低年収、非モテ、孤独──。これまで「弱者男性」はこうした属性で語られてきた。
しかし今、“普通の男”たちの間でも「自分は弱い存在だ」と感じる人が急増している。広がる負の感情の正体は何なのか。男性たちの心に巣くう“呪い”の正体に迫った。
【弱者感】
じゃくしゃ-かん
自分が社会の中で「劣っている・取り残されている・報われない側にいる」という主観的な感覚。
実際の地位や収入、能力にかかわらず、相対的な劣位感・無力感・疎外感を感じる心の状態。
※編集部作成

かつては男らしいとされた男性が非モテに…

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放送中のドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』を見たことはあるだろうか? 主人公の海老原勝男は通称・筑前煮男と呼ばれる、亭主関白思考の男性だ。愛する人の帰りを家で待つのが女性の幸せと信じ、料理は女性が担うものと疑わない。そんな彼が社会人になり、大学時代からの交際相手にプロポーズするも「んー、無理」と拒絶されるところから物語は始まる。

「このドラマには旧来の男性像の扱われ方が象徴的に表れている」と解説するのは、エンタメ批評を行う専修大学教授の河野真太郎氏だ。

「かつては男らしいと受け入れられていた男性が、端的に非モテとして描かれています。劇中では主人公のヤバさを周りの同僚や後輩、さらに視聴者も理解しているのが前提の物語構造になっている。その常識がない人は、周りから“爪はじき”になることが常態化されているわけです」

“強さの新たな形”に加わった要素

ドラマだけでなく、漫画やアニメなどエンタメカルチャーは社会の写し鏡とも言える存在だ。時代背景を汲み取るからこそ、描かれるキャラには「現代の男はこうあるべき」という像が見てとれる。河野氏によれば、象徴的なのが少年ジャンプ作品のヒーローの描かれ方だという。


「ジャンプ的な主人公といえば、『仲間の力を借りて勝てた』と結着させるパターンが多いですよね。主人公にはそうした求心力があり、敵役がむしろ孤立して自分の力を誇示する。

そこから見えるのはコミュニケーション能力の重要性で、愛嬌やカリスマ性などを武器に仲間から慕われる男性像が主流になったこと。さらに現在は『鬼滅の刃』の竈門炭治郎のように他者への優しさが、“強さの新たな形”に加わっています」

一つの能力では生き残れない現代

「強さ・優しさ・コミュ力・美しさ」を備えていなければ“弱者”?エンタメと広告が作りだす“新たな男性像”という呪い
『少年ジャンプ』の人気作品の主人公像は世相を反映してきた。孤高の強さを持つケンシロウ、仲間を大切にするルフィ、『鬼滅の刃』の炭治郎は優しさや傾聴の姿勢を持つ
それはある意味、男性に求められる能力が次々と山積みされている状況を表している。

「昔のアメコミヒーローのように、単に強いだけのキャラはもういません。強さは絶対にありつつも、それに加えてコミュニケーション能力や共感力が求められるし、そのモラルの有無が問題視される。現実世界も同じで、そういった能力を得られる人と得られない人の分断がすごく強まっていて、得られない人は弱者という意識を強めてしまう」

また、「弱い男性像」自体を描く表現も増えている。これは、日本に限らず海外でも見られる傾向だ。

「映画『ジョーカー』が社会的弱者を描いて世界中で共感を呼んだのは周知のとおりですが、最近のヒット作『ワン・バトル・アフター・アナザー』も興味深い。本作の主人公はかつて過激な左派運動で活躍した男性で、因縁のある警察・軍隊側ライバルに娘が捕まって助けに行く話なのですが、最終的に娘が自力で問題を解決しちゃうんです。

『父親ぶろうとするけど何もできない男性性』みたいな姿をシニカルに表現して、『男にできることは何もない』というようなメッセージを発している映画ですよね。それがアメリカで大ヒットしています」

広告表現も男性像が描かれている

時代にマッチした男性像を描いているのは、広告表現も同様だ。しかし、「広告の場合は、“こうあるべきだ”という理想の姿を描く一方、そこから外れる男性を無言で排除する構造があります」と分析するのは、CMやポスターを研究する作家の小林美香氏だ。ときにそれは、男性への“見えない圧力”になるという。


「広告は男性の成功経験や、理想のイメージを集中投下していくので、弱者や衰え、弱さを極力排除するというのが前提になっています。裏を返せば、広告の反対側にある人たちは弱者ということになってしまう。

例えば都市部での生活が成功者の証しのようにタワマンを背景にした不動産広告、『筋肉は一生ものの服』と鍛錬を美徳化するジムの広告、『髪を、鍛えろ』といったAGA治療の広告……。これらは努力すれば他の男性より“格上”になれると煽りつつ、特定集団へ組み込もうと促す構造になっています」

男の成功の証し“背景高層ビルおじさん”

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新たな生きづらさ 男に広まる[弱者感]

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転職エージェントの広告とイギリスの徴兵ポスターにも似た構図がある。目指すのは画一化された“理想”だ(写真は小林氏提供)
そうした広告を日々目にすることで、社会的な成功のイメージが画一化されていく。

「わかりやすいのが、人材広告などにある『背景高層ビルおじさん』。いい大学を出ていい企業に入社し、会社で上り詰める……という成功イメージの“記号”です。この姿を目指さないといけないという強制力が強いので、そうなれない人はツラい。

公共空間での女性の広告表現の場合、『この表現は性差別的だ』と指摘しやすい一方で、男性向けの広告は『この表現はどうなのか?』と言われることが少ない。そして、イケてる男性というイメージがとても狭い。こうした男性向けの広告のあり方は問題だと思っています」

また、男性の“美”を促す広告からも、我々は強い影響を受けていると続ける。

「男性美容業界の売り上げが’10年代末比較で2倍近に伸びているように、今は『外見を磨くのも強者の証し』という風潮がありますよね。痩せろ、鍛えろ、脱毛しろなど、できるのにやらないヤツはダメという、二項対立のロジックです。

こういった“強者”の表現方法は、昔から変わりません。
例えばカルバン・クラインの下着の広告は1983年と’25年を比べてもほぼ同じ。ギリシャ彫刻のような肉体美を持つ男性が下着をはいている。こうした姿が男性美の永遠のルールになっている」

自分の心を守る余白を確保することが大切

重要なのは、広告でうたわれるような成長は「仮初めの希望だと知ることだ」という。

「成長するための努力は大切ですが、男性に求められる能力は『強さ+優しさ+コミュ力』など、すべてをこなさなければならなくなっている。しかも、今後もアップデートは続き、逃げ道はますます少なくなるでしょう。

それに応え続けるのは“無理ゲー”です。だからこそ、過剰な煽りに乗らず、無理ゲーは無理ゲーとして認めて、自分の心を守る余白を確保することが大切になるような気がします」

今後も複雑化しながら増え続ける“男らしさ”の呪縛から解放される日は来るのか。

【英文学者 河野真太郎氏】
専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門は英文学、イギリスの文化と社会。著書に『新しい声を聞くぼくたち』(講談社)など
「強さ・優しさ・コミュ力・美しさ」を備えていなければ“弱者”?エンタメと広告が作りだす“新たな男性像”という呪い
英文学者の河野真太郎氏

【作家 小林美香氏】
ジェンダー問題に精通。著書に『その〈男らしさ〉はどこからきたの? 広告で読み解く「デキる男」の現在地』(朝日新書)など
「強さ・優しさ・コミュ力・美しさ」を備えていなければ“弱者”?エンタメと広告が作りだす“新たな男性像”という呪い
作家の小林美香氏

取材・文/週刊SPA!編集部

―[新たな生きづらさ 男に広まる[弱者感]]―
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