■落第生だった27歳の頃、お金も人脈もビジョンもゼロで写真の道へ
「正直、写真を始めた頃は、20年後も活動が続けられているとは、想像できませんでした」そう述懐するように、青山さんの写真家としての始まりは心許ないところからだった。
「大学に一浪して入学し、心理学を専攻しました。けどその後は2年間休学して、1年留年。27歳の時点で、ようやく大学を卒業。世間から見たら完全に落第生です(笑)」
20歳のときに自転車で日本縦断を始め、その道中で写真撮影の魅力を知り、のめり込んでいく。同級生が心理カウンセラーや会社員として堅実な道を選んでいく一方、自分の進む道を決められないままだった。今度は「自分を探すため」に2度にわたる世界一周の旅に出かけた。2度目の世界旅行の道中、グアテマラの安宿のシャワーの下でふと、腹を決めた。
「『ウダウダ考えても仕方ない。全力でやれるのは写真しかない』って、頭の中にフッと浮かんだんですよ。そこで“写真でいくしかない”って覚悟を決めた。その気持ちは20年経った今でも、1ミリも変わってないですね」
写真の専門学校に通い、卒業と同時にフリーランスの写真家としてのキャリアが始まった。
「『これで食っていく』というリアリティもなかったし、自分にすごい才能があるとも思っていませんでした」
お金も人脈もビジョンも、ほぼゼロの状態からのスタート。
「ただ一つ、“写真を辞めない自信”だけはあったんです」
手探りで踏み出したスタートから20年。気がつけば、ジャンプするサラリーマンを撮った『ソラリーマン』や、顔の見えない女子学生たちを捉えた『SGC』、ひとりの匿名の少女に寄り添う『少女礼讃』など、青山さんの名前と結びついて語られるシリーズがいくつも生まれていた。
これらの作品には、ユーモラスでありながら共通して〈記号性と個性〉というモチーフが通底している。『ソラリーマン』は、画一的な“スーツ”という記号をまとったサラリーマンからあふれ出る個性をすくい取る。『少女礼讃』は、年齢も名前も出身地もわからない“少女”という記号的な存在に密着し、そこからにじむ固有の気配に焦点を当てている。
そのなかでも、2006年から続く代表作のひとつ『SGC』は同じモチーフを持ちながら、もう一つ別の視点を強く抱えている。制服という画一的な格好の女子学生から立ちのぼる個性にフォーカスしつつ、同時に青山さん自身の学生時代のコンプレックスを作品の核に据えたシリーズでもある。
■「女子が怖い」少年だった ──身体コンプレックスが生んだ視線
「1人っ子でもあり、人見知りも激しくて、他者とあまり関わる経験がなかったんです。保育園でも小学校でも友だちはいるにはいましたが、特に異性と上手く話せないことにすごく劣等感を覚えていました。
とにかくコンプレックスの塊だったと振り返る。なおさら異性と向き合う自信は持てなかった。
「女子への興味もめちゃくちゃある。でも、同じ教室には女の子がいるのに、話しかけたことすらない。興味しかない女性が目の前に存在しているのに、正面から向き合えないし声もかけられない環境は、ある意味天国であり、地獄でした(笑)」
青山さんの記憶の中の女子たちは、今も「顔がない」という。
「向き合えていないから、当時の女の子の顔をほとんど覚えてないんです。存在はしているのに知らないことだらけ。
だから『SGC』の写真には、真正面からバストアップで撮ったようなカットが少ない。多くは斜め後ろや横、裏側からだ。
「少年時代は、例えば“うなじが綺麗だな”と思っても、当たり前ですが凝視なんてできない。パッと見て、パッと視線を逸らしたり…。その一瞬の残像感が記憶に残っていて。特に過去の作品は、フィルムの二眼レフカメラで撮っていたので、暗いファインダーの中で覗くと、ピントがちょっと甘くて。それで出来上がった写真の“ぼやけ方”が、自分の青春時代の目線と残像感にシンクロした気がしました。なので(『SGC』の)本当のタイトルは『”MY” SCHOOLGIRL COMPLEX』。私の男子学生だった頃の、女子学生へのコンプレックスが作品の根幹にあるんです」
■「変態」がテーマのグループ展で知った、“キモイ”だけじゃない世界
「毎回お題が変わるグループ展があって、あるときのテーマが『変態』だったんですよ」
思春期のコンプレックスを題材に、女性をモデルに作品作りを始めた青山さんにとって、このテーマは、想像以上にハードルが高かった。
「モデルさんを撮影する際、事前にコンセプト説明をするのですが、当時はまだコスプレへの理解もなく、かなりの方に断られて。いざ撮影が始まっても、モデルさんは終始『キモい』と思っていたんじゃないか?と、不安で仕方なかったです」
作品そのものには手ごたえがあった。だからこそ、自分の一番恥ずかしい部分を世の中に晒すような気持ちになり、展示が始まっても恥ずかしすぎて会場にいられず、場内の後ろ奥に隠れた。
「女性のお客さんの声で、『可愛いね』『懐かしいね』という感想が聞こえてきたんです。てっきり『何この写真、キモい』って言われると思っていたから、本当にびっくり。もしあのとき会場にいなくて、あの声を聞いていなかったら、『1回展示して終わり』になっていたかもしれません」
以降『SGC』は青山さんのライフワークの一つとなった。
「自分の人生を振り返ると、青春時代は何一つ報われなかった。黒歴史と言ってしまうと言い過ぎだけれど、あの頃に戻りたいか?となると、二度と戻りたくない。だけど、写真を撮り始めて、自分の中で想像力が1番豊かだった頃の世界を写真を通して生み出していたんだと気づいて。だから、思春期の頃の自分と向き合って、作品にし続けようと思いました」
■「“MY” SCHOOLGIRL COMPLEX」から、「少女たちのコンプレックス」へ
「思春期の頃にあった“奥ゆかしさ”が、作品から少しずつ抜けてきていると感じたんです。自分の中のコンプレックスが薄まるのと比例するように、写真もだんだん直接的な表現になっていく。それで一度、2021年に『SCHOOLGIRL COMPLEX AtoZ』というベスト集を刊行して、『これで止め!』と、区切りをつけたんです」
ところが、その宣言からわずか1年後の2022年に撮影を再開。
「『“MY” SCHOOLGIRL COMPLEX』だった僕の女子学生へのコンプレックス。そして『NEW SCHOOLGIRL COMPLEX』(以下『NSGC』)では“MY”が外れて、『少女たちそれぞれの関係性から生じるコンプレックス、彼女たち自身が抱えるコンプレックス』に焦点が移り変わっていきました」
そこには、青春時代のもう一つの原体験——「女子の集団」への畏怖も横たわっていた。
■「ほぼ地獄だった」スクールガール・コンプレックスの新作に漂う“不穏さ”の正体
「もう一人の男子は、嵐の松本潤くんみたいなイケメンで、そりゃあ黄色い歓声を浴びるわけです。それに対して僕は大人しいガリ勉。部活内ではほぼ空気みたいな存在で。ほぼ地獄の環境でしたね(笑)」
空気のような存在だからこそ、女子たちの集団に上手く紛れ込めた。だからこそ、見えてはいけない世界も目の当たりにすることになった。
「女子の集団の会話に耳を傾けると、誰かの悪口で盛り上がっている。するとあの時悪口を話していた子が、別の場所ではさっきの仲間の悪口を言っている。そうした光景を何度も目撃して。
その実感を写し込みたいと考えた。
「『NSGC』には、これまでのシリーズにはなかった“不穏さ”みたいな空気を意識的に入れてます。光の入れ方も陰のほうを強調していて、ちょっとホラーっぽいくらい。女子の群れを前にした僕のアンビバレントな感情——“ホッとする”と同時に“怖い”——その両方を撮ろうと思って」
『NSGC』には青山さんの青春時代の「憧憬」と「翳り」が静かに寄り添っている。その相反する二つの同居が作品を美しく、妖しく輝かせているのだろう。
■「青春を終わらせる」のは、簡単。でもそれは、たぶん嘘
「僕、今でも女子たちが怖いんですよ。これは思春期の頃から本当に何も変わってません」
コンプレックスが完全に解消される日は、とうに来たと思っていた。だが、そうではなかった。
「感情って0か100かじゃないんですよね。『解消した!』と思っても、ふとした瞬間にまた顔を出してくる。一度、『いつまでも傷を引きずっても仕方ないよね』と思い『SGC』を卒業しようとしたけれど、それも一時の気の迷いでしたね(笑)。写真家として20年やってきたけれど、人間としては大して成長してないかもしれない。でも、それでいいのかなって。大人になってから、『全然中身は大人じゃないな』って気づく人のほうが多いように、僕はずっと青春を引きずり続けていくと思います。コンプレックスは、愛し続けてやることがいいと思いますよ」
青山さんにとって、コンプレックスは「乗り越えるもの」ではなく、「抱えたまま付き合っていくもの」なのだ。
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