クマ被害が過去最悪となり、死者・負傷者ともに記録的なペースで増加している。今年はどんぐり不作や人馴れの進行に加え、冬眠に入らない個体も多く、市街地への出没が常態化。
被害の質も“引きずり込み”や民家侵入など、かつてない段階へと移りつつある。なぜここまで異常事態が続くのか。山を知り尽くすマタギは、春先からその兆候を察知していたという。ここからは、現場のプロが語る“今年のクマの異変”に迫る。

「今年のクマは異常」

秋田県のマタギが「今年のクマは異常」と語る理由。早くから被害...の画像はこちら >>
「クマが食べるどんぐりはブナ科の木の果実。その木に花が咲いていなかったので、春先からおかしいと感じていた」

そう話すのはマタギの発祥地とされる北秋田市阿仁地区で松橋家第15代阿仁マタギとして活動する松橋利彦さんだ。早くからクマ被害拡大を予感していたという。

「今年のクマは異常。この11月は山では見かけないのに、人里では悠然と闊歩する光景を何度も見た。それも、どんぐりが凶作だった’23年は痩せたクマが多かったのに、今年はコロコロしている。頻繁に人里に下りてはエサを食べているのでしょう。食の傾向も変わっている。私の息子は岩手にもクマの調査に足を運んでいるのですが、大槌町で駆除されたクマの胃袋の中の3分の2は鹿だったようです」

クマに襲われたときの対処法

かつて数百人いたとされる阿仁マタギは今や30人程度に減っている。彼らはクマ以外にも山菜や川魚などの山の恵みを生活の糧としながら、山の管理を担ってきた。
そのマタギの減少が、クマの異常と関係している可能性もある。

「クマは賢いので、猟銃を持った我々を襲うことはまずない。狩られることを知っているから。追跡を逃れるための止め足(自分の足跡を踏んで後退して足跡を消す行為)は有名ですが、子グマに母グマの足跡を踏ませて単独を装うこともある。そんなクマの警戒心が低下しているのは狩られる脅威が低下しているから」

最後にクマに襲われたときの対処法を尋ねた。

「銃なしで勝負する(マタギ用語で仕留めるの意)なら、フクロナガサ(取手が筒状の狩猟刀)を長い棒に差し込み、地面に立て、クマが立ち上がりながら襲ってきた瞬間に心臓を刺す。クマの自重で刃が深く刺さる。これがマタギの間で有効とされる方法です」

秋田県のマタギが「今年のクマは異常」と語る理由。早くから被害拡大を予感…「食の傾向も変わっている」
上が阿仁特有の取手が筒状のナガサ


自衛隊・ガバメントハンターは有効か?

秋田県のマタギが「今年のクマは異常」と語る理由。早くから被害拡大を予感…「食の傾向も変わっている」
9月には市町村の判断で市街地での猟銃使用が可能になったが、ハンターは「市街地での発砲はリスクばかり」と話す(写真は荒井裕介氏提供)
10月28日、秋田県の鈴木健太知事は自衛隊の派遣を要請した。クマ対策の強化に乗り出していた政府は、11月5日には秋田県北部に自衛隊員を投入。さらに警察OBらへの協力要請や狩猟免許を持つ自治体職員=ガバメントハンターの育成が打ち出された。だが、当のハンターの反応はイマイチ。岩手県でクマ撃ちを続ける男性が話す。

「自衛隊が箱わなの設置やクマの運搬などを担ってくれるのはありがたい話ですが、どこに罠を設置すると有効か判断できる人はいないので、結局は猟友会頼み。
ガバメントハンターの育成が進むとされていますが、クマを撃つには最低でも5年の修業が必要です。半矢(手負いの意味)のクマを逃がすことほど、怖いものはありませんから。習性を把握し、心臓などのバイタルポイントを撃ち抜く技術を身につけるにはそれだけの時間が必要なのです」

ガバメントハンターの確保は容易ではない

環境省によると’20年時点で、ライフル銃などを扱える第1種銃猟免許の所持者は9万人。その数は約40年前と比較して5分の1にまで減少している。そのため、ガバメントハンターの確保も容易ではない。「手っ取り早く、猟友会メンバーを非常勤で雇用すれば、猟友会が分裂しかねない」という。

そもそも、危険と隣り合わせにもかかわらず、クマの駆除に対する報奨金は、数千円から数万円と自治体によってまちまちだ。さらに、撃ち取ったクマを食用にできない地域もある。

「岩手県は震災以降、放射性物質による出荷制限があって、捕獲したクマ肉を売れない。わずかな報奨金では命を削ってクマを撃とうという人など増えない。国を挙げて報奨金の上限と下限を決めたり、自治体をまたいで駆除活動ができる仕組みが必要です」

※週刊SPA!12/9号より

取材・文/週刊SPA!編集部

―[[クマvs人間]ガチンコ撃退術]―
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