「新幹線」の車内では、さまざまな人が乗り合わせるだけに、お互いに配慮することが重要だ。しかしながら、他人の“マナー違反”が目につくこともあるかもしれない。
注意したくもなるが、相手が逆上してしまう可能性もあるため、その判断は難しいところである。

静かな車内に漂う小さな緊張感

新幹線で前席に足を押しつける男性が“気まずそうに引っ込めた”...の画像はこちら >>
出張帰りの夕方、中田実さん(仮名)は博多発の新幹線に乗り込んだ。通路側の席に座った中田さんの前方には30代くらいの女性が座っていたという。

席はほどよく埋まった状態で静かな雰囲気に包まれていたが、発車してしばらくすると、前の女性が何度か背中の位置を変え、座り直す様子が目に入ったそうだ。

「最初は体勢がしっくりこないのかと思ったのですが、何度も小さく動き、後ろを気にするように振り返る姿に、どこか違和感を覚えたんです。そして次の駅を過ぎて、女性がゆっくりとリクライニングを倒そうとした瞬間でした」

女性の後ろの席に座っていた若い男性が、明らかに聞こえる声量で呟いたのである。

「倒れんけん……」

その言葉には苛立ちが含まれていた。女性は驚いたように動きを止め、後ろを振り返った。いったい、どういうことやら……。

足を前の座席に押しつける若い男性

中田さんの席から表情までは確認できなかったが、若い男性の姿がはっきりと視界に入った。イヤホンをつけ、足を大きく前方に伸ばし、シート裏に押しつけていたそうだ。

座席が女性の背中側から押されているため、彼女はリクライニングが倒せなかったのだ。しばらく女性は我慢していたようだが、男性の足は引っ込まず、むしろ押しつける力を強めているように見えた。

ついに、女性は体をひねるようにして後ろを向き、強い口調で言ったのだ。


「あなたが足をどけてくれたら、普通に倒せますよ!」

車内に響くほどの声量ではなかったが、なんとか怒りをこらえているのが周囲にも伝わった。男性は一瞬固まり、イヤホンを外して「は? あ……はい」と曖昧な返事をした後、気まずそうに足を引っ込めた。

その動きがあまりにもわかりやすかったため、中田さんを含め、周囲の数人が思わず顔を見合わせた。女性は深い息をついてから、ようやく落ち着いた様子でリクライニングを倒したのだった。

周囲の乗客は「よく言ってくれた」

「言い争いに発展したわけではありませんが、静かな車内に小さな緊張感が漂っていました」と中田さんは振り返る。

男性はその後、ずっと大人しくしており、足を前方に投げ出すようなことはなかった。中田さんは直接注意こそしなかったが、女性の毅然とした態度に「よく言ってくれた」と心の中で思ったという。トラブルにはならなかったものの、こうした押し問答は新幹線では意外と多いのだろうと感じた出来事だったとか……。

<構成・文/藤山ムツキ>

【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。
X(旧Twitter):@gold_gogogo
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