ドアノブを回して旅館へ侵入し、茶菓子を食い荒らし、露天風呂に浸かる――。クマよりも人を恐れず、知恵と執念で生活圏へ踏み込む“進化系サル”が急増。
温泉街では、想像を絶する被害が日常化していた!

ジョギング中に襲撃! 登校中の児童を威嚇

温泉地・湯河原で大暴れするサルに住民が悲鳴「ドアノブを回して...の画像はこちら >>
 過去最悪となったクマの被害が連日報じられるなか、静かに、しかし急速に人間の生活圏を脅かし始めている動物がいる――サルだ。

 全国の自然豊かな温泉街ではサルの家屋侵入や人身被害が相次ぎ、住民が悲鳴を上げている。

 首都圏の代表的温泉地・神奈川県湯河原町では、サルによる家屋浸入や家財損壊、人への威嚇などの生活環境被害が昨年1万854件に達した。

 飲食店の主人が嘆く。

「昔は土産物屋の店頭から食べ物を取っていくだけでしたが、今はドアノブを回して家に上がり込み、人がいても堂々と食べ物を盗んでいく。人馴れしたサルは人を怖がらないどころか、完全に人間を舐めてます」

 街のメインストリートの鮮魚店で働く女性が最も懸念するのは、人身被害だ。

「つい先日もジョギング中の女性がサルに襲われた。夕方、買い物や散歩に出るときは、護身用にバットを持ち歩く人もいるほどです。うちの前は小学生の通学路ですが、サルは朝夕に動きが活発になるので登校中にもよく出てくるんです。少し前、駅前で子供が襲われてケガをしているし、心配ですね」

糞尿攻撃で復讐!? 進化系サルの恐怖!

温泉地・湯河原で大暴れするサルに住民が悲鳴「ドアノブを回して家に上がり込む」露天風呂で排便された旅館は大損害
湯河原のビアバーのテラスで、客のつまみを横取りして食べるサル
 湯河原町役場環境課によれば、「野猿追い払い隊」が花火の爆発音でサルを山に追い上げようとしているが、市街地を囲む山林に逃げ込まれ、また出没する……の繰り返しで、対策の効果は上がっていない。

 一方で、サルによる経済被害も想像以上に深刻だ。ビアバーの店主は憤る。

「夏に網戸を器用に開けるサルに何度か家に入られ、30万円かけて頑丈なサッシにしたのにすぐに壊された。屋根に上ったサルに瓦やテレビのアンテナを壊された家は数えきれない。
それに、クルマにも乗っかってくるので、ボンネットや屋根は傷だらけ。板金修理に40万円もかかった」

 傍から見れば、サルのいたずら程度に思えても、経済的ダメージは大きい。飲食店や旅館となれば、損害はさらに大きくなる。別の飲食店経営者は、こう溜め息をついた。

「サルが侵入した飲食店は、食品衛生法で消毒を義務づけられている。作業でその日の売り上げは飛ぶし、消毒費用もバカにならない。露天風呂に大便をされた旅館は、湯を全部入れ替え、消毒したりで、その間、風呂は利用できないので大損害。最近、クマのニュースばかりだけど、サルのほうがよっぽど厄介だよ」

 さらに“知恵のあるサル”ならではの被害を受けることもある。土産物店の経営者が話す。

「サルに侵入された中華料理店の店主が、棒を振り回して追い払ったら、翌日、同じサルが店内の至るところに糞尿をブチまけて復讐していったんです。そのせいか不明ですが、ほどなく閉店しました」

かつて「野猿公園」で餌付けされていた猿の子孫たちか

温泉地・湯河原で大暴れするサルに住民が悲鳴「ドアノブを回して家に上がり込む」露天風呂で排便された旅館は大損害
湯河原の飲食店で、窓越しに店員を見つめるサル。後に常連になったという
 なぜ、湯河原のサルは人を恐れないのか。前出のビアバー店主が理由を教えてくれた。

「50年前にロープウェイが営業していて、山頂のモンキーランドでは餌づけしたサルを観光客相手の見せ物にしていた。
その後、廃業になったモンキーランドのサルの子孫が街に下りてきている。生まれつき人馴れしているサルなのに、世代を経るごとに進化している気さえします」

 この見方に、サルの生態に詳しい石川県立大学特任教授の大井徹氏も頷く。

「サルが人里に下りてくるのは、栄養価が高くておいしい農作物がたくさんあるから。また、湯河原など地域によっては1970年代に造られた野猿公園で餌づけされ、人馴れが進んだことも大きい。廃園で餌を与えられなくなったサルは人里に流れ込み、学習しながら“都市型サル”として適応していった可能性があります」

旅館の廃墟を根城にサルが温泉街に出没!?

温泉地・湯河原で大暴れするサルに住民が悲鳴「ドアノブを回して家に上がり込む」露天風呂で排便された旅館は大損害
水上駅前に今も残るホテル大宮の廃墟。2年前、サルの群れに占拠された(画像はイメージです)
 次に向かったのは、群馬県の水上温泉。2年前、駅前に立つ大型ホテルの廃墟に30匹ほどのサルの群れがすみつき、温泉街に出てきて人を威嚇するなど大暴れしていたが、騒動は今も収束していない。

 散歩中の初老男性に聞いた。

「廃墟のサルがようやくいなくなったと思ったら、今度は山側の旅館の廃墟に移動して、そこを根城に営業中の旅館の露天風呂に出没しているらしい。初めは『可愛い』と言っていたお客さんも、2匹、3匹と増えていくと、怖くなって逃げ出したと聞きます」

 飲食店の店主は、苦々しげにこう話した。

「廃業した旅館の非常階段や渡り廊下がサルの通り道になっていて、山と温泉街を行き来してる。だから、追い払っても効果がない。今のところ、ケガ人は出てないようだけど、廃墟となった旅館やホテルを一掃しないと、サルはいなくならないんじゃないか」

 水上温泉は北関東有数の温泉街として栄えたが、バブル崩壊で多くの宿が廃業に追い込まれ、大型ホテルが廃墟となって残された。
サルの被害は、人災の側面もあるのだ。

 ここへきてインバウンドの増加や観光客のマナー悪化によって、別府温泉や地獄谷温泉、伊香保温泉や宇奈月温泉などでもサルの被害が急増しているという。

 クマに比べれば軽微と考えがちだが、サルの危険性は侮れない。前出の大井氏が警鐘を鳴らす。

「サルの犬歯は鋭く、爪は鋭くないものの力が強い。引っ掻かれると大きな傷になりかねない。また、かまれたり、引っ掻かれると狂犬病など感染症のリスクがあります。特に危険なのがBウイルスで、致死性脳炎を引き起こす。日本では野生のサルからの感染は確認されていませんが、注意が必要です」

 温泉旅行で遭遇したサルに、近づくのは禁物だ。

温泉地・湯河原で大暴れするサルに住民が悲鳴「ドアノブを回して家に上がり込む」露天風呂で排便された旅館は大損害
石川県立大学特任教授・大井 徹氏
【石川県立大学特任教授・大井 徹氏】
専門は動物生態学、野生動物保護管理学。サル、ツキノワグマの生態と保護管理を研究。著書に『獣たちの森』(東海大学出版会)など

取材/山本和幸 取材・文/齊藤武宏 写真/PIXTA 取材協力/相原幸典 土屋由希子

―[サルが温泉街で大暴れ中]―
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