巨人を計17年間率いた原辰徳から、こんな話を聞いたことがある。
※本記事は、江本孟紀著『長嶋亡きあとの巨人軍』より適宜抜粋したものです。
若かりし坂本勇人を起用し続けたワケ
2006年のドラフトで1位指名された坂本勇人だ。ルーキーイヤーはプロの体つきにはほど遠く、技術も未熟だった。だが、走攻守に光るものを感じた原は、1年目のシーズン終盤に一軍に呼んだ。そして、翌2008年シーズンからは、二岡に代わってショートのポジションを任せた。ただし、原からすると、当時の坂本はまだレギュラーを確約できるほどの実力を持っておらず、いわば見習い期間のようなものだった。打撃面においては、インコースのさばき方に目を見張るものがあったものの、まだ穴が多い状態。守備はいうと、一軍半レベルの未熟なものだった。
そこで原は坂本とこんな約束をした。
「試合前にオレがノックを打つから、徹底的に守備練習をやろう。毎日準備して待っているから。疲れていても弱音を吐かず、必ずグラウンドに出てくるんだぞ」
ただ、そうは言ってみたものの、シーズンが進むにつれ、坂本の身体には明らかに疲労が蓄積していた。
晴れやかな表情を浮かべた坂本を見て「迷いはなくなった」
このときの原は、迷っていた。「たしかによく頑張っていましたが、『もう無理だな』と思うことが、日を追うごとに増えていったんです。東京ドームで試合がある日、自宅を出て車で走っているとき、『ほかの選手をスタメンにしよう』と考えたのは、一度や二度ではありまぜん」
逡巡しながら監督室でユニフォームに着替えていると、「コンコン」とノックする音が聞こえる。ドアの開いた先には、練習用ユニフォームを身にまとい、グラブを持った坂本の姿があった。
「おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」
すがすがしい笑顔を浮かべた坂本からは、疲れたそぶりなどみじんも感じられない。
「ようし、わかった。すぐに行くから先にグラウンドに出て準備していなさい」
原がこう返すと、坂本は晴れやかな表情を浮かべ、その場をあとにした。
「はつらつとしているうえ、目がギラギラしているんです。いわば野心がむき出しの姿を目にしてしまうと、迷いは一切なくなりました。『ようし、今日もスタメンで行くぞ』と。そんな毎日を積み重ねて、気づけばシーズンを終えていた。シーズン中は辛いことも多かったはずですが、1ミリも表情に出さなかった。
原は笑顔で当時の様子を振り返っていた。
若い選手たちに送りたい「根性」という言葉
はたして今の巨人には、当時の坂本のような選手がどれだけいるのだろうか。かつてのように、大型補強ができない。それゆえに、二軍で汗を流す若い選手たちも、懸命に頑張って結果を残していけば、一軍で活躍できる機会がきっとまわってくるはずだ。
一軍に呼ばれないというのは、どこかに「巨人のユニフォームを着ている」ことに対する満足感や達成感があるのではないだろうか。そんな選手ばかりでは、一軍で活躍はおろか、首脳陣からも評価してもらえない。
せっかくプロの世界に入ったのだから、がむしゃらに練習し、自身の能力を磨き上げていくことを何より優先してほしい。
プロ野球選手として現役でいられる期間は、高卒であれば7年、大卒であれば5年くらいと言われている。だが、長く現役生活を送りたいのであれば、1球でも多く投げ、1球でも多く捕って、1球でも多く打つことでしか、道は開けない。
今の時代では、「根性」という言葉は死語かもしれない。しかし、時代をこえて肝に銘じるべき言葉だと、私は思っている。
<談/江本孟紀>
【江本孟紀】
1947年高知県生まれ。
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