北川景子(39)が物乞い役を演じている。言うまでもなく、朝ドラことNHK連続テレビ小説『ばけばけ』でのこと。
北川の物乞い役は初めて。というより、物乞い役の経験のある女優は滅多にいない。
「お姫様から物乞いへ」北川景子(39)の変貌。朝ドラ『ばけば...の画像はこちら >>

お姫様から物乞いへ、激変する役

 名前は雨清水タエ。第16回(10月20日)まではお姫様のような女性だった。元家老の家から元上級武士の傅(堤真一)に嫁いだからである。

 もっとも、明治維新後に家業とた機織工場が失敗。傅も病死したため、すっかり落ちぶれてしまった。第28回(11月5日)からは物乞いである。

 しっかり者の長女・トキ(髙石あかり)がいるが、遠縁の松野家に養女に出した。頼みの綱は3男の三之丞(板垣李光人)であるものの、世間知らずで頼りない。トキがタエのために渡した金も隠している。僻みとプライドからである。

 伏線は第16回(10月20日)にあった。
トキが傅とタエの実娘だと発覚すると、三之丞は両親に向かって拗ねる。「私もよその家で育ちたかったです…」。自分よりトキのほうが可愛がられてきたと思い込んでいる。

 トキはタエのためにと思い、身も捧げる覚悟でレフカダ・ヘブンの女中になる。それによって得た前渡し金の一部を三之丞に渡した。その際、気を使って傅から預かっていた金だと告げた。「もともとは雨清水家の金」ということにした。

 ところが、三之丞はやっぱり素直になれない。傅がトキのほうを信用していたと思い込み、面白くなかったようだ。タエに金は渡らず、物乞いを続けている。

 落ちぶれる前の北川のタエ役は似合っていた。華やかで気品に満ちていた。
この人はもとから令嬢風の役がハマる。典型例はフジテレビ『謎解きはディナーのあとで』(2011年)の宝生麗子役だ。大富豪の家に生まれた刑事役だった。

北川景子が令嬢役にハマり続ける理由

 なぜ、北川は令嬢役がハマるのか。第一に上品な顔立ちの美人だからだろう。父親が財閥系大企業の元役員であることも影響しているに違いない。生育歴は仕草や物腰に出る。幼いころから稽古を積む歌舞伎俳優の所作がほかの俳優と一味違うのと同じである。

 華やかなころのタエはふすまを自分で開けたことがなく、もちろん家事はまるでダメ。並みの俳優が演じるのは難しい。そんな女性、現代にはいないのだから。お手本がない。

 トキのモデルである小泉セツの実母・チエも家老家の生まれで、やがて没落している。
とはいえ、あまりに北川が役にハマっていたことから、「史実と違ってタエはずっとこの路線なんじやないの」とすら思ったほどだ。

 北川に物乞い役が出来るのかと興味津々だったが、意外や違和感がない。身を縮め、肩を落とし、顔には生気がない。それでいて名家で育てられたから背は伸ばし、済ましている。物乞いとして初登場した第28回では金を恵まれても頭を下げなかった。

「なにゆえ頭を下げるのですか?」。そう不思議そうな顔をした。相手から「頭おかしいのか」となじられても動じなかった。

 難しい演技である。普通に演じたら、困窮しているのに威張っている女性に見えてしまう。感じが悪い。逆に、誇りをぜんぶ捨ててしまったら、卑屈に見えてしまう。


 タエを観るトキと視聴者を同じ心境にしなくてはならない。なんとかしてあげたい、である。北川によるタエを観て、そう思った人はいるのではないか。

 三之丞が頼りないから、早くもタエの将来が気になる。小泉八雲研究の第一人者だった銭本健二・元島根大教授(故人)によると、チエの場合は困窮することがなかった。セツのお陰だ。

 小泉八雲は1891(明24)年、招かれて熊本市の旧制第5高校(現熊本大)に赴任する。内妻だったセツももちろん一緒だった。タエは松江市に残したものの、セツがずっと、ずっと、仕送りを続けた。

 養父母と養祖父はセツが熊本に呼び寄せ、一緒に暮らした。やはり養った。物語では松野家。
実際には稲垣家である。(読売新聞西部版夕刊2001年4月14日付より)

物乞いより衝撃!次はドラッグ密売人

 北川はここ1年、汚れ役に挑んでいる。主演したフジテレビ系の春ドラマ『あなたを奪ったその日から』では誘拐犯だった。

 娘を食品アレルギーで失った中越紘海役。アレルギー物質を混入させた惣菜店社長・結城(大森南朋)の愛娘・萌子(倉田瑛茉)を復讐としてさらう。しかし危害を加えることは出来ず、一緒に暮らした。やがて我が子のように愛すようになった。

 汚れ役とはいえ、救いがあった。現在は物乞い。そして次はドラッグの密売人である。11月28日公開の主演映画『ナイトフラワー』で演じる。段々とエスカレートしているようだ。

 演じるのは2人の子供を持つシングルマザー・永島夏希。
借金取りに追われる日々を送っている。この物語でも北川が演じる役空には金がない。昔も今も金がないのは恐怖でしかない。

 夏希は昼夜を問わず汗だくで働く。それなのに食べるものにさえ困る日々。ある日、夜の街で偶然ドラッグの密売現場に出くわしたことから、金になると思って密売人になることを決意する。地獄の釜のフタを開けてしまった。

 監督は内田英治氏草彅剛(51)の主演映画『ミッドナイトスワン』(2020年)を撮った人だ。容赦ないリアリティで知られる人だから、夏希は極めつけの汚れ役になるだろう。

美貌が足かせ?汚れ役で挑む女優道

 北川はどうして汚れ役に拘っているのか。美人俳優の殻をぶち破ろうとしているのだろう。美人は俳優としてはあながちプラス面ばかりではない。

 まず役が狭まりがち。顔で目立ってしまうから、普通の人がやりにくいのだ。観る側も顔ばかり注目してしまう。美人女優を一度捨てないと上に行きにくい。

 今や押しも押されもせぬ大女優の松坂慶子(73)も30代に入るまで演技を評価されることが少なかった。転機となったのはTBSの主演ドラマ『水中歌』(1979年)。父親の借金を返すため、高級クラブでドールシップ(バニーガール姿で歌う女性)をやったり、男性に蹂躙されたり。この役によって美人女優のイメージが吹き飛んだ。

 翌1980年には松本清張作品の主演映画『わるいやつら』で救いようのない悪女を演じた。男を手玉に取り、人を殺させ、金を奪う女だった。最後は殺される。 

 そんな汚れ役は映画『道頓堀川』(1982年)で結実する。淋しく哀しい小料理屋の女将役が絶賛された。同『椿姫』(1987年)でのタクシー運転手と結ばれる薄幸な芸者役も高い評価を獲得した。美人女優の殻を破らなかったら、大女優になれたかどうか分からない。

 やはり美人女優と呼ばれていた故・夏目雅子さんも自ら志願して映画『鬼龍院花子の生涯』(1982年)で遊郭の養女役を演じた。決め台詞は「舐めたらいかんぜよ!」。主演は夏目さんとこのほど他界した養父役・仲代達矢さんだった。夏目さんもまた称賛を得た。

 いくら汚れ役をやろうが、演技力がないと大女優への道は拓かれない。その点、北川には演技力がある。

 実は当初、北川がアイドル的女優の1人に過ぎないと思っていた。しかし初期の代表作である主演映画『Dear Friends』(2007年)を観て考えが一変した。

 役柄は金持ちのわがまま娘。夜遊び放題の女子高生役だった。クラブに行き、一番目立つことを目指していた。くだらない10代だった。

 それが、がんに罹り、入院し、子供や幼なじみが亡くなったり、四肢不自由になる中で、変わっていく。生きることの意義を知る。北川の演技は全編、自然だった。

夫はDAIGO!北川景子が語らない私生活

 北川の夫はDAIGO(47)故・竹下登元首相の孫だ。2人の間には子供が2人いる。DAIGOとの夫婦生活は話題性十分。もっとも、北川がそれを自ら口にすることはまずない。女優としてプラスにならないことが分かっている。

 女優の私生活が透けて見えてしまうと、ドラマや映画を観る側は役柄の人物として観にくくなってしまう。北川個人として観てしまうようになる。

 タエとDAIGOがだぶって観えたら、興ざめだ。北川はいろいろ考えながら女優業に臨んでいる。<文/高堀冬彦>

【高堀冬彦】
放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員
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