物価高や増税が続き、かつては庶民の味方だったコンビニエンスストアが、今や「贅沢な買い物」になりつつある。おにぎりと飲み物、少しのデザートを買っただけで会計は1000円を超え、レジで溜息をついた経験がある人も多いはずだ。

 そんな「コンビニ高級化」の常識を覆す、異色の店舗が埼玉県所沢市や東京・池袋で注目を集めている「ミンナカ(min•naka)」だ。

 水は55円、おにぎりは98円、コロッケなどの惣菜も数十円台から。まるで昭和にタイムスリップしたかのような価格設定だが、店内は最新の顔認証システムを導入した夜間無人店舗という、ハイテクとレトロが融合した不思議な空間が広がる。

「水55円、おにぎり98円」年商54億円、令和の虎1位の社長が仕掛ける“嫌味”から生まれたコンビニ革命
最新の顔認証システムを導入した無人店舗が特徴
 仕掛け人は、YouTubeの人気投資番組『令和の虎』で視聴者人気投票1位を獲得した井口智明社長。年商54億円規模のグループ企業を率いながら、自らを「庶民」と呼び、ブランド品には目もくれずTシャツと靴下で過ごす。

 なぜ彼は、明らかに儲け度外視とも見える激安コンビニと、併設された「こども食堂」を作るのか。その裏には、元横浜市役所職員という経歴を持つ彼ならではの、政府と大手資本に対する強烈な「嫌味」と、日本の未来を憂う冷徹なまでの「計算」があった。

◆「適正価格」のカラクリと物流革命

「水55円、おにぎり98円」年商54億円、令和の虎1位の社長が仕掛ける“嫌味”から生まれたコンビニ革命
11月にオープンしたばかりのミンナカミニ狭山ヶ丘店では398円や498円のお弁当が販売されている
水野俊哉(以下、水野):「ミンナカ(min•naka)」では、おにぎり98円、水55円、お弁当も数百円と、今のコンビニ相場からすると異常な安さです。大手チェーンがこぞって値上げするなかで、なぜこんな価格が実現できるのでしょうか?

井口智明(以下、井口):おかしいですよね(笑)。でも、僕から言わせれば、今のコンビニが高すぎるんですよ。水とおにぎりとパンを買って1000円超えるなんて、庶民の感覚からしたらあり得ない。

 本来なら、今の半額くらいの価格でも十分に提供できるはずなんです。それなのに価格が吊り上がっているのは、本部や株主、そして商社が利益を中抜きしている構造があるから。


 庶民が高いお金を払って、儲けているのは現場のオーナーですらない。この構造はおかしいだろう、というのが出発点です。

水野:「中抜き構造へのアンチテーゼ」ということですね。とはいえ、原価高騰は事実です。具体的にどうやってコストを下げているんですか?

井口:理由は大きく分けて2つあります。1つは「徹底した店内調理と自社配送」です。

 これまでのコンビニは、巨大な工場でお弁当を作って、それをトラックで各店舗に配送する「ルート配送」が常識でした。でも今はガソリン代も上がり、ドライバー不足で物流コストが跳ね上がっている。さらに工場の人件費や光熱費も高い。

 だったら、店内で作ってその場で売ればいいじゃないか、と。そうすれば配送コストはゼロです。

 さらに、近隣にサテライト店(ミニmin•naka)を作って、そこへは自分たちで運べばいい。
自転車や台車で運べる距離なら、物流費なんてかかりませんから。

水野:なるほど。大手が得意としてきた「集中調理・大量配送」が、今は逆にコスト高の要因になっていると。

井口:そうなんです。だからうちは、お弁当も惣菜も店内の厨房で作っています。お弁当のメニュー開発は僕自身がやりました。アルバイトの方でも簡単に、かつ美味しく作れるようなオペレーションを組んでね。

 おかげで試作と試食を繰り返しすぎて、めちゃくちゃ太りましたよ(笑)。「これならいける」という味になるまで、どれだけ食ったかわかりません。

 それに、仕入れも工夫しています。例えば55円の水なんかは、僕らがトラックで卸業者まで直接買いに行ったりもしているんです。汗をかけば安くなる。
商売の基本です。

水野:社長自らトラック運転まで! さらに、店舗運営には最新技術も入れていますよね。

井口:夜間は無人営業にしています。顔認証システムを使った入店管理と、完全セルフレジを導入することで、一番コストがかかる人件費を極限まで削っています。

 昔ながらの「手作りのお弁当」と、最新の「無人決済テック」。この組み合わせが、最強のコスパを生むんです。

水野:お話を聞いていると、単なる安売り店ではなく、次世代のコンビニモデルを作ろうとしているように見えます。

井口:ええ。実は今後、「ミニmin•naka」をFC展開していく構想もあります。母艦となる店舗で調理して、周辺の小さな店舗に配達する。そうすれば初期費用も抑えられるし、狭い土地でも開業できる。

 今、地方発のコンビニがすごい勢いで伸びているんですよ。
北海道のセイコーマートさんや、九州のトライアルGOさんとか。彼らが関東に攻めてくる前に、東京・埼玉でこのモデルを確立したいんです。

◆コンビニとこども食堂でフードロス問題にも取り組み

「水55円、おにぎり98円」年商54億円、令和の虎1位の社長が仕掛ける“嫌味”から生まれたコンビニ革命
こども食堂を併設するミンナカ。コンビニのフードロス問題にも取り組む
水野:「min•naka」のもう一つの大きな特徴が、「こども食堂」の併設です。これはビジネスというより社会貢献の側面が強いのでしょうか?

井口:いや、これはビジネスというよりも、はっきり言って政府に対する“嫌味”です。

水野:嫌味、ですか?

井口:今、「こども家庭庁」ができて、少子化対策や子育て支援にものすごい税金が投入されていますよね。でも、国民の皆さんはその恩恵を実感していますか? 正直、あまり意味がある使われ方をしているとは思えません。

 本当に支援が必要な家庭に、サポートが届いていない。だから、「行政がやらないなら民間がやるよ」「民間でもここまでできるんだから、政府が無駄なお金を使う必要はないでしょう」というメッセージを突きつけるために、あえてコンビニとセットにしたんです。

水野:実際、こども食堂の反響はどうですか?

井口:すごいですよ。所沢の店舗だと、多い日は1日で60人くらいの子どもが来ます。3日間開催したときは180人も来ました。これ、経営的には大赤字なんです。年間で1000万円くらいの持ち出しになっています。


水野:1000万円の赤字! それを企業の利益から補填しているわけですか。

井口:そうです。でも、本来なら大手コンビニチェーンだってこれくらいできるはずなんですよ。コンビニは人口が増えないと成り立たない商売なんだから、自分たちで子育て支援をして、未来の顧客を育てるべきでしょう。

 それに、コンビニには廃棄ロス(フードロス)の問題があります。賞味期限が近づいたお弁当や食材を捨てるくらいなら、こども食堂で提供すればいい。

 実際、うちは提供品や食材の余りを活用することで、コストを抑えつつ支援を行っています。

「安くて安全なコンビニ」と「地域の子育て支援」。この2つを組み合わせたモデルが広がれば、結果的に社会は良くなる。僕がやらなくても、大手が真似してくれればそれでいいんです。

◆年商54億円でもユニクロと靴下しか買わない

「水55円、おにぎり98円」年商54億円、令和の虎1位の社長が仕掛ける“嫌味”から生まれたコンビニ革命
水野:井口社長といえば、YouTubeの人気投資番組『令和の虎』での活躍も有名です。先日行われた視聴者による人気投票では、林尚弘社長や桑田龍征社長といった個性的なメンバーを抑えて、見事1位に輝きました。

井口:ありがとうございます。
少し恥ずかしいですが、嬉しいですね。

水野:ご自身では、なぜそこまで支持されたと分析していますか?

井口:うーん、たぶん僕が圧倒的に“庶民”だからじゃないですかね。他の虎の皆さんは、やっぱり華やかじゃないですか。ハイブランドの服を着て、高級車に乗って。でも僕は、そういうのにまったく興味がないんです。

水野:年商54億円企業のトップですが、本当に興味がない?

井口:まったくないですね。昨年、自分のために買ったものといえば、Tシャツと靴下だけです。

 ブランド物がわからないから、妻も「何を買ってきても値段がバレなくていい」と喜んでいますよ(笑)。腕時計も、生まれてから一度も買ったことがありません。

 あと、僕はテレビドラマも生まれてから一度も見たことがないんです。興味のないことには時間を使いたくない。その代わり、朝は5時に起きて犬の散歩をして、仕事のことを考えている。そういう生活です。

水野:徹底していますね……。視聴者の方からは「庶民に寄り添ってくれる社長」というコメントも多いそうですが、TikTokでも「コンビニのおじさん」としてバズっているとか。

井口:そうなんです。街を歩いていても「令和の虎の人だ」と言われるより、「コンビニの人ですよね?」と声をかけられるほうが圧倒的に多い。渋谷駅まで歩くと3人くらいには声をかけられます。

 最初は『令和の虎』に出るつもりなんてまったくなかったんですよ。岩井良明主宰(故人)に乗せられて、断れない状況で「出ます」と言わされてしまったのがきっかけで(笑)。

水野:それでも出演を続けているのは、何か目的があるのですか?

井口:故郷である長野県木曽町のためです。僕の地元は今、限界集落に近い状態なんです。僕らが高校生の頃は学校も3つあったのに、今は統廃合されてしまった。昨年の出生数はたった35人くらいです。

 このままでは、自分の生まれ育った場所が消滅してしまう。この危機感は強烈です。木曽町の現状を知ってもらい、人を呼び込むためには、僕自身が有名になって発信力をつけるしかない。そう腹を括って、虎の席に座っています。

◆異色のキャリアと“負けない”経営論

「水55円、おにぎり98円」年商54億円、令和の虎1位の社長が仕掛ける“嫌味”から生まれたコンビニ革命

水野:井口社長の経歴は非常にユニークです。大学卒業後にゼネコンの熊谷組に入社し、その後、横浜市役所の職員になられています。起業家としては「堅すぎる」ルートにも見えますが。

井口:いえ、これはすべて「独立するための最短ルート」として計算していたことです。

 実家が事業をやっていたので、僕は小さい頃から「サラリーマンになる」という選択肢が頭になかった。いつか絶対に独立するつもりで、そのために何が必要かを逆算していました。

水野:具体的にはどういう計算だったのでしょうか?

井口:まず、独立して会社を大きくするには、大きな組織の作り方を知る必要があります。だから最初に大手ゼネコンに入りました。

 次に、建築関係の仕事で独立するためには、法律や許認可の仕組みを裏側から知っておく必要がある。だから市役所に入ったんです。

 ただ、市役所は予想以上に居心地が良すぎました(笑)。本当は2年で辞める計画だったのが、6年もいてしまった。周りの同期は今でも全員残っていますよ。公務員は本当に辞めないですから。

水野:そこから独立されて、設計事務所、美容室、保育園、障がい者施設と、脈絡がないように見えるほど多角的に事業を展開されています。これにも狙いがあるのですか?

井口:もちろんです。これも市役所時代、暇な時間にずっと考えていたことなんですが(笑)、「景気の波」に左右されない会社を作りたかったんです。

 最初に美容室を始めたのは、設計事務所のキャッシュフローを補うためでした。設計の仕事は案件単価が高いけれど、入金までのサイトが長い。その間の「日銭」を稼ぐために、現金商売である美容室が必要だったんです。

 当時はまだ電話予約が当たり前の時代でしたが、「ネットで予約できるようにしたら流行るはずだ」と考えてシステムを導入しました。たぶん日本で一番早かったんじゃないかな。それが2004年か2005年頃です。

水野:先見の明がすごいですね。

井口:事業のポートフォリオも、「不景気に強いビジネス」と「好景気で伸びるビジネス」の両極端を持つようにしています。

 保育園や障がい者グループホームのような福祉事業は、景気が悪くても需要がなくならない公共的なビジネスです。一方で、設計事務所や美容室のようなサービス業は、景気が良ければ大きく伸びる。

 この両輪を持っているから、どんな経済状況になっても会社が傾くことがない。僕の経営は「勝つこと」よりも「負けないこと」を最優先に設計されているんです。

水野:今や従業員数もグループ全体で1000人規模とお聞きしました。マネジメントはどうされているんですか?

井口:基本的に任せています。子会社の社長たちには、PL(損益計算書)とBS(貸借対照表)の見方だけ叩き込んで、あとは「失敗してもいいから若いうちにやってみろ」と。

 毎月の会議で数字はチェックしますが、口出しはその程度です。致命傷にならない範囲で早めに失敗させて、学ばせる。僕が現場に行くと、どうしても口を出したくなっちゃうんで、行かないようにしています(笑)。

◆インフラが崩壊する地方を救う

「水55円、おにぎり98円」年商54億円、令和の虎1位の社長が仕掛ける“嫌味”から生まれたコンビニ革命
限界集落や水源を守る活動も行う井口社長
水野:コンビニ事業の拡大やこども食堂など、精力的に動かれていますが、その先に見据えている「野望」のようなものはありますか?

井口:一番やりたいのは、限界集落の「電力問題」の解決です。

水野:電力ですか?

井口:ええ。僕の地元のような山間部では、今、深刻な問題が起きています。人口が減って手入れされなくなった山では、木が伸び放題になって電線に覆いかぶさっているんです。だから台風が来るとすぐに木が倒れて停電してしまう。

 これを維持・管理するのは、もうコスト的に不可能です。倒木処理の特殊伐採だけで何十万円もかかりますから。

 電力会社も、数軒しか住んでいない集落のために莫大な維持費をかけ続けるのは限界でしょう。

水野:インフラが維持できなくなってきているんですね。

井口:そうです。電気が止まれば、水道も止まる(ポンプが動かないから)。そうなれば、人はもうそこに住めません。
だから僕は、「電線を使わずに電気を供給する仕組み」を作りたいんです。

 例えば、水素を使った自家発電システムを各家庭や集落単位で導入する。いわゆるオフグリッドです。

 これが実現できれば、電線が切れても生活できます。「min•naka」の物流網と合わせて、インフラが崩壊しつつある地方でも人が住み続けられる環境を作りたい。これは事業というより、僕のライフワークに近いですね。

水野:非常にスケールの大きな話です。

井口:もう一つは、日本の「規制緩和」です。今の日本は規制だらけで、国際的な競争力を完全に失っています。

 なぜこんなに規制が増えるかというと、官僚の評価システムが「新しい法律や通達を作ること」になっているからです。

 役人は規制を作れば出世する。だからわけのわからないルールが無限に増えていく。安倍政権の頃は政治主導で抑え込んでいましたが、今はまた官僚主導に戻ってしまいました。

 これを一度リセットしないと、日本は本当に立ち行かなくなる。政治家になるつもりはありませんが、今の自民党に対抗できるような、しがらみのない政治勢力の受け皿を作る必要はあると感じています。

水野:井口社長のビジネスは、常に「社会への怒り」が原動力になっているように感じます。コンビニも、電力も、規制も。

井口:そうかもしれません。文句を言うだけなら誰でもできますから、僕はビジネスという形にして「ほら、変えられるだろう」と証明したいんです。

水野:井口社長はオンラインサロンも運営されていますが、そこでも厳しく指導されているとか。最後に、これから起業を目指す人たちへメッセージをお願いします。

井口:ズバリ、「あまり考えずに起業するな」と伝えたいですね。最近はSNSでバズって勘違いしてしまう人が多いですが、そんなものは一過性です。起業して9割が失敗するのは、事業計画をしっかり作らないから。

 僕のサロンでは、相談に来た人の事業計画を見て「それは無理だからやめたほうがいい」とはっきり言います。計画を立ててみて、「あ、これでは食えないな」と気づくことが大事なんです。

 自分のやりたいことをやるのは素晴らしいですが、その前にやるべき準備はたくさんあります。勢いだけで人生を棒に振るようなことはしてほしくないですね。

【プロフィール】
井口智明(いぐち・ともあき)
「水55円、おにぎり98円」年商54億円、令和の虎1位の社長が仕掛ける“嫌味”から生まれたコンビニ革命

1974年生まれ、長野県木曽郡出身。株式会社ディアローグホールディングス代表取締役。福井大学工学部を卒業後、株式会社熊谷組、横浜市役所勤務を経て2005年に独立。設計事務所、美容室、保育園、障がい者グループホーム、コスメ開発など多岐にわたる事業を展開。現在は、こども食堂を併設した次世代コンビニ「min•naka(真中商店)」の運営に注力している。YouTubeの人気投資番組『令和の虎』では、志願者として出演後に“虎”となり、視聴者人気投票で1位を獲得するなど番組の中心的存在として活躍中。

<取材・構成/水野俊哉・高橋真以>

【水野俊哉】
1973年生まれ。作家、出版プロデューサー、経営コンサルタント、富裕層専門コンサルタント。ベンチャー起業家、経営コンサルタントとして数多くのベンチャー企業経営に関わりながら、世界中の成功本やビジネス書を読破。近年は富裕層の思考法やライフスタイル、成功法則を広めるべく執筆活動をしている。現在は自ら立ち上げた出版社2社や文化人タレントプロダクション、飲食業のオーナー業の傍ら、執筆やコンサルティング、出版プロデュース業を営んでいる。国内外問わず富裕層の実態に詳しく、富裕層を相手に単にビジネスにとどまらない、個人の真に豊かな人生をみすえたコンサルティング・プロデュースには定評がある。
著書はシリーズ10万部突破のベストセラーとなった『成功本50冊「勝ち抜け」案内』(光文社)など27冊、累計40万部を突破。最新刊に『成功する人は、なぜリッツ・カールトンで打ち合わせするのか?~あなたを超一流にする40の絶対ルール~』(サンライズパブリッシング)がある。
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