みなさんは「鉄緑会」をご存じでしょうか。
東大専門塾を掲げるこの会は、指定校としてリストアップされた有名進学校の学生のみを原則として受け入れる、徹底的な精鋭指導に特化した進学塾。
東大合格率は異例の50%以上とも言われており、ほとんどの東大生はこの会のお世話になっています。
東大入学後のオリエンテーションでも「はじめまして!」の挨拶がなかなか聞こえてこないのは、「都内進学校出身の子の多くは鉄緑会で知り合っているから」首都圏エリートネットワークと「それ以外」との人脈格差が浮き彫りになる瞬間です。
鉄緑会には、「通塾生のほとんどが学校の授業を無視して塾の課題を進める」という“あるある”が存在します。中には「体育など実技科目以外全ての授業を聞いた覚えがない」とまで言ってのけた方も。
なぜ、進学校に通う子どもたちは、念願の授業を無視して塾の課題に夢中になってしまうのか。そこには、コスパと教養の対立が見えました。
鉄緑会OB・OGに聞いて分かった「日本の進学事情の最前線」をお伝えします。
塾の課題が多すぎて“内職”は必須
「東大に何十人も合格するような進学校の授業って、すごく面白くてためになるものだとみなさん思われますよね。でも、実際にはすごく『つまらない』んです。私以外のみんなもそう感じていたと思いますよ。
だって、みんな寝たり、ゲームしたり、マンガを読んだり、スマホをいじったり……その中で見れば、『塾の課題を進める』って大分マシな選択肢ですよね」
今回お話を伺ったNさん(仮名・24歳)は、国立大学の医学部に通う鉄緑会OB。中学受験で鉄緑会指定校のひとつに合格し、中学2年生から鉄緑会に入塾されました。
理Ⅲ合格者をして「内職(授業中にこっそり授業外の課題を進める行為)しないと終わらない」と言わしめる宿題をこなした生徒たちは畏敬を込めて「鉄緑戦士」と呼ばれます。
私は2025年春に東大理Ⅲ(東大医学部直通コース)に合格された方18名に取材し、うち11名の「鉄緑戦士」と接触しました。
理Ⅲ生といえば「宇宙人」とも呼ばれる異次元の能力を持つ存在ですが、そんな彼らも11人中8人が「内職しないと課題が終わらない」そうでした。
学校の授業は「鉄緑でやった内容」
ただ、Nさんによれば、これはある種大げさにした言い方だといいます。鉄緑会では高校二年生から課題が激増しますが、「内職しないと終わらない」というよりも、「内職しないと、1日中勉強だけで自由時間を持てない」のだとか。
そこで重要になるのが、「時間の捻出方法」。多くの方は、「朝早く起きる/夜遅くまで起きる」「自由時間を削る」などを思い浮かべるのでは。ただ、「鉄緑戦士」の多くは、授業時間を塾の課題にあてることへためらいません。それは、授業がつまらなすぎるから。
「つまらない」理由は、主に2つあります。1つ目は、「鉄緑会でやった内容だから」。
鉄緑会では、高校範囲までの数学(数Ⅲを除く)と英語を、中3までにすべて学び終える異常な速度の先取り学習を行います。授業を聞いても、「塾でやった話」が繰り返されるだけなら、聞く意味がない。
もうひとつの理由は、「受験と関係がない話だから」。
これは主に国語や社会科などで起こるそうですが、東大に数十人以上が安定して合格するような有名進学校だと、授業内容が逆に緩くなります。
受験に使う最低限の内容から逸脱して、時事ネタを題材にしたり、大学以降で扱うような研究的な内容に手を出したり……。
こういった授業は、生徒たちの知的好奇心を充足させますが、「東大に受かる」が至上命題になっている生徒たちには、「テストに出ないことばかり扱う無価値な講義」と移ります。
OB/OGばかりの鉄緑会講師たち
「『色の濃いクリアファイルフォルダの一番上に、課題ページをコピーして挟んでおけば、万が一咎められても偶然と言い逃れられる』などのバレないやり方が共有されていました。
『私は学校の授業は聞かないで、課題やっちゃってたけどね?』と圧をかけてきたり……。
もちろんこれにも理由があります。鉄緑会の講師は、みんな鉄緑会OB/OGで現役の難関大学生。
世間では『異様』といわれる塾ですが、逆に『鉄緑会万歳!』みたいに信者化する人も少なくない。
信者化した人が、合格後に塾に出戻りしてきて講師になるんです。もちろん、鉄緑会のシステムや内職前提の考え方に順応している人たちですから、『内職するな』なんて言いません」
生徒と先生の“いたちごっこ状態”に
もちろん、いくら自主性を重んじる進学校だとしても、この状況は憂いている様子。先生によっては内職を咎められるそうですが、「○○先生はダメ」などすぐ生徒側で情報共有されるので、終わりのないいたちごっこの様相を呈するのだとか。
こうして鍛え上げられる戦士たちは、過半数が東大に合格していきます。
加熱する受験戦争の最前線。ここまで準備が白熱すると、鉄緑会のあるなしで東大合格率は大きく変わってしまうでしょう。
ただ、首都圏の子どもたちにとっても、「勝って当然」の戦いを強いる進学塾は、重石になっているように見えてなりません。
教育とは、「教えて育てる」と書きます。ひたすら効率重視の先取り学習と山もりの課題演習で受験ソルジャーを育てるのは、本来の教育から外れているように見える。受験指導の専門家になるならば話は別ですが……。
そう考えると、OBOGを講師として再雇用する形は、ある意味で理にかなった「福利厚生」なのかもしれません。
<文/布施川天馬>
―[貧困東大生・布施川天馬]―
【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。著書に最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』、膨大な範囲と量の受験勉強をする中で気がついた「コスパを極限まで高める時間の使い方」を解説した『東大式時間術』がある。
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