富裕層の海外移住から、暗号資産長者の節税スキーム、そして国境地帯で巨大化する国際詐欺ビジネスまで。一見、無関係に見える事象がどのようにつながっているのか、その驚くべき構造を明かす。
富裕層がシンガポールやマレーシアを目指す理由
――金融の世界はテクノロジーの発展にともない、小説『マネーロンダリング』が出版された2002年とは様変わりしました。多額の税金を回避しようとする日本の富裕層には、どのような変化が見られるのでしょうか。
橘玲(以下、橘):日本国の居住者は全世界の所得が課税対象になるので、国内の資産だけでなく、海外の銀行や証券会社で運用していて利益が出た場合も合算して納税しなければいけません。
そうは言っても、2000年頃はまだ海外資産を捕捉する方法がなく、タックスヘイヴンと呼ばれる国や地域の金融機関に口座を作って、無税で資産運用する人が多くいました。
それがだんだん厳しくなってきて、今では香港やシンガポールの金融機関でもマイナンバーの登録が求められるようになっています。これが「共通報告基準(CRS)」で、それぞれの国の税務当局から、日本人が保有する口座の情報がマイナンバーとともに日本の税務署に送られてくるようになりました。
それに対して香港やシンガポール、あるいはアラブ首長国連邦やモナコなどヨーロッパのタックスヘイヴンでは金融所得は非課税で、国内で得た事業所得を申告すればいいだけです。一時、日本のお金持ちがこぞってシンガポールに移住したのは、このためです。
しかし、シンガポールはもう地価・物価が高すぎて普通の人は住めません。では、もう少し住みやすくて同じような税制のところはないかと探すと、次に出てくるのがマレーシアです。国内の金融所得は課税対象ですが国外資産は非課税で、もともと時限立法だったのが2036年まで延長される見込みです。
タイも基本は同じで、国外資産は非課税という特例が続いていました。だから、資産運用のためにマレーシアやタイに移住する日本人が結構いたんです。
――税金を回避するために、日本の非居住者になったうえで、国外資産に課税されない国に移住するというわけですね。
橘:そうなんですが、今では法律が変わり、株式など1億円以上の資産を保有・管理している人が非居住者になる場合、出国の際に課税(出国税)されるようになりました。
非居住者の認定が厳しくなったことで、外国の国籍を取得して日本国籍を捨てるという裏技が話題になって、一時期は香港のプライベートバンクにかなりの問い合わせがきたそうですが、出国税(国外転出時課税)は対象者の国籍を問わないので、今ではその道も塞がれました。
暗号資産長者が海外へ向かう「制度のバグ」
それだけでなく、ビットコインをイーサリアムに交換したり、NFTを買ったり、何か取引をするたびに時価で換算して、利益が出た分を雑所得として申告納税しなければいけません。
金融所得を分離課税にすると、配当や売却益に対して約20%を納めて課税が完結します。ところが雑所得だと、最高税率は住民税と合わせて55%で、しかも損益通算ができないので、いくら損失が出ても利益に対して課税されてしまいます。
これはものすごく理不尽なルールで、金融庁から暗号資産も申告分離課税にするよう税制改正の要望が出されています。ところがここに、「制度のバグ」があるのです。
金融商品の含み益がある人が海外移住しようとすると出国税がかかりますが、暗号資産は金融商品ではないので、このルールの対象にならないのです。
つまり、暗号資産で何十億、何百億という含み益を持っていても、そのまま海外に出て非居住者になれば、日本国への納税義務がなくなります。
移住先が国外所得に対して非課税の国であれば、どれほど巨額な利益を得ても、合法的にいっさい税金を払わなくていい。これに気づいた暗号資産長者たちが、出国税の対象になる前にさっさと日本を離れて、東南アジアに移住するようになりました。
しかしタイは最近税制が少し変わり、海外で運用している資産はこれまで通り非課税なのですが、その資産をタイに持ち込んだ時点で課税されることになりました。いくら海外で資産運用して儲かっても、そのお金を使えなかったら意味がないですよね。私の知り合いは、これが理由でタイを離れ、アラブ首長国連邦のアブダビに移住しました。
何年か前に、暗号資産で“億り人”になった日本の若者が、税金を逃れるために東南アジアに移住していることを知りました。それから、こうした若者を主人公にして国際金融小説を書けないかと考えはじめて、それが小説『HACK』になったという経緯です。
中国の超監視社会が国境の巨大詐欺拠点を生んだ
橘:カンボジアはポル・ポト政権によって国の制度が完全に破壊された影響で、法整備が追いついていない部分も多い。賄賂も横行しているので、たいていの無理はお金で解決できます。
それに加えて、カンボジアはアジアでは唯一のドル経済圏で、金融機関は現地通貨のリエルと同様にドルを預かってくれるし、不動産や車も米ドルで購入できるなど、多額のドル札を所持していてもあやしまれません。
こうした“使い勝手”のよさが国際的な犯罪組織に利用されたわけですが、海外メディアなどから批判されたことで摘発が始まって、今では詐欺拠点は減少傾向にあるようです。
それらの代替地として存在感を出しているのがミャンマーで、その最大規模の拠点が、タイ国境近くのミャワディにあるKK園(KKパーク)です。
KKパークはもともと、中国の広域経済圏構想「一帯一路」政策により造成された工業団地で、カジノやホテルも建設されました。ところがコロナ禍でゴーストタウン化し、犯罪集団に乗っとられたのです。
高級中華料理店からスーパー、病院、薬局など生活に必要なインフラはすべて揃い、闇バイトの募集につられて、中国をはじめ日本やアフリカなど、さまざまな国から数万人が出稼ぎにやってきた。まるで映画やマンガのような異常な世界です。日本で報道されているのは氷山の一角で、実態はもっと巨大な詐欺ビジネスが行われていたでしょう。
――なぜこれだけ特殊詐欺拠点が広まったのでしょうか。
橘:国際的な詐欺ビジネスを仕切っているのは中国人の犯罪グループですが、これは中国の監視社会化がうまくいきすぎた結果でしょう。中国はどこにでも監視カメラがあって、犯罪をしたらすぐに捕まってしまう。
そのうえ地方政府が住民の信用度をランク付けしていて、一度経歴に傷がつくと高速鉄道や飛行機に乗れなくなり、信用スコアが低ければお金も借りられないし家も買えない。こうして社会の周縁部に追いやられた人たちは、中国国内では未来がないので、国外に活路を見出すしかありません。
そこでうってつけなのが、華僑のコミュニティの多い東南アジアです。そこでは中国語だけで生活できるし、司法が整備されていないカンボジアやミャンマーでは、賄賂を払えば外国人への犯罪行為を見逃してもらえます。地元に迷惑かけず、大金を落としてくれるわけですから。
その結果、犯罪グループが集まり、各地に拠点が作られていったのです。日本の特殊詐欺グループは、そうした中国人犯罪組織のインフラを借りているのでしょう。
他の人と違うことをやるのがハック
――日本も一度落ちこぼれてしまうとやり直すことが難しい社会ですが、橘さんはこれまでも、「システムをハックすることでこの社会を生き抜くことができる」というメッセージを発しています。橘:いい大学に入って、いい会社に就職するのが人生の成功だとされていましたが、私は働くということがまったく理解できず、大学生のときに就職活動をしませんでした。
なんとか零細出版社に拾ってもらえましたが、そのときになってようやく、自分が社会のメインストリームから“ドロップアウト”したことに気づきました。とはいえ、いまさら時間を巻き戻すことはできないので、自分のようなものでもなんとかこの社会で生きていくにはどうすればいいかを考えるようになりました。
そのとき思ったのは、「普通にやっていても、大企業や官公庁に入ったエリートたちとの差は開いていくばかりだ」ということです。だとしたら、「近道」と探すしかありません。
その発想で2004年に書いたのが『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』で、マイクロ法人を活用して税金や社会保険料を減らす方法を紹介しました。
私はもともと編集者なので、バグ(欠陥)を見つけたら本にして、「ほら、こんなに面白いことがあるよ」とみんなに教えたくなります。そうやって驚いてもらうことが、私のモチベーションです。
社会のルールとうまく折り合えない人たちが生き延びていくには、制度のバグを上手に使うしかありません。そうしなければ、どんどん沈んでいってしまうだけです。
実はこれは、今メインストリームにいる人たちにとっても大事な視点です。内閣府が2023年に行った調査によると日本の10代の9割が幸せを感じているなど、日本の若年層(10代~20代)は、他の年齢層と比べて幸福感が高い傾向にあります。
これはもちろん素晴らしいことですが、この幸福度は40~50代になると大きく下がってしまいます。その理由は、年齢とともに格差を実感するようになるからでしょう。だとしたら、システムのバグをハックして格差社会を逆転したり、少しだけ近道をしてラクをする、そんな生き方があってもいいのではないでしょうか。
【プロフィール】橘 玲(たちばな・あきら)
1959年生まれ。2002年、小説『マネーロンダリング』でデビュー。
<取材・文/大橋史彦>
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