警備員が目を光らせるゲート、廃車が放置される駐車場、破れた窓に鉄の回転扉……。インターネット上で「世界最凶都市」とも囁かれる南アフリカ・ヨハネスブルクには、「⼊ったら15秒で死ぬ」と噂される⾼層ビルがある。
24 時間体制で厳重警戒される鉄のゲートの内側の取材を試みた。

「一人で行ってはいけない」地区にそびえる高層ビル

 その名はポンテ・シティ・アパートメント、通称「ポンテタワー」だ。ヨハネスブルク市内でも「一人で行ってはいけない」とされる地区に隣接する。インターネットでこのビルを検索すると、誰が言い出したのか「凶悪ビル」「世界一高いスラム」「入ったら15秒で死ぬ」など、穏やかではない単語がずらりと並ぶ。

 1975年に建てられた地上54階建て・高さ173メートル、円筒の中心が空洞になったドーナツ型の高層ビル。この日は天気がイマイチだったこともあり、くすんだ灰色の空にそびえる古い建物の姿にはなんとも言えない迫力があった。

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 南アフリカの犯罪件数が日本と比べて格段に多いのは確かで、南ア政府発表の2025年1~3月の殺人件数は5,727件。一日平均63件、つまり約23分に1件殺人が起きていることになる。

 私自身は、2023年に南アに引っ越してから2年あまり怖い目に遭ったことは一度もない。ここは風光明媚で食事も美味しく、人も温かい国で、ビザが許す限りなるべく長く滞在したいほどだ。ただし、「常に車で移動する」「夜間は外出しない」など、毎日それなりに気をつけて生活している。なにより、このビル周辺はトリッキーな場所だ。日本の外務省は、隣接するヒルブロウ地区を「犯罪が昼夜を問わず発生する」エリアとして注意を呼びかけている。
旅行者が目的もなくこの地区を訪れると聞いたとすれば、全力で止める。生半可な気持ちで一人で訪れては絶対にダメだ。

世界最悪級の治安「入ったら15秒で死ぬ」ヨハネスブルク・ポンテタワーに女性記者が潜入!そこで見た意外な光景とは
ポンテタワーを案内してくれたラビレさん
 この日は、この地区で観光ツアーなどを行うNPOに所属するキア・ラビレさん(21)にガイドを依頼して、24時間体制で警備されている鉄のゲートの内側に潜入した。

中は「バイオハザード」の世界!? 時代に翻弄されたビルの過去

世界最悪級の治安「入ったら15秒で死ぬ」ヨハネスブルク・ポンテタワーに女性記者が潜入!そこで見た意外な光景とは
タイヤもドアも外されて放置された車
 敷地に足を踏み入れると、さっそく目に飛び込んできたのはタイヤのない車だ。車体には茶色いホコリがこびりつき、運転席のドアは外されている。予想を裏切らない光景で、自然と握った手に力が入る……。

 立体駐車場を抜けてビルに入ると、空洞になった中心部に向かってヒヤッと風が抜け、鉄網に張り付いたクモの巣がなびいた。

 階段を降りる足音がタン、タン、と暗いビルに響く。ホラー映画も顔負けの雰囲気なのでは……!?と思っていたところ、ガイドのラビレさんがこの場所が実際に映画『バイオハザード: ザ・ファイナル』のロケ地として使われたと説明してくれた。ここは、ホンモノのホラー映画の世界だったのだ。

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中は「バイオハザード」の世界
 巨大な空洞の一番低い部分「コア」と呼ばれる場所に降り立って見上げると、空洞の先に曇った空が見えた。

世界最悪級の治安「入ったら15秒で死ぬ」ヨハネスブルク・ポンテタワーに女性記者が潜入!そこで見た意外な光景とは
穴の空いた円筒形の地上部分「コア」から空を見上げる
 ラビレさんの説明によると、1970年代この地区はアパルトヘイト(人種隔離)政策のもとで白人が暮らす富裕層向けの居住区だった。中でもポンテタワーはいわゆる「高級タワマン」で、居住スペースのほかボウリング場、テニスコート、デパート、映画館、レストラン、プールなど、衣食住から娯楽までなんでも揃う憧れの場所だったという。


 1980年代になると白人と有色人種の交流が始まり、混血の子どもがじわりと増えた。ところが、これを当時の白人政権が問題視。1985年にこの地域を「人種が交わる望ましくないエリア」に指定し、水道・電気などインフラ整備を打ち切ってしまったそうだ。この結果、白人は周辺に移住。残された建物は空き家化し、国内外の犯罪者らによる不法占拠(南アではこれを「建物のハイジャック」という)にさらされた。

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ポンテタワー内部の窓から吹き抜け部分を望む
 治安の悪化に伴い、ポンテタワーにも麻薬のディーラー、ギャング、売春婦などの無法者が住みついた。ネットで噂される、「⼊れば数分でドラッグから売春婦までなんでも⼿に⼊る凶悪ビル」の完成だ。

 電気が止まってエレベーターが使えなくなった住民らは、地上までごみを運ぶのが大変だからと中央の吹き抜け部分に投げ捨てるようになった。生ごみ、粗大ごみに、ギャングに殺された者や自殺者の遺体まで……。ごみは、14階部分まで積み上がったという。

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窓から「コア」を見下ろす。かつてここからごみを投げ捨てたのかもしれない
 いっとき「どうせそのビルは犯罪者だらけなんだから、刑務所にしてしまえ」という話まで浮上したそうだ。

リノベで刷新、子どもたちのはしゃぐ声!

 そんな「高層スラム」の歴史を脳内で反芻しながら、ラビレさんに連れられて建物の51階へ向かう。軋む鉄柵の扉を開けると、その先にもう一枚、扉があった。
まさかの、防犯用二重扉だ。

 さすがにギャングはもういないだろうと思いつつ、少し身を固くして中に入ると……。そこは、綺麗に片付いたパーティールームだった。酒が並ぶバーカウンターもある。「犯罪者の巣窟」のイメージとはほど遠い、現代的でスタイリッシュな空間だ。

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現代的な雰囲気に改装されたバーカウンター付きのパーティールーム
 いまはここで毎週末、沈む夕日を見ながらカクテルを楽しむバーイベントが開かれている。ラビレさんは「あなたもなにか飲む?」と冷蔵庫から飲み物を取り出してくれた。

 建物の中は阿鼻叫喚かと恐れ慄いていたので、若干拍子抜けするとともに安堵感が広がる。そして見てほしい、この眺望を!

世界最悪級の治安「入ったら15秒で死ぬ」ヨハネスブルク・ポンテタワーに女性記者が潜入!そこで見た意外な光景とは
ポンテタワーから望むヨハネスブルク市内
 ラビレさんは、2000年代に犯罪の温床だったポンテタワーに転機が訪れたと話す。現在のオーナーが建物を取得すると、何年もかけて犯罪者を追い出した。また「ごみ溜め」だった部分も3年半かけて掃除。重機は入れられなかったので手作業で綺麗にしたそうだ。


世界最悪級の治安「入ったら15秒で死ぬ」ヨハネスブルク・ポンテタワーに女性記者が潜入!そこで見た意外な光景とは
現在はごみが撤去された「コア」部分
 2012年にポンテタワーは生まれ変わって再びオープン。いまは中流階級向けの住宅として利用されている。住人は約2,000人で、ラビレさんのガイド仲間3人もこのビルで暮らす。ちなみに、高層階の一部は宿泊施設になっていて泊まることもできる。スーパー、美容室、柔道教室に、子どもたちのための遊び場も作られた。このツアーの最中も、子どもたちがコロコロと笑いながら私たちの脇を何度も走り抜けて行った。

「ここに人々の暮らしがある」地元出身ガイドの思い

 案内してくれたガイドのラビレさんはこの建物から5分のところに住む地元っ子だ。もともと観光に興味があり、高校卒業後「地元出身だから伝えられることがあるはず」と近所のポンテタワーでガイドを始めた。

 地元出身のラビレさんにこんな質問をぶつけるのも不躾かと思いつつ、これを聞かずに帰るわけにはいかない。意を決して投げかける。「日本ではここは『入ったら15秒で死ぬ』と言われる場所なんですが、これについてどう思いますか?」

 ラビレさんは聞かれ慣れているのか驚く様子もなく、ちょっと笑いながらこう答えた。「日本の皆さんに伝えたいのは、『15秒で死ぬ』なんてことはないんだよということです。
ここにはちゃんと暮らしがあって、人々がいて、子どもたちもいて、みんな幸せに過ごしている。ぜひ自分の目で見にきてもらいたいです」

世界最悪級の治安「入ったら15秒で死ぬ」ヨハネスブルク・ポンテタワーに女性記者が潜入!そこで見た意外な光景とは
現在のポンテタワーには子どもの遊び場もある
 そんなこんなで「15秒で死ぬ」ビルに2時間半にわたって滞在したが、命の危険は全くなかった。むしろここに暮らす人たちの声を聞き、力強く生活を営む姿を目の当たりにして、生きるパワーをもらって帰途についた。

世界最悪級の治安「入ったら15秒で死ぬ」ヨハネスブルク・ポンテタワーに女性記者が潜入!そこで見た意外な光景とは
ポンテタワーの一角でダンスする地元の男性たち
<文・写真/神谷美紀>

【神谷美紀】
南アフリカ・ヨハネスブルク在住。元テレビ局報道記者。専門は政治・経済・ジェンダー。食、映画、アートにも関心がある。コーヒーをこよなく愛し、執筆文字数とコーヒーの消費量は常に比例する。最近のマイブームはテレビゲーム『塊魂』。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。
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