信州大学特任教授の山口真由氏は、「香港で起きているのは戦車で踏み潰すような支配ではなく、中国流の“静かな締め上げ”」だと指摘する。(以下、山口氏の寄稿)
香港「民主党」解散
香港の民主党が解散した。これで香港の野党はついに姿を消したわけだが、中国政府との壮絶な戦いの果てというより、やや尻すぼみ感が拭えない幕切れではあった。1994年の結党直後の民主党は確かに輝いていた。香港民主化の父、李柱銘氏を初代主席に戴き、英国統治下最後の議会選挙では最大勢力に躍り出た。その立ち位置から、中国に返還された1997年以降、政府と厳しく対峙する役割を期待されたのは当然だろう。だが民主党が選んだのは抵抗よりも妥協だった。特に、行政トップと立法府のダブル選挙を控えた’10年、普通選挙を求める民主派各党を尻目に、密室での協議を経て中国政府に歩み寄ったために、決定的に信用を失った。だからこそ、雨傘運動として知られる’14年、その後の’19年に香港で民主化を求める大規模なデモが起こったとき、民主党ももちろん参加はしたものの、中核にはなり得なかったのだ。既存の政党に飽き足らない若い力は、金融街を占拠するなど一時はすさまじいエネルギーを放つも、秩序立った組織も、中国本土の民主派との連携もないまま、やがては瓦解していった。
野放図に理想を語ってデモ行進した若者たち……その比較において、老練な民主党の政治家たちは現実路線を取ったとも評価できる。当たって砕けるより、恥を忍んでも生き永らえる。
最大野党の解散劇に見る中国共産党のやり口
現在、台湾をめぐる高市総理の発言が物議をかもしている。だが香港の現況は、“武力衝突”のようなわかりやすい侵略はむしろメインシナリオではないと示唆する。1997年の返還に際して、中国は一国二制度、すなわち、選挙で代表を選べると憲法まで作って保証してみせた。返還直後のあの街の変わらぬ猥雑さと自由さは、世界中の人々の危惧を安堵に変えた。だが劇的な侵攻の代わりに、何度も選挙を延期し、批判勢力を分断しながら、中国政府は段階的に香港を手中に収めたのだ。思うに、返還直後に民主化運動の立役者が投獄されるといった“英雄的な死”は意図的に避けられたのではないか。それは国際世論を喚起し、抵抗のシンボルを作ってしまう。許されるのは民主党的な、つまりは求心力を失った末の“緩慢な死”のみ。そうやって戦って討たれるというより、ただ表舞台から消え去ったかに見える民主党。ところで「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」との警句は、老練な兵士の経験と精神は滅びずに受け継がれることを意味するのだとか。
30年超の民主党の歩みが、香港の次を担う世代に何かを遺したと信じたい。
【山口真由】
1983年、北海道生まれ。’06年、大学卒業後に財務省入省。法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。帰国後、東京大学大学院博士課程を修了し、’21年、信州大学特任教授に就任
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