アメリカのトランプ政権が、南米ベネズエラへの圧力を強めている。軍事行動も辞さない構えだ。今年3月にはギャング組織のメンバーとされるベネズエラ人200人以上を、中米エルサルバドルの刑務所に国外追放したと発表した。「アメリカに麻薬を密輸しているから」と主張しているが、これは大義名分に過ぎない。真の狙いは世界トップの埋蔵量を誇るベネズエラの石油資源であり、かつ現職の大統領であるニコラス・マドゥロが主導する政権を倒すことだ。
一見、アメリカとベネズエラの対立のように見えるが、ベネズエラの背後にはイランや中国、ロシアといった国々との関わりがあることは忘れてはならない。ラテンアメリカで中国やロシアの影響力が急速に強まる中、日本の外交的プレゼンスの低下も指摘されている。ラテンアメリカでの対中外交の立て直しは、日本の経済安全保障を考えるうえでも避けて通れない課題だからだ。
現地での取材経験を元に、国内で報道されていることの「奥の奥のそのまた奥」に入り、ベネズエラ問題の核心を探っていきたい。
野球もミスコンも強い国 その秘密は「石油資源」
ベネズエラは南米大陸の北部に位置し、アマゾンの熱帯雨林を構成する国の一つだ。カリブ海と大西洋に面し、北西部にはアンデスの山々が伸びる。日本でもなじみのあるところでいうと、キューバと並ぶラテンアメリカの野球大国である。
野球とミスコンの強さを支えるのは、埋蔵量で世界トップの石油資源だ。20世紀初頭に大油田が発見され、各国への原油輸出が盛んになり、1950年代には南米でもトップクラスの高所得国となった。
20世紀初頭、石油産業で働いていたアメリカ人がベネズエラに野球を持ち込み、「富の象徴」のスポーツとしてベネズエラ国民は夢中になった。また、オイルマネーで高価な外国製品が多く輸入されたことで、服飾、メイク、化粧などへの憧れがベネズエラ国民に芽生え、これがミスコンへの強いこだわりにつながった。
その一方、石油開発による発展は、持つ者と持たざる者の大いなる格差も生み出した。99年軍人出身のウゴ・チャベスが社会主義を掲げて大統領に就任してからは、国が一変する。チャベスは石油の恩恵を受けなかった低所得層から絶大な支持を取り付けて当選、貧困層への支援策を打ち出す一方で、強硬な反米路線で国際社会と対立した。
その後、国営石油会社の経営の失敗や失政などが重なり、ベネズエラ経済は急速に悪化した。国内外からの反発を抑え込むために、その政治体制は独裁色を強め、同じく反米路線を打ち出す中国、イラン、ロシアとの関係が深まっていく。
「チーノ、チーノ」……チャベス政権下で高まった中国人への好感
2000年代に入ると、ラテンアメリカ諸国と中国の間で貿易が活発化した。アメリカ議会などの調査によると、カリブ海諸国を含めたラテンアメリカの中国との貿易額は’00年が120億ドル規模だったが、’24年には5180億ドル規模と、24年間で43倍以上に拡大した。ラテンアメリカから中国へは農作物や銅、石油などの地下資源が輸出される。これに対してラテンアメリカには中国から工業製品が輸入されるが、安価な中国製品が急速に入ってきたためラテンアメリカの製造業は衰退した。中国からの開発融資や投資も急拡大した。’05~’22年のローンや資金供与は1370億ドルにのぼったが、ベネズエラ向けは群を抜いている。こうした経緯から、特にラテンアメリカでは中国の進出は隅々まで行き渡り、もはやひっくり返すことができないほどだ。その影響力を実感したのは、チャベスが死去したとき際のこと。ガンを患い’12年末にキューバで4度目の手術を受けていたが、翌3月にベネズエラ政府が大統領の死亡を発表した。急きょ、首都カラカスに飛ぶと、いきなり熱狂的なチャベス支持者に取り囲まれた。
現地で「実は日本人だ」と名乗れない恐怖
支持者は「チーノ、チーノ」と叫び、次から次に握手を求めてきた。「チーノ」とはスペイン語で「中国人」の意味だ。そのチャベスの葬儀では、イランもひときわ高い存在感を見せていた。当時、大統領だったアフマディネジャドが参列したが、会場に現れた際にはチャベス支持者から耳をつんざくばかりの歓声と拍手が湧いたのだ。ラテンアメリカ諸国以外で国のトップが葬儀に参列したのはイランとベラルーシ、赤道ギニアだけ。ベネズエラとイランが「反米の絆」で深く結ばれていることは一目瞭然だった。
ベネズエラ産の原油はインフラ整備の不足で精製できないことが多い。このためイランは埋蔵量トップのベネズエラに精製石油製品を輸出している。一方でベネズエラはイランに原油のほかにコーヒー、カカオなどの農産物を供給している。イランの技術サービスへの対価は、ベネズエラ産の金で支払っているという。
軍事面の関係強化が目立つロシア
ロシアとは軍事面での関係強化が目立つ。アメリカの専門家の分析では、ベネズエラがロシアから購入した武器の総額は、この20年間で日本円にして2兆円に迫る規模だという。‘08年以降、ロシアは超音速爆撃機「Tu-160」を度々、ベネズエラに飛ばしている。18年に「Tu-160」がベネズエラに立ち寄った数日後、カラカスの北東約170キロのカリブ海上にあるラ・オルチラ島にロシア軍が基地建設を検討していると報じられている。ウクライナ侵攻以降もロシアは、アメリカをけん制するため、ことあるごとにベネズエラへの軍事基地建設をにおわせている。
ベネズエラ政府はアメリカと対立する国々と仲良くする一方で、政治的弾圧を繰り返し、国民生活は困窮している。チャベスに取り入ってバス運転手から大統領になったマドゥロは独裁的手法を一段と強めており、14年以降、800万人近くのベネズエラ人が難民として海外に逃れた。国内では経済の混乱で、80%以上の国民が貧困レベルでの生活を強いられている。
日本のラテンアメリカ外交の現状
一時は多くの日本企業がベネズエラにオフィスを構えたが、現在、主力企業で駐在員が常駐しているのはトヨタや三菱商事など限られた会社だけだ。トランプ政権がベネズエラ攻撃に踏み切れば、欧州の次に中東に拡大した戦火の波は、西半球に飛び火することとなる。現在、ベネズエラの石油の流通量は限られているとはいうものの、ベネズエラはOPECの主要メンバー国だ。戦闘となれば石油をめぐる世界情勢が一段と緊迫化することとなり、日本国内の原油価格にも大きな影響を与える。ベネズエラ問題は、ラテンアメリカに対する日本のこれまでの姿勢が問われる問題でもある。
「これで中国やロシアに勝てるはずがない」――ラテンアメリカ取材をするたびに感じることだ。ベネズエラ情勢を掘り下げれば掘り下げるほど、その思いが強くなる。
【谷中太郎】
ニューヨークを拠点に活動するフリージャーナリスト。業界紙、地方紙、全国紙、テレビ、雑誌を渡り歩いたたたき上げ。専門は経済だが、事件・事故、政治、行政、スポーツ、文化芸能など守備範囲は幅広い。
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