順調だった東京での仕事と暮らしから一転、コロナ禍を機に“国境の島”(九州と韓国の間の対馬海峡に浮かぶ長崎県の島)と呼ばれる対馬へ移住した「庄司絵里加(愛称:えりやん)」さん(以下、えりやん)。現在はダンス教室を運営するほか、対馬のテレビ番組やFMパーソナリティ、バスガイド、狩猟など、さまざまなシーンでマルチな活躍を見せている。

 なぜ、対馬へ移住したのか。現在はどんな暮らしをしていて、何を目指しているのか。壮大な自然に囲まれた島の魅力などと併せて聞いた。

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対馬で暮らすとは1ミリも考えていなかった

――福岡県のご出身ですが、もともと離島での暮らしに興味がありましたか?

えりやん:興味は全然なかったんです。私は福岡市で生まれ育ち、大学への進学を機に上京して就職。「この先もずっと東京にいるのかな」と思っていましたから。ただ、父の故郷が対馬なので、幼い頃に家族で対馬に行くことはありました。父の出身地なので自分のルーツと認識していましたが、将来この地で暮らすとは1ミリも考えていませんでした。

――アフリカ地域専攻のある大学へ進学されたそうですね。

えりやん:親がカンボジアでボランティアをされていた方の講演会に連れて行ってくれたりしたことがきっかけで、子供の頃から国際協力(開発途上国・地域の人々を支援する活動)に興味を持っていて、「国際社会に貢献できる人間になりたい」というのが人生の目標の一つだったんです。

 あと、テレビ番組の『あいのり』がめっちゃ好きで見ていて、アフリカの子供たちと触れ合うシーンがあったんです。水に寄生虫が入っていて飲めないんだけど、現地の子供は「お水を飲みませんか?」と優しさで言ってくれる。もし自分がその場にいても、その水を飲むことには抵抗がありますし、生まれた環境が違うだけで「この差は何だろう?」と思ったんです。
すごく悲しいことだなと。

新卒入社したメガベンチャーを1年で退職

――大学卒業後はどんなお仕事を?

えりやん:港区のIT系企業に約1年勤務していました。その企業は同期が800人くらいいるメガベンチャーで、国際営業に携われるグローバルマーケティング部に所属していました。先輩たちが仕事に誇りを持っていて、そういう姿にすごく憧れたりとかもしたのですが、私はそこまでのモチベーションになれなかったんです。

「じゃあ、何だったらやりがいを持てるのか?」と自問自答した時に、もともと「表現すること」が好きだなと。大学3年の時にお芝居をしたいと思ってお芝居のサークルに入ろうとしたのですが、「今から入ってもらっても舞台に出られる機会がないので…」と断られてしまったことがすごく心残りで。脱サラしてお芝居の道へ進もうと思ったんです。

コロナ禍で役者の道を断念

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コロナ禍がなければ、全く違う人生を歩んでいたかもしれない
――心機一転、役者を目指すことになるわけですね。

えりやん:芸能事務所に所属しつつ、レッスンやオーディションを受ける日々で、生活のために飲食店やテレアポのアルバイトもしていました。ただ、そうこうしているうちにコロナ禍に入り、決まっていた舞台が中止になってしまったりして、このまま続けていても難しいなと。役者を目指すことを断念しました。コロナ禍にならなければ、そのまま東京にいて役者に挑戦していたと思います。

――東京で役者を目指すことを断念した後、すぐに対馬へ移住すると決めたのですか?

えりやん:めっちゃ悩みました。福岡の実家に戻って福岡で役者を目指すか、全く違う仕事で生計を立て直すか。
再び自問自答したわけです(笑)。そこで自分がやりたいことをノートにブワッと書き出し、役者に関するワードが出てくる一方で、国際協力に関するワードが3、4個出てきて。

 そこで以前から気になっていたJICA青年海外協力隊の求人サイトを見ていたら、なぜか対馬の「島おこし協働隊」の募集要項が載っていたんです。父の実家が対馬にまだ残っていてどうにかしないといけないことを兄からも聞いたりしていましたし、「これは私が行くべき場所だ」と思ったんです。

父から絶対に反対されるかと思いきや…

――役者に未練はありつつも、対馬へ移住して島おこし協働隊の道へ?

えりやん:役者を目指すことは一旦休憩になるけど、島おこし協働隊でやってみようと。すぐに面接を受けて役場の課長と話している時に、「対馬の市民にダンスを教えたりしませんか?」と提案をしてくださったんです。実際にやれそうだし、楽しそうだなと。募集要項には「コミュニティ支援」と書かれていましたし、役割が「行政と民間のパイプ役」みたいな感じで内容がフワっとした職種だったのですが、実際にやることを具体的にイメージできたんです。

――対馬に移住することになった時のご家族の反応は?

えりやん:私は突拍子もない行動が多いので、親を困惑させてしまうことが多くて。東京の会社を辞める時や役者を志した時なんかは父にめっちゃ怒られました。急な話でしたし、絶対に反対されるだろうし怒られると思っていたのですが、「いいんじゃない」と言ってくれて。対馬への移住に関しては自分の故郷ということもあって嬉しかったのかなと(笑)。

「島おこし」、具体的になにをするのか

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ダンス教室もライフワークのひとつだ
――島おこし協働隊は、市役所勤務の公務員?

えりやん:そうです。総務省の地域おこし協力隊制度(対馬の場合は島おこし協働隊という名称)を活用したもので、雇われ先は対馬市になります。
面接はあるのですが、筆記テストなどは無かったです。自治体によってさまざまな課題がありますが、職員が足りず、その穴埋めのような役割を課せられてしまうことも問題の一つだと思うんです。ただ、島おこし協働隊の場合は役割がある程度明確でした。

 私はコミュニティ支援でしたが、そのほかにイノシシやシカの獣害を対策する「自然共生チャレンジャー」を担当する方がいたり、海の森(藻場)を再生する「海の森再生支援」を担当する方がいました。私は2024年6月末で丸3年間の就任期間が満期となり退任していて、いまの現役隊員の方々は「対州馬保存・活用支援」のメンバーとして活動されているようです。今の私は在任時の活動が基盤にあるので、島おこし協働隊として活動できて本当によかったです。

――現在はダンス教室を運営されているほか、バスガイドやケーブルテレビのリポーター、FMのパーソナリティもされているとか?

えりやん:バスガイドは月によって勤務がバラバラで、春や秋の観光シーズンのように勤務が多い月もあれば、勤務がない月もあります。私が登録している旅行会社のバスツアーには国内ツアーがあまりなく、韓国から来るお客さん向けのものが多いです。ケーブルテレビは『つしまる通信』という番組に出演させていただいていています。ロケもありますが、私はスタジオにいることのほうが多いですね。
 
 ダンス教室は、公民館を借りて私一人で教えています。曜日毎にクラスを設けていて、子供たちには45分、60分、90分のレッスン、大人たちには90分のレッスンをしています。
いろいろやってはいるのですが、これで食べていけるかって言われると微妙なので、そのほかに、夏祭りなどイベントの司会のお仕事とかもいただいたりしています。どれも自分がしたかったお仕事ですし、それぞれのお仕事で関わっている方々にはとても感謝しています。

「東京は常に張り詰めた感じ」だったが、対馬は…

――バスガイドもされていて対馬の魅力をたくさんご存知だと思いますが、どんなところが魅力ですか?

えりやん:いろいろありますけど、まず言えることは「人の温かさ」です。東京にいる時って、まわりの人たちが頑張っているし、なんか頑張っていないといけない感覚があって常に張り詰めた感じがあったのですが、ここにいるだけで認めてもらっているというか、存在を受け入れてくれているような感覚があるんです。やりたいことを応援してくれたり、わからないことを教えてくれたり、人をつなげてくれたり。人の温かさを感じる場面が多いです。

――おすすめのスポットは?

えりやん:胡簶神社(ころくじんじゃ)です。山の上から海へ向かって階段が続いているのですが、海の近くに鳥居が2つあるんです。鳥居のすぐ近くが磯場になっているのですが、その光景がすごく神秘的できれいなんです。時間帯によっては潮の満ち引きで磯遊びができたり、潮溜まりの所で魚やウミウシが見られたりもします。

 あと、その場所へ行くまで約800メートルの山道を通るのですが、その途中で対馬にしか生息していないカエルやトカゲに出会ったりもします。檜や杉が多くてマイナスイオンを浴びながら歩くのは気持ちいいですよ。人にはほとんど会いませんし(笑)。


自宅から最寄りのコンビニは「釜山港のセブン」

――韓国との国境に位置しているため、韓国人の観光客は多いですか?

えりやん:めっちゃ多いです。私は対馬の北部にある比田勝という地域で暮らしているのですが、韓国の釜山と近いんです(対馬から釜山は直線距離で50キロ)。フェリーで90分で着くので韓国からの観光客をよく見かけますし、国際免許のマークを付けたレンタカーも多いですね。

 つい先日、日曜日にフェリーで釜山へ行って来たのですが、割高の休日料金でも往復で約1万6千円。飛行機で対馬から福岡までが往復約1万5千円くらいなので、あまり変わりません。ちなみに、平日に釜山へフェリーで行った時は往復で1万円かかりませんでした。飛行機で福岡へ行くよりも安いです。

――韓国の文化も入ってきていたりする?

えりやん:「友達」は韓国語で「チング」ですが、祖母の世代では方言のような感じで使っていたりもしたようです。あと、B級グルメで「とんちゃん」という味付けされた豚肉があるのですが、韓国風の味付けです。もともと韓国から対馬に来られた方が多く、 そのご家庭で作っていたのが島で広まったみたいです。

 あと、自宅から最寄りのコンビニが釜山港のセブン-イレブンなんです。対馬の南部にある厳原町にファミリーマートやローソンがありますが、家からは約70キロ。
対馬から約50キロの釜山のセブン-イレブンのほうが近いです(笑)。

<取材・文/浜田哲男>

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えりやん


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【浜田哲男】
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界を経て起業。「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ・ニュース系メディアで連載企画・編集・取材・執筆に携わる。X(旧Twitter):@buhinton
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