県内屈指の進学校から筑波大学に進学
武若さんは司法書士として、“爆速”を掲げて法人登記を行う。その名のとおり、「会社設立爆速センター」なるサービスだ。最短2日での法人設立が可能だという。「たとえば、12月20日に『クリスマスに会社を設立したい』みたいなご要望をいただいても、なるべく添えるようにしています。もちろん、スムーズに完了するよう、お客様にもいろいろと動いていただくことにはなるのですが」
いかにもアクティブな笑顔が印象的な彼女は、「社会人1年目で初めて東京で暮らした」という地方都市のエリート。茨城県に生まれ、小学生から習字、水泳、英語、ピアノなど、ひととおりの習い事を経験。父親は大学教授、母親は専業主婦で、教育への投資は惜しまない教育熱心な2人のもとで育てられた。県内屈指の進学校からストレートで筑波大学に入学し、大卒後はワインやチーズを扱う専門商社に就職。その後、数多くのメディア露出でその名を知られる若手社長が率いるスタートアップ企業に転職した。だが、順調なキャリアに水を差す出来事が起こる。
「勤務先の企業に国税庁が入ってきて、ごたついたタイミングで退社を決意。
「順風満帆な生活」を一転させる出会い
自身の生活が安定したころ、武若さんはタクシー運転手としても働き始める。フィットネスの知識を生かしてYouTuberとしても活動していたが、動画の収益は安定せず、ひとりで稼げる手段として選んだ。その後、並行してインフルエンサーとしても活動。一時期はSNSフォロワー10万人に届く人気を誇り、ファンイベントなども開催していたという。
順風満帆な生活も、ひとりの人物との出会いをきっかけに陰りをみせる。
「タクシーのお客さんで、私を指名してくれる会社経営者の男性がいました。いわゆるリピーターさんです。彼は非常に頭の回転が早く、話が面白く、何でも相談ができる懐の深さがありました。
疑う夫を横目に、信頼は揺るがず
「50万円を預けてくれれば、数日後に60万円にして返すというのです。かなり怖かったのですが、これまでそれ以上にお金をかけてもらっているし、何より信頼しているので、預けることにしました。結果、きちんと60万円になって返ってきたんです」
そんなやり取りが一度ならず複数回続いた。この男性は信頼できる――武若さんは確信した。男性も武若さんに事業での困りごとなどを相談してくるようになり、多少のお金を都合することに以前ほどの躊躇いはなくなっていた。
「当初は、クレジットカードの引き落とし日の前までに貸した金額が入金されていたんです。しかしあるときから、入金が滞るようになりました。カードの請求をみた夫が『詐欺ではないか』と疑うようになったんです。それでも私は、そんなことはないと思っていました」
2000万円を持ち逃げされたと思いきや…まさかの結末
あとから振り返ってみれば、1000万円近くを男性に貸していた計算になる。悪いことはそれだけに留まらない。もともと女癖の良くなかった夫の女遊びが“本格化”した。「私たち夫婦は別居をしていた期間があったのですが、その間に2人で住んでいた自宅に愛人といっしょに住むなど、夫の行動はエスカレートしていました。結局、調停離婚にもつれ込んだのです」
人生における逆境ともいえる期間、さまざまなことを打ち明け、気のおけない友人であった男性のことはどうしても疑うことができなかった。武若さんは、財産分与で得た金額を、男性の「最後だから事業資金として貸して」を信じて丸ごと投じた。先の1000万円と合わせて、およそ2000万円。相手が連絡を絶ったことで、ようやく現実を知ることになる。
将来を誓いあった男性との離別、信じていた知人からの詐欺など、まさにどん底を経験した武若さん。だが彼女の真骨頂はその先にあった。
「昔からいろいろ調べて特定するのが得意なので、逃げた男性の居場所は比較的すぐに特定できました。刑事告訴を視野に入れている旨を伝えて、毎月一定額の返済を義務付ける契約を弁護士に頼んで結ばせました。思えばこのときの体験が、最初に私が法に触れる体験だったと思います。そこから1年半くらい勉強をして、司法書士試験に合格することができました」
“リケジョ”が今や「法律のプロ」に
「今後、司法書士として、スピード感のある法人登記を任せてもらえるように頑張っていきたいと思っています。秘策も奥の手もなくて、ただ泥臭く愚直に、お客様といっしょに業務を進めていくだけなのですが」
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武若さんと対峙すると、彼女が聡明で肝が座っていて、失ったものの大きさに嘆くよりも未来の出会いに胸を高鳴らせる女性であることがよく伝わってくる。優秀なリケジョから畑違いの法曹への転身も、きっぷの良さを伺わせる。奈落を味わった者が切望のすえに手に入れた法曹資格の切れ味は、きっと鋭くて気高い。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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