差別表現、ハラスメント対策、炎上・誹謗中傷対策……。SNSの発達に大物タレントの降板騒動などが重なり、テレビ局でコンプライアンス遵守の縛りがいよいよ厳しさを増している。
テレビ制作に関わるスタッフたちは内心、どのように感じているのか? 若手・中堅・ベテランの3人が集まり、ホンネを語った。
(参加者プロフィール ※すべて仮名)
●沼田大地さん=(20代男性):民放キー局で情報番組のADを経て、コンプライアンス関連の部署に在籍する若手社員。主にSNSでの炎上・誹謗中傷対策を担当。
●林直哉さん(40代男性)/地方制作会社でプロデューサーを務める中堅社員。広告関連の業務も担当。
●根本大二さん(50代男性):民放キー局で報道記者を経て、危機管理業務に従事するベテラン社員。

番組制作、社外での振る舞い……「全方位から視線が厳しくなっている」

「街頭インタビューは3時間粘って収穫ゼロ」「自分たちで首を絞...の画像はこちら >>
ーー皆さんは年代も担当分野も異なりますが、制作環境の変化は感じますか。

根本:テレビの仕事に約30年関わっていますが、特にここ20年ほどは番組制作はもちろん、社外での立ち振る舞いも含め、全方位からの視線が厳しくなっていると感じます。その一方、制作の現場において上の世代の感覚は変わらず、昔ながらのやり方が残っている。そのギャップが諸問題を引き起こしていると思っています。

林:同感です。自分が新入社員の頃は、表現の細かいところまで意識していた記憶がありません。それが5年ほど前からは局内にコンプライアンスの部門ができて、専門職が番組内容に目を光らせるようになりました。
配慮は必要なものの、結果として消極的な表現が選ばれるようになっているのは否めません。自社番組では他社のコンプラ問題を取り上げ、世間の意識はさらにデリケートになっていく。そうやってコンプラ、コンプラとやり合うことで、自分達で首を絞めているんじゃないかとすら感じますね。

沼田:’20年代前半の入社ですが、経験してきた範囲でいうと、やはりSNS浸透の影響は大きい。何か炎上が起こった時には現場にフィードバックを行うこともあるのですが、制作スタッフ達はSNSでの炎上を過度に恐れています。タレントが不倫をすればSNSでもバッシングが起こって、視聴者センターにもスポンサーにも苦情が入る。「オーバーコンプライアンス」とも言える世間の空気を受けて、局全体が萎縮傾向にあります。

ーー特にここ10年ほどで、放映しづらくなった表現や番組はありますか?

林:差別的な表現、特に容姿に関する表現は厳しくなっていますね。自分が幼い頃のバラエティは「チビ」「デブ」といった言葉が当たり前のように飛び交っていましたが、今は演者の方から「それ言っちゃまずいだろ」という空気感が漂っています。

根本:それで言うと「黒人」もそう。言葉はもちろんのこと、映像でも使用を避ける方向になっています。ある人種のイメージとして「黒人」の映像やイラストが使われると「固定観念を植え付ける」というのが理由だそうです。


林:今は、「肌色」も「うすオレンジが標準的な肌の色」という固定観念を植え付るという理由で、NGになりやすいと聞きます。

街頭インタビューは、3時間粘ってコメントが取れないこともザラ

「街頭インタビューは3時間粘って収穫ゼロ」「自分たちで首を絞めている」テレビマンが嘆く“コンプラ厳守”の意外な余波
街頭インタビューはコメントを取るまでも、取ってからも大変(写真:AdobeStock)
沼田:番組単位でいうと、芸人へのドッキリ企画なんかもそうですね。仕掛けられた側は美味しかったとしても、SNSで「いじめ」「やりすぎ」と書かれてしまう。それで現場が「これもダメなのか」と、萎縮する状況になっています。

林:局外でのロケがやりづらくなりました。かつては情報源が少なかった分重宝されていましたが、最近では、「またテレビが何かやってるよ」と煙たがられる空気を出されることが増えています。

沼田:コンプライアンス関連の部署に来る前、情報番組のADをしていましたが、道ゆく人からコメントを取る「街録(街頭録音)」は、3時間粘って全く収穫がないこともザラでした。同行するカメラマンいわく、昔は喜んで協力してもらえていたそうです。取材時に出演許可書をいただいても、放送直前に「やっぱり私のところ使わないでください」と連絡が入り、編集作業をやり直すなんてこともありましたね。

自ら率先して報道の信頼性を弱めている

根本:SNSの反応を気にする余り、最近は人物や街頭の映像にぼかしが入ることも増えています。情報の信ぴょう性という観点から、欧米のメディアの場合、日本のメディアよりも実名報道へのこだわりが強い。たとえ街頭インタビューでも、取材時に名前を明らかにしなかった人のものは使わないという考え方が主流です。自ら率先して報道の信頼性を弱める方が、コンプライアンス的にはよっぽど問題だと思いますね。

林:要は、メディアの側がデリケートになりすぎているんですよね。


根本:だから「コンプライアンス」を言い過ぎるのは、本来良くない。間違いは起きてもいい、いざとなれば、「上が責任を取るよ」というくらいのスタンスでないとダメなんです。

沼田:同じことは、SNS対策にも当てはまる。例えばネット上で炎上した動画を見ると、「見せ場」が切り取られて拡散していることが多い。炎上させる側が、インプレッションを稼いで収益を上げる狙いでやっているだけの場合もある。なので炎上=悪いではなく、「SNSの声に惑わされないで」と現場に伝えています。そうやって責任の所在を移すことで、現場の安心感が高まっているのも感じますね。

根本:それは立派ですね。うちはむしろ、「これやめろ」のオンパレードです(笑)。SNSを過剰に気にしすぎるあまり、メディアがダメになっている部分はやっぱりあると思います。

会社には「すべての批判を鵜吞みにせず、強硬に立ち向かってほしい」

「街頭インタビューは3時間粘って収穫ゼロ」「自分たちで首を絞めている」テレビマンが嘆く“コンプラ厳守”の意外な余波
情報番組もバラエティ番組も、放映前の専門家のチェックは厳しくなっている(写真:AdobeStock)
ーー何か問題が起きるたびごとに、コンプラ重視の風潮は今後も強まっていくと思います。そんな中で、どうすればテレビは面白いものを作り続けられると思いますか。


林:働き方改革の影響で、今は制作現場でも、ディレクターよりADの方を早く帰していたりもする。そうやって時間の線引きをすることで、クリエイティブの核が失われてしまっている部分も大きい。さらにそこにコンプラの確認作業も加わり、「面倒だからやめよう」とさじを投げる状態になってしまっています。例えAIを使ってでも現場の負担を減らせれば、チャレンジの裾野はさらに広がると思います。

根本:テレビが面白かった時代は、ドラマにしてもバラエティにしても、失敗を恐れず新しいものを作ろうという風潮がありました。今、その空気がしぼんで来ているのは確かだと思います。ただ今日お話をして、例えばSNS一つを取っても、下の世代は上の世代ほど過剰な恐れがないと感じました。今後世代が変わって、盛り返しが起こるのに期待しています。

沼田:YouTubeも含め映像媒体が色々出てきている中でテレビ局を受けたのは、何だかんだ言って、今なお影響力が一番大きいのは地上波だから。テレビが公共の電波を使って届ける意義が軽視されて欲しくはない。すべての批判を鵜呑みにせず、本当にダメなものとそうでないものを分けた上で、後者に会社が強く立ち向かう姿勢を保てるかどうか。これに尽きると思います。


<取材・文/松岡瑛理>

【松岡瑛理】
一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。 Xアカウント: @osomatu_san
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