東京・港区赤坂にある会員制の高級個室サウナ「サウナタイガー」で火災が起き、利用していた30代の夫婦2人が死亡。
これまで報じられたところによると、サウナ室内には非常用ボタンが設置されていたものの、非常用ボタンは電源が入ってなかったことが判明。
室内のドアノブも外れていて「閉じ込め」が起きていた状態だった点も指摘されている。

警視庁は現在、出火原因の特定を進めるとともに、施設の安全管理体制に問題がなかったかどうかを捜査しており、業務上過失致死の可能性も視野に入れているとされる。ただし、どの設備がどの時点で機能していたのか、管理体制に具体的な落ち度があったのかなどの詳細はまだ明らかになっていない。

では、こうした事故が起きた場合、サウナを運営する店や経営側の法的責任は、どこまで問われるのだろうか。アディーレ弁護士事務所の南澤毅吾弁護士に、経営・運営側の法的責任について解説してもらった。

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経営・運営側が負う「安全配慮義務」の重さ

「一般的に、施設の経営者・運営者は、利用者に対して『安全配慮義務』を負います。安全配慮義務とは、利用者の生命・身体等を危険から保護するように配慮すべき義務のことです」

どの範囲まで配慮すべきであるのかという点は、「どれくらいの危険が予測されるのか」「何をすれば危険を防げるのか」といった点で個別に判断される。施設が危険なものであるほど、予想される危険は大きいため、これを回避するために行うべき設備の点検・管理義務の水準も高くなる。

「たとえばテーマパークでは、人の生死に関わる事故が予測されるため、マニュアルに従った顧客への注意説明や定期的な点検が徹底されています」

個室サウナの場合はどうか。南澤弁護士によれば、高温環境であり体調への悪影響や発火リスクが存在することに加え、「体調急変時に外部から気づかれにくい」という構造的リスクもあるため、施設としての危険性は高いという。

「一般的なリスク・注意事項を利用者に告知するのはもちろんですが、それだけでは足りず、万が一を想定した対策は必須でしょう。今回のような『閉じ込め』が起きないような設備設計や点検を行い、万が一の事態にはスムーズに救助ができるような体制を整えることまで含めて、点検・管理義務を負うのは当然です」

密閉された高温の室内で、非常用設備という「最後の手段」すら機能しなかったとすれば、そのとき被害者が感じたであろう無力感と、遺族の無念は想像に難くない。

非常用設備は「設置」より「運用」が重要

非常用ボタンや警報設備は“適切に運用されている”ことが重要だが「作動しなかったのであれば、まったく意味がありません」と南澤弁護士は語気を強める。

今回のケースに類似した事例として、南澤弁護士は2001年に歌舞伎町で発生したビル火災を挙げる。
この事件は44名が死亡する痛ましい結果となったが、被害が拡大した要因として、避難階段に荷物が置かれていた、火災報知器のベルが鳴らないよう設定されていた等の不備が重大視され、オーナーやテナント店長ら5名に対して、業務上過失致死罪が確定した。

「この件に限らず、非常用設備や点検が形骸化していることで被害拡大を招くケースも多く、裁判所は非常用設備の不備は厳しく判断する傾向があります。非常用設備自体の故障であれば弁解の余地もありますが、本件では『非常ボタンを一度も電源を入れたことがなかった』という証言も出ています。これが事実だとすれば、非常用設備を疎かにしていたサウナ店側の責任は非常に重いと判断せざるを得ないでしょう」

危険が予想できたのに適切に対応しなかった

赤坂サウナ火災「賠償額は2億円超」弁護士が指摘。経営者の夫妻に小さな子がいたことも、慰謝料の高額化に
「サウナタイガー」HPより
法律上、業務上過失致死罪が成立するかどうかに関しては、「事故を予測できたか」「事故を防ぐ手立てをしたか」といった点で判断される。南澤弁護士は今回の件についても、厳しい見方を示す。

「今回の件については、サウナそのものが適切に利用されなければ死の危険を伴うものであり、事故自体は容易に予測が可能であったといえます。また、破損しやすいドアノブを放置したこと、および非常ボタンの機能試験・点検を怠ったことは、事故を防ぐ意思がなかったと評価されてもやむを得ません。そもそも、サウナが危険を伴うからこそ多くのサウナには非常ボタンが存在しているのであり、その非常ボタンが機能していなかったという事実は、『危険が予想できたのに適切に対応しなかった』という点で、典型的な『業務上過失致死』のパターンに該当するといえるでしょう」

また、責任の範囲に関しては、店の関係者それぞれの役割に応じた責任が課されるという。

「2001年に歌舞伎町で発生したビル火災では、ビルのオーナー・管理者については消防設備に不備があったことを理由として、各階テナントの店長については適切な避難誘導を行わなかったことを理由として、計5名が有罪となりました。この件と同様に考えれば、経営者・オーナーの立場では、施設の構造・消防設備それ自体が安全であることに対して責任が生じます。今回のケースでは、破損しやすい危険な設計のドアノブを設置していたこと、非常用ボタンが結果として作動しなかったこと、この2点のみで過失として十分な事情だと思われます。非常用ボタン・警報設備がコストカット等で意図的に放置されていたのであれば、より悪質性は高く、実刑判決となる可能性もあり得ます」

店長・従業員など現場責任者の立場では、非常事態に適切に対応を行ったのかという点で判断される。一方で、そもそも現場に責任者が置かれていなかった、構造上、個室サウナ近くへの見回りができず非常事態を確知できなかったなど、緊急時の現場対応が難しかった事情があれば、現場担当者は責任を問われず、経営者・オーナーの責任がより重く問われる可能性もあるという。


民事上の責任も「免れ得ない」

南澤弁護士は民事上の責任についても、サウナ店側に厳しい見方を示す。

「上記のように、サウナ店側の過失事情があまりに大きいため、民事上の責任も免れ得ないと考えられます」

一方、損害賠償請求の上で争点になる事情としては、事故で亡くなられた方に過失がある場合、運営会社だけの責任ではないということで、賠償額が減じられる要因になる。

「しかし今回のケースでは、一連の報道を踏まえると、被害者の過失認定は困難でしょう。『取っ手が外れて閉じ込められた』『非常用ボタンの電源が入れられていなかった』。これらの事情は完全にサウナ店側の不備に起因するものであり、これらのいずれかでも適切に管理されていれば、命が失われることはなかったといえます。この意味では、因果関係という点でも、サウナ店側の管理不備に起因することに争いはないでしょう」

また、サウナ店側として考えられる反論についても言及した。

「サウナ店側としては、これらの設計・施工や管理について、外部の業者に委託をしていた場合、自社ではなく他社の責任だという反論も想定されます。しかし、そもそもサウナの出入口にドアノブが付いていること自体の危険性や、非常用ボタンの重要性、電源を切ることの危険性については、まったくの素人でも理解できることであり、その状態を許容して運営を継続してきたわけですから、反論は認められないのではないかと思われます」

夫婦の間には小さな子供がいることも報じられている。サウナ側の過失が認められた際、民事訴訟の賠償額はどのように算出され、いくらが妥当とされるだろうか。

「仮に裁判となった場合には、主には精神的損害としての「慰謝料」と、将来の収入が失われたという損害として「逸失利益」が争点となります。今回のケースでは、ご夫婦に小さい子がいたということで非常に痛ましい側面があることは事実であり、この点が「慰謝料」を高額にする要因になりますが、よりポイントとなるのは、被害者の方が経営者をされており、高所得であった可能性がある点です。

一般的に、収入が高い方が亡くなると、それだけ多額の損失が発生したことになり、賠償額も多額となります。これは、事故によって失われた将来の収入が「逸失利益」として賠償額に反映されるためです。
報道によると、ご夫婦ともに若年ながら経営者をされていたとのことで、相当額の収入があったと想像されます。一般的な死亡事故では、被害者に過失がない場合、総賠償額は数千万円ほどが相場感としてありますが、今回のケースでは、1人あたり1億円、夫婦で2億円を超えることも十分に考えられます」

サウナブームの中、安全対策が置き去りに

個室型施設は、「体調急変時に外部から気づかれにくい」という構造的リスクもあるため、施設としての危険性は高いと南澤弁護士は指摘する。サウナという危険性を伴う場所であればなおさらだ。衆人環視を前提とした、通常のスパや銭湯と同一の対策では不十分だという。

「そもそも、サウナという施設自体、プールや遊園地のアトラクションと同様に、生死の危険を内在している一方で、サウナの危険性や安全対策について語られる機会はほとんどなかった印象です。ここ数年のサウナブームによって店舗が増加する半面、事業拡大を優先するあまり、安全対策がおろそかになっている施設も少なくないでしょう」

最後に南澤弁護士は、業界全体への提言で締めくくった。

「業界としては、今回の事故を重く受け止め、業界内で統一的な安全対策基準を整備するなど、利用者が安心できる枠組みを考えていく必要があると思います」

サウナブームの裏で、今回のような悲劇が繰り返されないために、経営者はコンプライアンス意識を徹底し、私たち利用者もサウナの潜在的なリスクについて理解を深める必要があるのではないだろうか。

亡くなられたご夫婦のご冥福を心よりお祈りするとともに、突然両親を失うことになったお子様、そしてご遺族に、最大限の配慮と支援がなされることを願わずにはいられない。<取材・文/日刊SPA!取材班>

赤坂サウナ火災「賠償額は2億円超」弁護士が指摘。経営者の夫妻に小さな子がいたことも、慰謝料の高額化に
アディーレ法律事務所 南澤毅吾 弁護士
「パチスロで学費を稼ぎ、弁護士になった男」という異色の経歴を持つ。司法修習時代は、精神医療センターにて、ギャンブルを含む依存症問題について研修を受けた経験があり、一般市民の悩みに寄り添った、庶民派の弁護士を志す。アディーレ法律事務所・北千住支店長として対応した法律相談数は、累計数千件に及び、多様な一般民事分野の処理経験を経て、現在は交通事故部門の責任者となる。
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