重要なのは「適切な距離感」と「頭の中の多様性」を持つこと。意見が違っても受け流し、心から信頼できる友人を数人育むことが、安心感や心の支えになる。
人間関係に上下を持ち込まず、居心地の良い関係を築く力が、ストレスのない老後を実現する鍵だと生物学者で早稲田大学名誉教授でもありフジテレビ系列の『ホンマでっか!?TV』のコメンテーターを務める池田清彦氏は説きます。
※本記事、『騙されない老後 権力に迎合しない不良老人のすすめ』(扶桑社刊)より一部抜粋・再構成してお届けします。
自分の頭の中に「多様性」を持つ
気に食わない人を避けてばかりいると、間違いなく知り合いの数は減る。無理をしてまで嫌いな人とつきあう必要はないと思うので、それはそれでもいいのだが、知り合いレベルであれば、無理に排除しなくても、喧嘩しない程度にうまいことやっていくことはできる。
ちょっとくらい意見が違っても、少しでも一致しているところがあればまあいいかと妥協して、それ以外の部分はあまりぐちぐち考えずにペンディングにしておく。
老人同士のつきあいは、それくらいの「適当さ」がちょうどいい。
そのへんの加減がうまかったのは昔の自民党である。
とりあえず最低限のところだけ意見が一致していれば、厳密なところでは意見がバラバラでもまあいいかという適当な党だからあそこまで大きくなれたのである。
新しい党ほどとにかく全員の意見を一致させようとするのだが、そのようなやり方ではかえってバラバラになりやすく、党として大きくなることはできないと思う。
「自分自身が楽しくなる」ためにも、「他人と楽しくつきあう」ためにも、自分の頭の中をいつもニュートラルにして、「多様性」を維持しておくのがいい。
それはつまり、自分の今の考えがAだからといって、反Aを拒絶するのではなく、状況に応じてそっちに切り替えられるようないい意味での「適当さ」を持つということだ。
トランプが嫌いならバイデンが好き、アメリカが嫌いなら中国が好き、などと敵と味方に分けて考える人ばかりだと、最後は戦争するしかなくなってしまう。
「頭の中の多様性」が人生を豊かにする秘訣
マイノリティの権利を守る「多様性」への対応は社会的なテーマになっているが、自分の頭の中にも「多様性」があれば、人生というのはうんと生きやすくなる。他人の言動が必要以上にひっかかるのは、「これだけが正しい」と思い込んでいるせいだ。つまり、自分の頭の中に「多様性」がないのである。
自分が気に食わないものをいちいち解決しなければ前に進めないとなると、人生なんてあっという間に終わってしまう。他人の言動について気になることがあったとしても、あまり深くは考えず死ぬまでペンディングにしておけばいい。
そのへんをうまくスルーしてやりすごす能力というのも、楽しい老後のためには必要だと思う。
老人にとっていちばん大事なのは、自分の今の生活を楽しむことであり、気に食わないことにいちいち目くじらを立てることではない。人づきあいは大事でも、だからといって必死になる必要などなく、片手間にやるくらいのつもりで適当にやっていればいいのである。
「これだけ」「これしか」という考え方は、実は相当にリスクが高い。前述した人間の「広食性」は、考え方にも必要なのだ。
老後の生きがいを守る鍵。適切な距離感で築くストレスのない人間関係
「多様性」は頭の中だけでなく、他人に対する対応にも必要だ。僕も大学にいた頃は、いろんなタイプの学生たちとつきあってきた。最初はさぐりさぐりだが、半年くらいたてば、それぞれの学生たちとどの程度の距離感でつきあうべきかもなんとなくわかってくる。
例えば、この子は少し厳しく指導しても大丈夫でそのほうが伸びるかな、とか、この子はデリケートな子だから接し方に気をつけないといけないな、といった具合だ。
近年、たびたびニュースになるセクハラやパワハラというのは、相手が感じている距離感と自分が考えている距離感とが合致しないことで起こるのである。
相手と自分は別の人間なのだから、考え方や感じ方が違うのは当たり前だということをまずは認めなくてはいけない。
厳しく接しても、それを愛情だと受け取る人がいる一方で、いじめだと受け取る人もいる。後者の場合はパワハラという話になりかねない。
人間関係の“見極め力”で老後の時間を守る
もちろん、運が悪いとか相手が悪いなどということでは決してなく、結局、相手との関係性によって良いほうにも悪いほうにも転ぶということだ。だから、あまり親しくないうちは、相手がどんな人であるかをしっかり観察する必要がある。
ちょっとめんどくさそうだなと思う人とは、それなりの距離感でつきあうほうが無難だろう。
若い頃ならともかく、老人になってから人間関係でトラブルを起こすのは、時間の無駄以外の何ものでもない。
新しい人間関係に関しては必要以上に深入りせず、つかず離れずの距離感を維持するくらいのほうがちょうどいいと思う。
いざというとき心強い「生涯の友」を持つ価値
文芸評論家の加藤典洋は私が早稲田大学にいた頃の同僚で、研究室がたまたま隣だったことで親しくなったのだが、彼が白血病だと診断されてから、以前にも増して深いつきあいをするようになった。
いろんな文献を調べながら治療法を一緒に考えたりもした。また、病気になってから書き始めたという詩を加藤さんはメールでたびたび送ってくれた。
なんとか生き延びてほしいと心から祈ったが、結局どの治療法もうまくいかず、告知を受けてから半年ももたなかった。「寛解して自宅に戻ったら、俺の持っている一番上等な酒を持って遊びにいくよ」と言いながら、握手をして別れたのが最後になってしまった。
体が弱ってきたり病気になったりすると、人はどうしても弱気になってしまう。
僕にはまだそこまでの経験はないけれど、そんなとき自分のことを心底思ってくれる友人がいれば、やはり心強いだろうとは想像できる。
いざそうなったときに親身になって相談にのってくれる生涯の友が思い浮かべられれば、それに越したことはない。
居心地の良い関係を作る人間力
よくないのは、友人関係にまで上下関係を持ち込もうとすることだ。どんな状況にあっても、自分が優位に立ちたいという人がいるけれど、そういう人には本当の友人はできないのではないかと思う。養老孟司とはもう40年近いつきあいなのだが、僕より10歳も年上で、心から敬愛しているけれど、基本的には友人で、年上という以外の上下関係はないのが気持ちいい。
養老さんに感心するのは、誰に対しても丁寧で、しかも距離感が絶妙なところだ。
世の中的にはものすごく偉い人なのに、偉そうにすることのない養老さんの周りには、いつもたくさんの人が集まってくる。
まあ、ひと言でいえば、人徳があるということだね。
<文/池田清彦>
【池田清彦】
1947年、東京都生まれ。生物学者。東京教育大学理学部生物学科卒、東京都立大学大学院理学研究科博士課程生物学専攻単位取得満期退学、理学博士。山梨大学教育人間科学部教授、早稲田大学国際教養学部教授を経て、現在、早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。高尾599ミュージアムの名誉館長。生物学分野のほか、科学哲学、環境問題、生き方論など、幅広い分野に関する著書がある。
フジテレビ系『ホンマでっか!?TV』などテレビ、新聞、雑誌などでも活躍中。著書に『騙されない老後』『平等バカ』『専門家の大罪』『驚きの「リアル進化論」』『老いと死の流儀』(すべて扶桑社新書)、『SDGsの大嘘』『バカの災厄』(ともに宝島社新書)、『病院に行かない生き方』(PHP新書)、『年寄りは本気だ:はみ出し日本論』(共著、新潮選書)など多数。また、『まぐまぐ』でメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』を月2回、第2・第4金曜日に配信中。
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