、保険適用外になった医薬品は、メーカーが自由に価格を設定できる。CMなどの広告費も上乗せされるので、OTC類似薬の値段は跳ね上がります。
患者の負担は重くなるばかりです」

市販薬の誤用で健康を害しても自己責任!?

“市販薬と似た成分の処方薬”が「保険適用外」になると何が起こる?自己判断の“薬選び”が招く重大リスク
※画像はイメージです
 実は、処方箋医薬品がドラッグストアで買えるようになったのは、今回が初めてではない。1985年、医師の処方が必要だった医薬品を一般用医薬品に転用する「スイッチOTC」がスタート。

 現在までに約200品目が承認されているが、今回は一気に約7000品目のOTC類似薬が、市販薬に移行する。そのインパクトは絶大だ。

“市販薬と似た成分の処方薬”が「保険適用外」になると何が起こる?自己判断の“薬選び”が招く重大リスク
武蔵野大学薬学部教授 阿部和穂氏
 武蔵野大学薬学部の阿部和穂教授は「日本人には医療リテラシーが低い人も多く、重大な健康被害をもたらす危険性がある」と警鐘を鳴らす。

「大前提として、用法・用量を守れば健康を害することはありません。誤用して健康を損ねたとしても自己責任。そもそも胃薬、鎮痛薬、ステロイドなどリスクが大きいOTC類似薬は、薬剤師による服薬指導を受けなければ購入できない要指導医薬品です。ただ、店舗ごとに厳格な規制を設けても、患者がドラッグストアをはしごすれば数か月分の薬を購入可能で、誤用の一因になりかねません」

身近な市販薬の誤用リスクもかなり危険

“市販薬と似た成分の処方薬”が「保険適用外」になると何が起こる?自己判断の“薬選び”が招く重大リスク
※画像はイメージです
 症状を自分で見極める知識もなく、「効きそう」、「有名だから」と気軽に薬を選ぶと、誤用に直結しかねない。

 実は、現在すでに市販されている薬にも重大なリスクが潜んでいる(記事末尾)。まず、胃痛を胃酸過多と自己診断して、市販の胃痛薬(PPI=プロトンポンプ阻害薬)を継続使用したケースだ。

「PPIは胃酸を出す働きを止める薬ですが、服用するとガストリンというホルモンが過剰に出て、細胞が増殖してがんになりやすい。だから、病院で処方するときは投与期間に制限が設けられているくらいです。仮に2か月以上飲み続けると胃がんになる可能性があり、進行がんになれば命に関わります」(阿部氏)

 ひどい腰痛だからと、市販の鎮痛薬と湿布薬でしのいだ場合は、「長期にわたり併用すると腎臓への血流が減少して、腎障害を引き起こします。
人工透析が必要になり、人生が一変してしまう。病院で処方された薬と市販薬を重複投与するときは、まず医師に相談するべきです」(井上氏)

子供の未熟な体に素人判断は禁忌

 子供への投薬は、特に注意が必要だ。子供が風邪で熱を出したとき、親が普段使っているアスピリン系解熱薬を飲ませると、重大な事態を招くという。

「解熱薬には成人用(アスピリン系)と小児用(アセトアミノフェン系)があり、子供だからと、たとえ半錠でもアスピリン系解熱薬を飲ませると、インフルエンザに罹っていた場合はインフルエンザ脳症になる恐れがある。死亡率は15%ほどと高く、非常に危険です」(阿部氏)

 咳き込んでいる子供に、親が軽い咳と判断して、市販の咳止めを与えた場合はどうなってしまうのか。

「実際は小児喘息だった場合、結果は重大なものになる。喘息はアレルギー反応なので、そもそも咳止めを使ってはいけません。咳をするのは、肺や気道に侵入した異物やウイルスを排出するため。咳止め薬で止めてしまうと、喘息の重度発作を起こすだけでなく、感染症を悪化させる可能性があります」(同)

ステロイドで皮膚が壊死。点眼薬で失明することも

“市販薬と似た成分の処方薬”が「保険適用外」になると何が起こる?自己判断の“薬選び”が招く重大リスク
※画像はイメージです
 皮膚の痒みやかぶれによく使うからと、水虫にステロイド軟膏を塗る人も少なくないのではないか。

「水虫は白癬菌による感染症なので、抗真菌薬を使わなければいけない。ステロイドを誤用すると、免疫が低下して症状が悪化。他の感染症にも罹りやすく、皮膚が壊死することもある」(井上氏)

 花粉症やドライアイなど、現代人は目薬をよく使う。
目が充血して結膜炎と自己診断して、安易に点眼薬を使うと悲惨な結果を招くこともある。

「結膜炎には、アレルギー性と細菌性のものがある。仮に抗ヒスタミン点眼薬を使うとアレルギー性結膜炎には効くが、細菌性には抗菌点眼薬でないと効果がない。それどころか症状が悪化して角膜潰瘍になり、最悪の場合、失明してしまいます」(同)

 この他にも、市販薬が重大な健康被害をもたらすケースは多い。規制緩和の前に、安全な制度設計が必要だ。

誤用すると重篤症状に!? 危険な市販薬

【胃痛薬】パリエットS、オメプラールS、タケプロンS……リスク度 5/5
胃痛を胃酸過多と勘違いし、PPI(プロトンポンプ阻害薬)を継続使用した結果、胃がんに。進行すれば生命リスク

【咳止め】アネトン……リスク度 4/5
咳き込んでいる子の症状を、親が「軽い咳」と自己判断。OTC咳止めを投与したが、仮に小児喘息なら重度発作を起こす危険性もある

【湿疹・かぶれ止め】リンデロンVsなど……リスク度 4/5
水虫(白癬)だからと、安易にステロイド系塗布薬を使用。免疫が低下し、感染が悪化。組織が壊死することも

【睡眠薬】ドリエル、リポスミンなど……リスク度 3/5
処方されていたベンゾ系睡眠薬が保険適用外になり、市販の抗ヒスタミン系睡眠薬を服用。倦怠感から仕事に支障が出るようになりかねない

【点眼薬】ザジテンなど……リスク度 5/5
目が充血したので結膜炎と自己判断して、OTC抗ヒスタミン点眼薬を使用。もし細菌性結膜炎なら角膜潰瘍に。
最悪、失明の可能性アリ!

【点鼻薬】ナザール、アスゲンなど……リスク度 3.5/5
鼻炎に市販のナファゾリン系点鼻薬を数か月使い続けていたら、粘膜萎縮と慢性鼻閉を発症する危険性がある

【北原医院院長・内科医 井上美佐氏】
専門は免疫学。全国保険医団体連合会理事。大阪府保険医協会副理事長。YouTubeなどで積極的に情報発信し。メディア出演多数

【武蔵野大学薬学部教授 阿部和穂氏】
薬学博士。専門は薬理学と脳科学。『副作用がなければ薬じゃない?』『危険ドラッグ大全』(ともに武蔵野大学出版会)ほか著書多数

取材/山本和幸 取材・文/齊藤武宏 写真/時事通信社 PIXTA

―[[飲んではいけない]市販薬]―
編集部おすすめ