リモートワーク、副業解禁……働き方の選択肢は増えたものの、本当に「自由」なのだろうか? 周囲の目を気にし、会社の意向に沿った「多様性」に囚われていないだろうか?
 ワークライフバランス、キャリアの再構築、新しい生活様式への適応……。多くの選択肢がある一方で、企業側の思惑や社会の同調圧力も存在します。


 固定観念を捨て、自分にとって最適な働き方とは何か。

 生物学者で早稲田大学名誉教授でもありフジテレビ系列の『ホンマでっか!?TV』のコメンテーターを務める池田清彦氏が、多様な働き方の本質に迫ります。

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※本記事は、『多様性バカ 矛盾と偽善が蔓延する日本への警告』(扶桑社刊)より一部抜粋・再構成してお届けします。

一律の規則をやめて多様性ある組織を実現した企業

30代からのキャリア戦略。「多様性」という言葉が氾濫する現代で、本当に自分らしい働き方とは何か?
※画像はイメージです(以下同)
 少しだけ希望が持てることがあるとすれば、コロナ禍を機にリモートワークが一般化して、働き方の多様性を認める会社が増えてきたことだろう。

 その最先端を行っている代表的な会社の一つがソフトウェア開発を手がけるサイボウズ株式会社だ。

 サイボウズは1997年に愛媛県松山市に設立されたが、創業メンバーの一人だった青野慶久が社長に就任したのは2005年である。

 当時は離職率がとても高いことに悩まされ、M&Aで大きな損失を出したりもして、社長を辞めるかどうかの瀬戸際まで追い込まれたそうだが、メンバーの多様性を重んじる組織のあり方を徹底的に追求した結果、会社は大きく生まれ変わった。

 サイボウズが多様性ある組織を実現させるためにやったことは、「一律的な規則で働かせるのをやめること」だ。

「100人いれば100通り」の人事制度が導く革新

「多様性が大事だ」という人に限って、それを意図的に作り出そうとするものだけど、そもそも人間が多様であるのは当たり前なのだ。

 阻むものがあるとすれば、それこそが「ルール」のような枠に人をはめ込もうとすることであり、それをやめるという青野の決断は至極真っ当だと思う。

 そうして生まれたのがメディアでも話題になった「100人いれば100通りの人事制度」である。この人事制度のもとでは、週に3日だけ働くというスタイルも認められるし、副業も自由である。

 こうした人事制度の面白さからレベルの高い学生が集まるようになり、中途採用にもユニークな人が集まるようになる。そしてそこから先は多様であるのが当たり前である会社になっていったのだという。


 サイボウズの事業の主力をなすのはクラウド事業であるが、それを成功に導いたのは、個性豊かなサイボウズの中でもとりわけ「アウトサイダー」的な存在の人たちだった。

 これこそがまさに「多様性のある組織の強さ」だといっていいだろう。

残業禁止、副業推奨…それは本当に「多様な働き方」なのか?

30代からのキャリア戦略。「多様性」という言葉が氾濫する現代で、本当に自分らしい働き方とは何か?
多様性のイメージ
 働き方改革の本来の目的は、個々の事情に応じて、多様な働き方を選択できる社会の実現である。

 その理念は間違っていないと思うけれど、近年推し進められているのは、長時間労動の是正や残業時間の削減といったものがほとんどのようだ。また、お得意の罰則規定まで設けられ、コンプライアンス至上主義の弊害も生まれている。

 例えば、決まった時間になると会社を追い出されてしまうから家に仕事を持ち帰るとか、残業ができないから期日に間に合わなくなり、その責任を管理職が負わされる、といったことだ。

 これは「個々の事情に応じた働き方」などでは決してなく、「コンプライアンス至上主義によって強いられた働き方」でしかないだろう。

 残業できないせいで収入が減って困っているという人も多く、それを解決するためなのか、副業を許可する会社も増えているようだが、残業してもいいから一つの会社だけで稼ぎたいという人だっているだろう。

 結局ここでも、決められた枠の中での多様性にしか意識が向いていないのだ。

長時間労働は悪か? 同調圧力からの脱却と自己責任の重要性

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残業する男性の後ろ姿
 長時間労働に問題がないとは言わないが、本当の問題は長時間労働それ自体ではなく、みんながそうしなくてはならないという同調圧力のほうにある。

 定時で仕事を終わりたいのにみんなが残業しているから自分も残業しなくてはいけないとか、休みたいのに誰も言いだせないといった状況に陥ることはあってはならないと思うけれど、特に研究開発職の人などには、時には寝食を忘れて研究に没頭したいという人だっているに違いない。

 それを認めないのは「働き方改革」という仮面を被った新たな画一化になりかねず、自由な働き方の侵害にもつながりかねない。

 働きすぎを防いで社員の健康を守るのが会社の義務だという声もあり、だから健康診断なども強制的に受けさせられたりするのだろうけど、働き方の自由が保障され、意に反した過酷な労働を課されたりはしないという前提のもとであれば、本人の健康なんて基本的には自己管理・自己責任で充分ではないかと私は思う。


「ホワハラ」の出現 多様な働き方の落とし穴と新たな同調圧力

 最近会社がホワイトすぎて物足りないと言いだす若者も増えているらしく、そういうのを「ホワハラ」というらしいが、それこそが、働き方に関する姿勢や考え方が多様であることの表れだろう。

 残業などせずにさっさと家に帰れることが心地いいという人のほうが多いのは確かなのかもしれないが、そのマジョリティが正義になれば、人より余計に働きたいという人は白い目で見られることになる。

 昔はさっさと帰る人のほうが白い目で見られていたわけだから、単にそれを反転しただけの話であって、多様な働き方を選択できる社会の実現などではない。

〈TEXT/池田清彦〉

【池田清彦】
1947年、東京都生まれ。生物学者。早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。生物学分野のほか、科学哲学、環境問題、生き方論など、幅広い分野に関する著書がある。フジテレビ系『ホンマでっか!?TV』などテレビ、新聞、雑誌などでも活躍中。著書に『世間のカラクリ』(新潮文庫)、『自粛バカ リスクゼロ症候群に罹った日本人への処方箋』(宝島社新書)、『したたかでいい加減な生き物たち』(さくら舎)、『騙されない老後 権力に迎合しない不良老人のすすめ』(扶桑社)など多数。Twitter:@IkedaKiyohiko
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