優先席で缶ビールと大声通話
田中和馬さん(仮名)は、夕方の通勤時間帯、ほぼ満員の電車に乗っていた。優先席には、1人のスーツ姿の男性が座っている。彼は片手に缶ビールを持ち、もう片方の手でスマホを耳に当て、大声で通話をしていた。「会話は周囲に丸聞こえで、他の乗客は明らかに迷惑そうな表情でした」
周囲の乗客が視線を向けても男性は気にする様子もなく、むしろ声はさらに大きくなっていったという。付近には年配の男性が立っている状況で、誰もが“席を譲ってあげてほしい”と思っていた。
しかし、そんな状況が変わったのは、近くに立っていた体格の大きい男性の“一言”がきっかけだった。
「男性は背が高く肩幅も広く、見た目に迫力がありました。彼にそっと近づいていくと、周囲の乗客の視線も自然とその男性に集まりました」
男性の重たい“一言”
この男性は怒った表情を見せることなく、むしろ落ち着いて冷静に、そして低めの声で「ここ、優先席だぞ」と一言だけ伝えた。「たった一言ですが、効果は絶大でした。その瞬間、会社員は驚いた表情で固まり、慌てて通話を切り、缶ビールを鞄にしまいました」
ようやく周囲の目線にも気づいたのか、うつむいたまま立ち上がり、軽く頭を下げるような仕草をしてから、目の前に立っていた年配の男性に席を譲った。
「年配の方が座ると、周囲の乗客もほっとして、ようやく落ち着いた雰囲気になりました」
勇気ある一言が、場の空気を大きく変えることがある。
スマホから流れる動画の大音量にイライラ
「私は通路側の席に座っていて、少し休もうと目を閉じようとした瞬間、車内にスマホの大音量が流れたんです」
その日の新幹線は比較的空いていたが、“迷惑”な家族連れに遭遇したという。
「後方の席に中国人観光客と思われる家族がいて、母親が動画を再生し、父親もスマホに夢中。子どもたち二人は親の注意を受けることなく、自由に車内を動き回っていました」
長旅の疲れから休息を取りたかった奥井さんにとって、この状況は耐え難いものだった。
「とにかく少しでも眠りたかったのですが、動画の音と子どもの動きで落ち着けませんでした」
周囲の乗客たちも同様に不快感を示し、何度か振り返る様子が見られたという。しかし直接注意を促すような行動には出れず、状況は変わらないまま時間が過ぎていった。
予想外の展開
やがて車掌が巡回に訪れた。通常の検札と思われた巡回は、その家族の席で長く停滞した。「父親に何か確認しているようで、声が少し強め。母親は焦ったようにバッグをゴソゴソ探していました」
周囲の乗客たちの注目を集めるなか……。
驚くべきことに、なんとその家族は指定席券を持っていなかったのだ。父親は何かと言い訳を試みたが、車掌は淡々と説明を続けた。
「あれだけ騒がしかった一角がすっと静かになり、周囲の乗客の表情にもほのかな安堵が見えたのを覚えています」
<構成・文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo
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