牛丼チェーン「吉野家」やうどんチェーン「はなまるうどん」を運営する吉野家ホールディングス(以下、吉野家HD)は、牛丼・うどんに次ぐ「第3の柱」として“ラーメン事業”に注力している。
2025年5月に発表された中期経営計画では、2024年度の売上高80億円から400億円へと引き上げ、店舗数も125店舗から500店舗に拡大する目標を立てている。


すでに煮干醤油ラーメンの「せたが屋」や豚骨鶏ガラ醤油ラーメンの「ばり嗎」といったラーメンブランドを傘下に持ち、直近では鶏白湯らーめんと台湾まぜそばを主力とした京都発のラーメンチェーン「キラメキノトリ」をグループに迎え入れるなど、M&Aによる体制強化にも乗り出している。

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そんな吉野家HDにグループインした「キラメキノトリ」を運営するキラメキノ未来株式会社 代表取締役の久保田雅彦さんに、大企業の傘下に入った理由やラーメン事業の拡大戦略について話を聞いた。

吉野家HDからオファーをもらうまで「M&Aに興味がなかった」

2013年4月に創業し、現在は京都と大阪を中心に24店舗を展開するキラメキノトリは、濃厚な「鶏白湯らーめん」と旨辛な「台湾まぜそば」を看板メニューに持つ繁盛店だ。京都発祥のラーメン店ということから、特に地元の大学生から“ソウルフード”としての支持を得ており、人気の下支えとなっている。

「世界最大のラーメングループを目指す」吉野家HDに、京都発ラーメン店が決断「社員の幸せを考えて…」
台湾まぜそばの写真
「世界最大のラーメングループを目指す」吉野家HDに、京都発ラーメン店が決断「社員の幸せを考えて…」
鶏白湯らーめんの写真
そんななか、2025年1月には吉野家HDの完全子会社となり、大手傘下に入る形で新しい一歩を踏み出した。

久保田さんは、これまでもいくつかの企業からM&Aの打診があったものの、そこから話を進めることはほとんどなかったと話す。しかし、2024年6月に吉野家HD側から働きかけがあった際は、「M&Aに興味がないとはいえ、誰もが知るビッグネームだったこともあって心が動かされた部分もあった」と語る。

「その頃は業績も悪くないタイミングでしたし、経営者として自分の力で会社を今まで引っ張ってきたという自負がありました。そのため、外部資本に頼るというM&Aの選択肢はあまり関心がなく、本音としては、むしろ事業を自分たちの力で伸ばしていきたいという想いが強かったです。

ただ、吉野家HDというビッグネームからお声がけいただく機会はそんなにないと思い、まずは話を聞いてみようとトップ面談をさせていただいたのが始まりでした」(久保田さん、以下同)

真っ先に考えたのは”社員の幸せ”

「世界最大のラーメングループを目指す」吉野家HDに、京都発ラーメン店が決断「社員の幸せを考えて…」
久保田雅彦
M&Aに対して積極的でなかった久保田さんの考えを変えたのは、「世界最大のラーメングループを目指す」という吉野家HDの大きなビジョンだった。中期計画に基づく成長戦略の中で描くスケール感は、中小企業の経営者ではなかなか想像し得ないものだったからこそ、強いインパクトを与えたのである。

「初めてM&Aに対してポジティブな感情が芽生えた瞬間でした」

そう振り返る久保田さんだが、真っ先に考えたのは“社員の幸せ”だったそうだ。

「私たちは10年以上かけて20数店舗まで成長してきましたが、吉野家HDの一員に入れば倒産リスクなどの不安要素が減り、海外展開や新規ブランドの出店といった成長スピードが今よりも速くなるのではと考えました。それに伴って新しいポジションも生まれ、店長からマネージャー、マネージャーから部長へといったキャリアアップの機会も確実に広がると感じたんですね。


大きなグループの中で新しいステージに挑戦できることは、社員にとっても大きなメリットだと強く思いましたし、吉野家HDの掲げるラーメン事業のビジョンに対し、『その一端を担える存在になれるかもしれない』と思えたことが最終的な決め手となりました」

今回のM&Aにあたり、久保田さんはいろいろな先輩経営者に相談したそうで、上の世代からは「創業者としての誇りや魂を売るのか」といった厳しい意見も少なくなかったとのこと。一方で、同世代の経営者と話すと、ポジティブな意見をもらうことが多く、世代間で価値観が大きく変わってきているのを感じたという。

その背景には、この10年でラーメン業界の有名店が次々と大手資本の傘下に入る事例が増えていることが挙げられる。

「創業や出店はいわば『0→1の世界』で、そこからどこまで伸ばせるかは経営者の実力が問われます。私もこれまで20数店舗まではつくることができましたが、50店舗、100店舗といった規模になると、背負うリスクは一気に増え、危険な領域に足を踏み入れかねないという感覚もありました。

だからこそ、さらに成長を求めるのであれば、どこかのタイミングで外部の力を借りるという選択は正しい判断なのではないかと、トップ面談を機に考えるようになりました」

吉野家HDのバックアップ体制で加速する成長

吉野家HDに入ってから特に改善が進んだのは「衛生管理」の面だという。もともと食中毒リスクなどには非常に神経を使っていたそうだが、新たに専任の改善チームができたことで、衛生管理の体制は大きく向上したと久保田さんは言う。

さらに、物件面でも吉野家とのシナジー効果が生み出せている。発祥の地である京都では優良物件を優先的に確保できたのに対し、大阪や滋賀、奈良などで新規出店を進める際は、なかなか良い物件に出会えていなかったという。しかし、M&A後は吉野家HDの持つ不動産業者とのネットワークにより、普段手に入らない情報も取得できるようになった。

「世界最大のラーメングループを目指す」吉野家HDに、京都発ラーメン店が決断「社員の幸せを考えて…」
11月8日にオープンした大阪堺美原店
「2025年11月にオープンした大阪堺美原店は、吉野家として営業していた店舗を移転リニューアルして新規出店しました。もともとの建物やトイレ、看板など既存の居抜き物件を活用しつつ、ラーメン用に必要な設備だけ新設し、コストを抑えることで快適な店舗に仕上がりました」

衛生管理の強化と効率的な物件活用に加え、米や唐揚げといった主要食材については、吉野家HDの仕入れ体制を活用して安定供給が可能になったことで、物価高の状況下でも価格面で大きなシナジー効果を得ているという。

また、2024年5月に吉野家HDが子会社化した宝産業は、スープや麺の製造ノウハウを持つ企業で、新商品開発や日々の課題や悩みの相談先として非常に心強い存在になっているそうだ。


このように、吉野家HDのバックアップ体制やアセットの恩恵を受けながら、キラメキノトリのさらなる成長に向けて取り組んでいる最中だと久保田さんは語る。

そのほか、労働環境は上場企業基準に沿った改善が進み、働きやすさが向上し、現場の社員は研修を通じて吉野家HDとキラメキノトリの同世代・同職位の社員同士が交流する機会が生まれ、モチベーションの向上にもつながっているとのこと。

海外で京都発のラーメンを再現するべく奮闘

直近では海外展開の足掛かりとして上海に店舗をオープン。輸送コストや原価の問題もあり、現地で入手できる中国の小麦粉を使って麺を作ることになったが、品質を落とさず、地元の原料を最大限活かして麺を仕上げることにかなり苦労したと久保田さんは説明する。

「世界最大のラーメングループを目指す」吉野家HDに、京都発ラーメン店が決断「社員の幸せを考えて…」
11月13日にオープンした中国・上海の「煌面ノ屋 上海南京東路歩行街店」
「上海でも京都のラーメンの味を再現するため、3日間の出張を計5回繰り返しました。テストキッチンで麺の試作を何度も行いましたし、スープについても中国の地元の鶏を使ってとろみや風味を出すのに試行錯誤を繰り返しました」

それでも、現地スタッフやパートナー企業の協力により、最終的に納得のいく味を完成させることができ、新規オープンにこぎつけたのだ。中国での展開については、まず1号店の反応や評価を見ながら改善していく方針で、順調に売り上げが推移すれば、将来的には店舗展開も視野に入れているという。

牛丼やうどんといった日常食を事業の基盤としてきた吉野家HDは、ラーメンを第3の成長軸として確立するため、牛丼とは異なる戦略で国内外の展開を進めている。

2024年には先述の宝産業をM&Aして製造面を強化。さらには、地域に根差したラーメンブランドと組むことで国内基盤を整備し、海外展開の布石を打っていくという流れの中で、キラメキノトリはどう成長していくのか。

今後の動向に注目していきたい。

<取材・文/古田島大介>

【古田島大介】
1986年生まれ。
立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている
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