新幹線や長距離バスは、長い時間を過ごすことになる。それゆえにマナー違反の行動は、周囲に多大なストレスを及ぼすものになる。

 メーカーに勤務する平井夏美さん(仮名・30歳)は、移動中に他人から受けた仕打ちによって、ストレスが極限の状態に達したことがあるという。

新幹線で後ろの座席から“悪臭漂う靴下”がにょきっと…30歳女...の画像はこちら >>

クチャラーが発する咀嚼音で眠れず

「クレーム対応のために、数日間にわたって地方の取引先を何社も回るために出張をしたことがあったんです。その2日目のことですが、初日の訪問先で心無い言葉を浴び、前日の夜はほとんど眠れませんでした。新幹線に乗り込む時には、心身ともに疲れていたので、席に着いたら身体を休ませようと思っていました」

 地方から地方への新幹線移動。平井さんは指定席の車両で窓側のシートに腰を下ろした。車内はさほど混んでおらず、静かだったのですぐにウトウトしはじめた。

「でも、すぐに目が覚めてしまったんです。音のせいでした。隣の席に初老の男性がやってきたんですが、席に着くなりお弁当を食べ始めたんですが、やたらと『くっちゃ、くっちゃ』と音を立てて食べるので、その音が気になってしまい眠れなかったんです」

 老人が食べ終えるまでの間、平井さんは耳障りな音を聞き続けるしかなかった。

「最初のうちは仕方ないと思っていましたが、どうしても咀嚼音が気になってしまい、目を閉じていても休まりませんでした。ようやく老人の食事が終わり、静かになったので、もう一度、眠りに落ちようとしていた時でした。『ドスン』という強い衝撃を背もたれに受けたんです」

今度は後ろの席からの迷惑行為が…

 それは、後ろの列の座席から蹴られたような衝撃だった。

「嫌な気分になったんですが、後ろの乗客の足がうっかりシートに当たってしまっただけだろうと思い、もう一度眠ろうとしたんです。でも、『ドスン、ドスン』とさらに2回強い振動が席に伝わって来て、うっかりではないことに気がつきました」

 ただでさえ気が重い出張のストレスもあり、平井さんは精神的に限界に近い状態だった。


「普段だったら反撃なんてしないんですが、その時は後先考えずに『蹴るな』と意思表示するために、勢いをつけて背もたれに自分の背中を叩きつけていました」

 すると、シートへの衝撃はぴたりと止んだ。平井さんはようやく平穏が訪れたと安堵し、眠りに落ちようとした。

「ですが、ウトウト仕掛けた時にまた目が覚めてしまったんです。原因は鼻を刺すような悪臭でした。外に畑でもあって、堆肥の匂いが入ってきたのかと思いました。でも、嫌な酸っぱい感じのニオイで、目を開けて辺りを見回して、悪臭の元凶に気づいたんです。私が座る窓側の席と、新幹線の窓の間のわずかなスペースに、後ろの座席から伸びた足がにょきっと突き出ていました」

あまりの悪臭に「もう限界!」

 黒いビジネス用のソックスを履いた足だった。平井さんの体には触れないものの、ごく至近距離にあるその足から、強烈なニオイが立ち上ってきていた。

「悪臭に対する生理的な嫌悪感が一気に押し寄せてくる感じでした。とにかく休みたかったので、文句を言うのは堪え、身体を足とは逆の方に預けて、ハンカチを鼻に当てて何とか眠ろうとしたんです。でも、漂い続ける悪臭が鼻をついて離れなくて……」

 我慢だ、我慢だと心の中で自分に言い聞かせたが、あたりに悪臭が漂い続けていると思うと堪らなかった。

「その時の出張は本来ならば上司が行くはずのものでした。それを押し付けられて私が行くことになって……。
しかも、私のせいではないミスでお客様から心無い言葉を浴び……。ようやく休めると思ったら、私の存在など無視したような扱いを受け……。そんなことが頭を駆け巡っているうちに限界を迎えてしまったんです。私はまた無意識に行動していました」

 平井さんはストレスのあまり、自分の頭を掻きむしっていた。

「隣のクチャラー老人がこちらを見てギョッとした顔をしていたので、ものすごい様子だったんだと思います。私は周りの視線など完全に無視して、椅子の上に勢いをつけて立ち上がっていました。そして、後ろの席を覗き込んだんです」

我慢の限界で怒鳴りつけたら…

 座っていたのは、50代ごろと思われる会社員風の男性だった。男性は「なんだコイツは」という顔で、髪を振り乱して仁王立ちしている平井さんを見上げていた。

「私は自分でも信じられないほどの大声で怒鳴りつけていました。『足を突っ込んでんじゃねえよ!! こっちは臭くて頭がおかしくなりそうなんだよ!』と。髪を振り乱した女にいきなり怒鳴られたことに、男性は完全に怯えている様子でした。顔面蒼白で『すまない! 悪かった!』と謝り、すぐに足を引っ込めました。
目的を果たしたことで私も冷静になったんですが、隣の席を見ると、クチャラー老人も怯えた顔でこちらを見ていて……。席を立ってどこかに行ってしまい、二度と戻ってきませんでした……」

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 ようやく平穏が訪れたが、平井さんの心は静まるどころではなかった。周囲の乗客全員から「ヤバい奴」と思われたことが恥ずかしすぎて、目的地まで一睡もできなかったという。

<TEXT/和泉太郎>

【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め
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