毎日繰り広げられる“座席バトル”
北海道の都市部に住んでいたころ、電車で通勤していた北川真理恵さん(仮名・30代)。
「30分くらいの乗車時間なんですが、立ちっぱなしだと疲れます。電車はいつも満員で、座れることはほとんどありませんでした」
同じ電車に乗る人たちの顔ぶれは、自然と固定されるものだ。
「降りる駅やホームの位置を考えると、乗る車両も決まってきます。いわば“毎朝のメンバー”ができるんですよね」
その中で、“いつも目つきの鋭い女性”がいたという。
「40代くらいで、バッグのチャックが開いていて、その中からバナナが見えているんです(笑)」
ある日、北川さんは一つの“法則”に気がついた。
「前の駅から乗ってくる男性が、いつも会社の制服を着ています。社名を検索したら、私が乗車する“次の駅”に会社があることがわかりました。つまり“その駅で降りる”んです」
30分間の“座れる時間”にかける執念
翌日、その男性が降りたタイミングを見ていると、予想は的中した。
「これで“しばらく座れる”と思いました」
しかし、別の“ライバル”が動いたのだ。
「例の“バナナの女性”が、同じタイミングで私の横に来るようになったんです。完全に“男性が降りた後の席”を狙っていました」
そこから、2人の無言の攻防戦がはじまったそうだ。
「位置取りが重要なんですが、男性が左利きだったので、右側に立てば自然と席を交代できると気づきました。でも、女性は手すりをつかんで場所をブロックしてきたんです」
出勤前の車内で、わずか数十秒の“ポジション争い”はしばらく続いたという。しかし、その争いが1週間ほど続いたある日、突然その男性が電車に乗らなくなったのだ。
「たぶん、私たちの戦いに巻き込まれたくなかったんでしょうね」
それ以来の電車内は、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
「誰も悪くないんですけど、あの“座席争奪戦”を思い出すと、今でも笑えます」
視線を外さない…高校生の“無言のプレッシャー”
「座ってスマホを見ていたら、隣の男子高校生が画面をのぞいていました。しかも堂々と……」
スマートフォンの画面をスクロールするたびに、高校生の目線も動いた。
「もう、“完全に見てるよね?”って思いました。あそこまで正面からのぞく人ははじめてでした」
佐久間さんはたまらず、「なに?」と聞くと、高校生は真顔でこう言ったのだとか。
「いや、別に」
その後は沈黙が続いたが、再び視線を感じたようだ。
「今度はスマホじゃなくて、私の顔をじっと見るんです。あまりにも真剣な目で、正直ちょっと怖かったですね」
思わず見返すと、高校生は真面目な顔で言ったという。
「誰かに似ている感じがして……」
突然の発言に、佐久間さんは言葉を失った。
「誰に似てるんだよって思いました(笑)。しかも距離が近いし、肘も何回か当たってくるし、落ち着かない時間でした」
駅に着くまで、会話はそれきりだった。結局、誰に似ているのかはわからないまま……。
「悪気はなかったんでしょうけど、人との“距離の取り方”ってむずかしいですよね。ほんの少しの距離感の差で、こんなにも疲れるんだなと思いました」
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。
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