松本人志氏の性加害疑惑報道を巡り、『フライデー』が’24年1~4月に渡邊センス氏の発言として報じた記事が名誉毀損に当たるとして、東京地裁は11月25日、講談社に220万円の賠償を命じた。判決後、同氏は「完全に勝ったりました。
“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「渡邊センス氏vs『フライデー』名誉毀損訴訟」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。
被害者の二次被害を避けるため新たな制度整備を急ぐべき!
’24年2月、『週刊文春』誌上で性加害疑惑が報じられたダウンタウンの松本人志氏主催の「ホテル飲み会」に、女性をアテンドした「後輩芸人」として名前が挙がっていたクロスバー直撃の渡邊センス氏。その後、参加女性たちとの詳細なやり取りが写真週刊誌『フライデー』に掲載されたが、この記事を巡っては「事実と異なる」として、渡邊氏が発行元の講談社に対し1100万円の損害賠償と謝罪文及び訂正記事の掲載を求める訴訟を提起していた。このほど裁判の判決が出たので本欄でも取り上げたい。裁判で争点となったのは『フライデー』の記事にある次の3つの記載だ。
(1)渡邊氏がA子さんに「もしヤるってなったら必ずデキる子を呼んでほしい」などと頼んだこと。(2)A子さんが渡邊氏に対し友人B子さんの写真を送ったところ、「かわいいし、この子で大丈夫」との返答があったこと。(3)酒席に向かう前に渡邊氏が女性らに「そういうことはデキるんやんな?」などと尋ねたこと。
渡邊氏側はこれらの記載がいずれも虚偽であると訴えたが、裁判所は渡邊氏の主張をおおむね認めたものの、賠償金の額を220万円にとどめる判断をした。
これは原告側の一部勝訴という、いわゆる「和解的判決」である。ただ、この手の事件では、こういった煮え切らない判決を裁判官が出さざるを得ない事情もあるのだ。
名誉毀損訴訟では、事実(記事内容)が真実であることを立証する責任は被告側にあり、それができなければ原告の主張が認められてしまう。
立証不足でも「一部勝訴」となるワケ
立証が尽くされなければ当然、被告は不利となるが、このような事態にも対応できるよう、裁判官には一定程度の「裁量」が与えられている。慰謝料の額や謝罪文・訂正記事の要否について裁判官の判断に委ねられている点がそれだ。本件の裁判官は、この裁量を最大限に用いたため、被告である出版社側が記事の信憑性について立証しなかったにもかかわらず、原告である渡邊氏側は「一部勝訴」にとどまった。
こうした事例を見ると、A子さん・B子さんのプライバシーを守りつつ尋問も可能とする制度の必要性を痛感する。
「公開法廷」は近代裁判の大原則だが、人事訴訟では尋問の非公開が認められたり、民事訴訟でも原告が氏名・住所を秘匿したまま訴えることができる制度がある。文書提出命令でも裁判官のみが内容を閲覧できる「インカメラ審理」という手続きがあり、これらを参考にして、本件のような事件に対応できる新たな制度を整えるべきだろう。
性被害を訴える側、名誉毀損を訴える側、表現者の自由──この三者の権利調整が難しいのは、そのための枠組みが現行法に乏しいからに他ならない。
加えて、“裁判官ガチャ”とも呼ばれる問題もあり、名誉毀損訴訟は「結果予測」が極めて難しい類型となっているのが実情なのだ。
<文/岡口基一>
―[その判決に異議あり!]―
【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。
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