海外特派員としてアメリカに赴任したのち、現役時代は報道機関で責任者を務めた。だが、もっと深くアメリカを知りたいと思い、ニューヨークに住み着いた。
ジャーナリストは貧乏でないと真実は探れないとカネには無頓着な生活だったが、物価は上がり続けているのに、原稿料は下降の一途をたどっているので、売文業だけでメシを食うのは困難だ。ましてやアメリカにいると、円安が生活を直撃し、鼻血も出ない。ドルを多く稼がないことには、どうにも生きてゆけないので、請負やパートタイムでアメリカのいくつかの会社で働いている。当然ではあるが、アメリカの会社は、日系企業とは異なる。働き方や職場での習慣は、100%アメリカ文化だ。特派員時代には知らなかったアメリカ人の姿を目の当たりにすると、日本人の「アメリカ観」が、いかにいい加減かがわかる。

50社以上から落とされ、ニューヨークで得た仕事

「アメリカ人は合理的」は日本人の思い込み!? 在米企業で働い...の画像はこちら >>
 ニューヨークで仕事を得るのは、容易ではない。職は豊富にあるものの、競争が激しいからだ。「100回や200回うまくいかなかったぐらいで音を上げていたらニューヨークでは一生、仕事にありつけない」とは、ニューヨークで生まれ育ったアメリカ人の友人の口癖であり、教訓でもある。

 幸いなことに「へたな鉄砲、数撃ちゃあたる」は信条であり、得意技でもあった。数十年前、日本社会ではまだ中途採用がほとんど浸透していなかった時代に日本のメディアを渡り歩き、職を得た。当時と同じ勢いで求人サイトを使ってアメリカの企業にバンバン応募した。50社ぐらいから袖にされたが、そのうち、世界的な観光関連企業グループから面接の知らせが届く。
担当者との面談を繰り返して、なんとか採用にこぎつけたが、入社初日に「同期」となる10人の面々と顔を合わせて驚いた。半数以上は、日本企業の定年を過ぎた自分よりも年上・最高齢はなんと、75歳だったからだ。

アメリカには採用時の「年齢差別」が存在しない

 決して高齢者を対象にした求人だったわけではなく、経験やキャリアを最優先に選んだ結果だったという。実際、配属先も裏方ではなく、フロントやコンシェルジュなど顧客サービスを担当する部署がほとんどだった。

 そもそもアメリカでは、履歴書に年齢を書き込む習慣がなく、面接で尋ねられることもない。年齢を基準に採用、不採用を決めるのは「差別」につながるという発想があるからだ。

 日本では、企業が求人募集の際に年齢制限を設けることは、原則として法律で禁止されている。しかし、実態としては年齢を履歴書に記入させ、採用時にほぼ無条件に高齢者を弾き飛ばしている場合が多い。そういった意味でも、アメリカと日本との間には差がある。実力主義社会であるアメリカでは、「年齢差別」が存在しない。高齢者が平等に扱われ、新しい仕事に挑戦していることは、日本人はほとんど理解していない。

ウェットで人間臭いアメリカ社会

 働き始めて改めて気付いた、アメリカならではの職場文化もある。一つは、「無駄話」の重要性だ。職場で同僚や上司に会えば、天気の話から始まり、服装や身の上話まで、ありとあらゆる世間話が繰り広げられる。


 日本人の多くは、ニューヨークのことを「合理的な町」だと思っているだろう。しかし、アメリカ社会で働いてみると、むしろウェットで人間臭いと感じる。

 ニューヨークは、アメリカの中では人情味のないクールな町といわれる。そのニューヨークでさえ、職場や地域では無駄話の花が咲く。その輪に加わらないと、互いを理解しようとしない変わり者だとみなされるぐらい、無駄話はコミュニケーションの手段として重要視されている。

 ホテルの職場では暑気払いや忘年会が盛大に開かれる。今年の暑気払いは、ヤンキースタジアムでの試合観戦とスタジアム内でのパーティーだった。少々早めに到着し、試合に見入っていたら、直属の上司がやってきて、「上のボスにすぐにあいさつしろ」と促された。昭和の時代、自分が駆け出し記者のころにあったような光景が、現在のニューヨークで繰り広げられている。

アメリカに対して“間違った先入観”を持つ理由

 かつて「グローバル・スタンダード」という言葉が日本でもてはやされた。バブル崩壊後の金融危機、その後の「金融ビッグバン」による規制緩和、そして大手銀行の淘汰と統合が起きたころだ。政治家も役人も経営者も「日本は世界レベルの基準で物事を考えなければいけない」と口をそろえて「グローバル・スタンダード」を唱えた。


 言葉は独り歩きし、日本人は経済大国アメリカには世界を束ねるような「スタンダード」があると信じていた。そして今も、ニューヨークには「グローバル・スタンダード」が存在すると思い込む日本人は多い。

 ところがニューヨークを見渡す限り、基準らしきものは何もない。それどころか、皆バラバラで、全く違う価値観で生きている。人種、宗教、肌の色、体臭まで多種多様だ。そんなところに「グローバル・スタンダード」などあるはずがない。
 
 島国の特性で、先入観で外国を見る癖が日本人にはある。まずはこれを改めないと、強い日本は取り戻せない。時代は大きく変わり、日本の経済力は低下する一方なのに、まだ「経済大国」と思い込んでいるのも、日本人の病だ。

 これ以上の遅れをとれば日本は先進国ではいられなくなる。「先入観」を排するために今すぐにでも現場に出て、自分の目で事実を確かめないと、先進国としての活路は見つからないかもしれない。

【谷中太郎】
ニューヨークを拠点に活動するフリージャーナリスト。
業界紙、地方紙、全国紙、テレビ、雑誌を渡り歩いたたたき上げ。専門は経済だが、事件・事故、政治、行政、スポーツ、文化芸能など守備範囲は幅広い。
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