年の瀬の秋葉原に集った、反イスラムを訴える人々

 2007年の在日特権を許さない市民の会(在特会)登場以来、街頭での外国人に対するヘイトスピーチが社会問題化した。主な攻撃対象は在日コリアンや中国人だったが、2023年頃からは埼玉県の蕨市を中心として、これら古参ヘイトスピーチ活動家によってクルド人へのヘイトが活発化する。そして、2020年のアメリカ大統領選とコロナ禍によって日本で活発化した陰謀論の政治運動が、この夏、レイシズム運動と完全合体。
「移民反対」を掲げる排外主義運動となった。ここで新たなターゲットにされているのが、イスラム教徒全般だ。

 そして2025年12月6日、東京のJR秋葉原駅電気街口前の広場に、「反イスラム教」の街宣を行おうとする一群が現れた。開始時間の少し前に記者が到着すると、十数人ほどの参加者が集まっていた。それぞれ、背中に「モスク建設反対」と手書きしたTシャツを着ていたり、「ハラル給食反対」「土葬反対」といったプラカードを持っていたり。

 数人の「カウンター」も集まっており、トラメガで街宣集団を叱りつけていた。

 この場に、『陰謀論と排外主義』の執筆陣も含めた陰謀論ウォッチャーたちも集まっていた。実はこの街宣、陰謀論関連の「いままでにない新しい動き」としても注目されていたのだ。

三浦春馬さん他殺説の陰謀論が反イスラム?

 実は、この反イスラム街宣を呼びかけた人物、とある「運動」の勢力だった。その「運動」とは、2020年に自殺した三浦春馬さんが「実は何者かに殺されたのだ」とする陰謀論に基づき、警察の再捜査を求めたり、「死の真相」を人々に知ってもらおうという運動を展開してきた「三浦春馬勢」のことだ。今回の秋葉原での反イスラム街宣を呼びかけたのは、その1人だったのだ。

 しかし政治的な主張を社会に浸透させ実現しようとする他の陰謀論集団と比べて、もともとの「三浦春馬勢」は少し趣が違った。三浦春馬さんを過剰に美化し、人によっては文字通り「神格化」し、そんな三浦春馬さんが殺されてしまった「真相」を世に伝えたいという運動であり、「警察の再捜査を求める」という点以外は、ほぼ政治性がない。
いわば、中高年女性の集団による「三浦春馬さん好き好き運動(はあと)」、すなわち三浦さんの推し活である。

 確かに、「つばさの党」の黒川敦彦の参入により、黒川が関わる他テーマの陰謀論デモや選挙活動に三浦春馬勢の一部が巻き込まれたり、初期には「春馬さんは日本の現状を憂いていた」「芸能界はニセ日本人に支配されている」といった類いのスピーチもなされた場面もあった。ナショナリズムや外国人差別の側面もはらんではいたし、反ワクチンの立場を取る人もいた。しかし、それ自体を主題にしたデモなどを行ったことはなく、政治的な運動の主体になったことはない。

 それが、ここに来て「反イスラム」街宣だ。三浦春馬さん好き好き運動(はあと)まで排外主義の波に飲まれてしまうのか。ウォッチャー勢が数年来、見続けてきた陰謀論集団の、重大な転機になるかもしれない。はたして、どんな街宣になるのか。

トラメガもない、警察もいない

“三浦春馬さん他殺説”を唱える陰謀論者が反イスラム排外運動。「ティッシュが逃げたぞ~」現場は前代未聞の逃走劇に
秋葉原駅前での反イスラム街宣2(12月6日)
 街宣が始まる前から、「カウンター」数人が彼らを叱りつけ、通行人に注意を呼びかけていた。

「ヘイトスピーチ解消法で、差別をすることは禁止されています。そんなことも知らない、違法行為だということも知らないバカの集団が、いまからここで街頭宣伝活動を開きます。みなさん、ヘイトスピーチに注意して下さい」

 トラメガを通したカウンターの声だけが、秋葉原駅前に響き渡る。街宣する側はスピーカーもトラメガも持っていないようだ。


 カウンターに対して、困惑しながら「今日じゃなくて別の日にしたほうがいいよ」などと話し合ったり、何か耳打ちし合ったり。ネットで事前告知をしていたくせに、カウンターが来ることを想定していなかったかのような反応だ。

 事前に警察との打ち合わせもしていなかったのか、警官の姿はない。こうした「揉めがちな現場」では通常、警察が簡易な柵を設置するなどして街宣側と抗議側が入り混じらないよう整理したりするが、それもない。街宣側とカウンター側が入り乱れている。

排外主義配信者の「耳ティッシュ君」

 街宣側の配信者がスマホに向かって喋っていた。

「秋葉原の駅前にモスクがありますが、ムスリムの教えは許されるものではありません。人権侵害をする宗教は、入れてはいけません。モスク撤回、モスク撤回。宗教の自由は認められていますが、ムスリムだけは危険です」

 この配信者は、排外主義デモなどの現場でよく目撃される。ある時、カウンターのトラメガの音量への対策のつもりなのか、耳に詰めたテッシュの切れっ端が耳から垂れていたことから、「耳ティッシュ」の愛称で呼ばれている。

 街宣ではなく配信でヘイトスピーチをしていた耳ティッシュ君に、カウンターの男性がトラメガなしの肉声で詰め寄った。

「ヘイト・スピーチするんじゃねえって言ってんだよコラ。
帰れ!」

 目を合わせず逃げ回る耳ティッシュ君。「消えろ! さっさと消えろ!」と追い回すカウンター。

 耳ティッシュ君は、他の現場でも、男性に叱られるとすぐ逃げる。そのくせ、黙って抗議のプラカードを掲げる女性のカウンターに近寄っていって嫌がらせをする。カウンターたちの間では、抜きん出た陰湿さで知られた存在だ。

集団は街宣せずに逃散

 結局、街宣は行われないまま集団は解散してしまった。「解散」というはっきりした号令もなく、現場リーダーらしき女性も含めて、バラバラにだんだん離脱していく。櫛の歯がかけるように。

 遅れて到着したカウンターも加わって、いつの間にか街宣側の集団の数を上回っていた。「この人たちしばき隊~」などとニヤけながらカウンターを挑発していた高齢女性が駅前広場を後にすると、街宣集団は完全に消滅した。

「あの人は、自民党解体デモの時に、自民党本部に向かって(指で印を結んで)呪詛をぶつけていた人。呪詛おばさんに再会できたのは収穫だった」

 と、ウォッチャーの1人は満足げだった。

 その後もカウンターたちは、彼らが場所を変えてゲリラ街宣を行うことを警戒していた。


「どうも岩本町方面に向かったらしい」
「モスクがある方向じゃないか?」
「モスク(前での街宣)はまずい。いちおう見に行っておくか」

 モスクまでは、徒歩10分ほど。一部のカウンターが監視のため駅前広場に残り、ほか数人がモスクへ。ウォッチャー勢も一緒にモスクへ向かった。

逃げる耳ティッシュ、追うカウンター

 モスク前では、耳ティッシュ君が、1人でモスクに向かってスマホを構えていた。ヘイトスピーチ配信をしているようだ。

 耳ティッシュ君は我々に気づくと、走って逃げ出した。つられて、私はつい叫んでしまった。

ティッシュが逃げたぞ~!

 ウォッチャーだったのになぜか最近はトラメガを持参したり中指を立てたりして、カウンターなのかウォッチャーなのかわからなくなっている男性が、すかさずダッシュで追う。

 後でよく考えたら、耳ティッシュ君がモスク前からいなくなればいいだけのことだったのかもしれないが、その時は、逃げるものを見たら追いかけたくなる「獣としての本能」に抗えなかった。後続の数人のカウンターも、ウォッチャー勢も私も、全員がなぜかとにかく耳ティッシュ君を追った。耳ティッシュ君は必死のダッシュで遠のいていき、角を曲がり、見えなくなった。

「今度からあいつのこと耳ダッシュって呼ぼうぜ

 新しい愛称が誕生した。


遅れてきたトラメガ、そしてサイン会

 耳ティッシュ君が消えていった方向から、黒い大きなカバンをかついだ男性が歩いてきた。ヘイトスピーチ街宣などに参加している、ジンと名乗るレイシストのおっさんだ。

「なんか見知った配信者が逃げていったから、誰かに追われてるのか?って聞いたら、『怖い人に追われてる』と言ってそのまま行っちゃったよ。怖い人ってお前ら(カウンター)のことか」
「ジンさん、いまから駅前に行っても、もう誰もいないよ」
「えっ? なんだよ! トラメガ持って、競馬行かないで来たのに!

 一般に告知していた街宣をやらずに解散すれば、当然、遅れて到着する仲間は見捨てられる。せっかくのトラメガも置いてけぼりだ。

 その後、街宣集団が新橋に移動したかもしれないという未確認情報を受け、一行はいちおう新橋に。別途、ジンさんも来ていた。しかし駅前に街宣の集団はいない。

 カウンターの1人が、発売中の『陰謀論と排外主義』を手に、共著者の1人である記者に声をかけてきた。

「サインもらっていいですか」
「そりゃもう、喜んで!」
ジンさんもサインちょうだい
「やめとけよ!」

 ほかのカウンターたちも何人か、『陰謀論と排外主義』持参。私以外の執筆陣であるウォッチャー勢もその場にいたことから、期せずして執筆陣がこぞってサインを求められるという事態になった。。

 あまりにあっけなく街宣を阻止できてしまい、カウンターも拍子抜けのようだ。
「勝利宣言を」とコメントを求めると、

「勝利宣言というか、そもそも我々は戦ったのだろうか。それすらおぼつかない」

 三浦春馬勢の陰謀論運動の新展開を見ることが叶わなかったウォッチャー勢も、がっかりしているかと思いきや上機嫌だ。

「排外主義街宣をここまで完全に阻止するところを見たのは初めて。いいものを見せてもらった。感激した」

モスク前での豚肉歩き食いも阻止

 参政党が「日本人ファースト」を掲げて14議席を獲得した7月の参院選以降、8月末の反JICA(国際協力機構)デモや東京都の「エジプト合意」への抗議街宣と通じて、イスラム教徒へのヘイトが露骨になっていった。
“三浦春馬さん他殺説”を唱える陰謀論者が反イスラム排外運動。「ティッシュが逃げたぞ~」現場は前代未聞の逃走劇に
フィギュアを掲げヘイトスピーチをするオタク男性(10月10日国会議事堂前)
 このデモに先立つ10月頃には、「秋葉原にモスクができる」「秋葉原にイスラム教徒たちがやって来る」といった類いのデマをネット上で煽る者たちが現れた。実際には、すでに御徒町にモスクを持つイスラム教団体が同じ御徒町にモスクを建設中だというだけの話だ。秋葉原にも御徒町にもそれぞれ以前からモスクがすでに存在しており、もともと稼働している。つまり、騒がれる前からイスラム教徒たちはそこにいて、特に問題は起きていないのである

 その直後の10月10日には、国会議事堂前での「日本政府解体デモ(街宣)」。ここでスピーチの先頭を切ったのは、ゲーム「ウマ娘」のキャラクターのフィギュアを手にした男性だ。

「俺はオタクだ。秋葉原や御徒町にモスクができたら、イスラムの連中が気軽に秋葉原に来ちまう。そして真っ先にメイドさんがレイプされたりお店が破壊される。俺はこの子と共に戦う!」

 11月3日には、都庁前での抗議活動参加者が数人で、御徒町のモスク建設現場前で豚肉(イスラム教徒にとっての禁忌)を歩き食いするという嫌がらせのオフ会を開催しようとした。こちらにも3人ほどカウンターが現れ、通報で駆けつけた警察官の仲裁で、モスク前の歩き食いは中止に。一行は、近くのアメ横を散策するにとどまった。

排外主義運動はしょぼかろうと侮れない

“三浦春馬さん他殺説”を唱える陰謀論者が反イスラム排外運動。「ティッシュが逃げたぞ~」現場は前代未聞の逃走劇に
9月13日(月)に行われた東京都庁前の反移民デモは、タレントのフィフィや河合悠佑戸田市議が参加し、数百人規模に膨れ上がった
 全国で反移民デモが頻発し、中には数百人、数千人の規模になるものもある。しかし大半は、今回の秋葉原街宣や御徒町オフ会のように、小規模だったり、計画性もなければ当初の予定を貫く意思すら弱かったりする

 しかし、このしょぼさを見ても、全く安心できない。こんな「素人」たちがデモや街宣を主催し政治運動デビューを果たしている点は、排外主義の裾野の広さと見ることもできる。クオリティが低くても当人たちがやりがいを感じてしまえば継続してしまうし、場数を踏めば素人でもある程度は成長してしまう。しょぼくても「地道」さは厄介だ。

 イスラム教徒をターゲットとした排外主義運動はすでに、路上でのデモなどにとどまらない展開も見せている。神奈川県藤沢市では、モスク建設に反対する請願などが市議会に大量提出された(市議会は多くを不採択等にしている)。

 しょぼい活動は飽くまでも、彼らが「当たり」を求めて試行錯誤している過程にすぎない。いつどの地域で、どんなテーマで、火がついてもおかしくないのではないか。

 この原稿を書いている最中に、年明け1月11日に国会議事堂前で予定されている次回「日本政府解体デモ」の告知が行われた。告知画像には、「移民政策反対」「モスク建設反対」の文字。日の丸を手にした鎧武者の後ろ姿のイラスト。その視線の先で、モスクが激しく燃え上がっている。もはやヘイトクライムを煽る「犬笛」ではないか。

 主催者にその自覚はないのかもしれないが、能力の低い素人だからこそ、こんなことまで平気でやってのける。むしろしょぼい段階で排外主義には明確にNOを突きつけないと、いつか取り返しのつかないヘイトクライムに発展しかねないのだ。

<取材・文・撮影/藤倉善郎>

【藤倉善郎】
ふじくらよしろう●やや日刊カルト新聞総裁兼刑事被告人 Twitter ID:@daily_cult4。1974年、東京生まれ。北海道大学文学部中退。在学中から「北海道大学新聞会」で自己啓発セミナーを取材し、中退後、東京でフリーライターとしてカルト問題のほか、チベット問題やチェルノブイリ・福島第一両原発事故の現場を取材。ライター活動と並行して2009年からニュースサイト「やや日刊カルト新聞」(記者9名)を開設し、主筆として活動。著書に『「カルト宗教」取材したらこうだった』(宝島社新書)
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