家族3代の“学歴の呪縛”
――楊木田さんは智辯和歌山高校から早稲田大学法学部ですよね。非常に立派な経歴に見えますが、ご自身は満足できなかったということでしょうか。楊木田英輝:親族のなかに、学びたい場所で学ぶことができなかった者が多かったことが影響していると思います。たとえば私の祖父は、親族から「農家の家に学は必要はない」と言われ、教員たちからその能力を認められながら、学ぶことができなかった人です。結局、精神科の看護師としてキャリアを終えました。祖父の娘、つまり私の母は、関西大学に進学できる実力がありながら、桃山学院大学という、親族の自宅から通える学校に進学しました。婿養子である父もまた、経済的な理由で和歌山大学進学を断念した人です。
そうした人たちに比べて、自分は昔から勉学に秀でていると認めてもらえて、しかも努力できる環境にいました。だからこそ、絶対に東大に行きたいと考えていたんです。
「東大への執着」の正体
――なぜ東大一択だったのでしょうか。楊木田英輝:智辯和歌山高校に入学したときに衝撃を受けたのは、最初の理事長挨拶で「大人や社会は本当のことを言わないが、私は言う」と前置きして、「東大・京大に行きなさい。そうすれば幸せな人生が送れる」と続けたんです。東大ではなく京大に進学した友人が、理事長にそのことを詫びたことがあります。
あるいは、私は小学生ながらに新聞を毎日読んでいて、官僚の人事異動の欄にも目を通していました。そこから、この国を動かしている官僚に対する憧れが出てきたことも大きいと思います。
――話を聞いていると、ご親族に対する思いやりも深いですよね。そのあたりも、東大への意欲になりましたか。
楊木田英輝:私の姓である楊木田は、平家の末裔である可能性が非常に高いのです。それを裏付ける家紋などもあります。現在、楊木田姓は日本に9名しかいません。私がこの世に生を受けるまで、40年近くものあいだ、男子は誕生しなかったそうです。だから、祖父は私を非常に可愛がってくれて、また目をかけてくれました。通知表が配られると、まず見せにいくのは両親ではなく、祖父でした。
祖父が私の成績をみて嬉しそうにすることが、私にとっては嬉しかったんです。「もっとこの人を喜ばせたい」と思って、立身出世に燃えた部分もあるかもしれません。
大学8年生で祖父へ見せた「卒業見込み」
――反抗期もないのはすごいですね。楊木田英輝:反抗期とは違いますが、期待に抗ったことならあります。まさに東大文Ⅰへの受験です。祖父は看護師でしたから、若くて知識も浅い医師がベテランの自分よりも高い給料をもらうことに対して複雑な思いを抱えた人でした。簡単に言えば、医師へのコンプレックスがあったのだと思います。祖父や大叔父(祖父の弟)は、私を医師にしたいと思っていたのでしょう。
文理選択の前、文系に進学しようとしていた高校1年生の私を、2人が呼び出したのです。「お前、文系で何をしたいんや」と言われて、私は「弁護士か官僚になりたいです」と答えました。「弁護士なんてんなってもしゃあないやろ」と露骨にがっかりする大叔父をみて、私は「官僚になって国のために働きたい」と説得しました。祖父は公立病院に勤務していましたから公務員ですし、大叔父も公務員なのです。
――進路に口を出されるのは腹が立ちませんでしたか。
楊木田英輝:いえ、そのようには思いませんでした。自分のためにわざわざ時間を作って説得をしてくれているのだから、何とか私の考えていることを伝えて、納得してもらいたいと思っていました。
――失礼ながら、楊木田さんはそのあと、東大ではなく早稲田大学に進学し、そのあと何度も留年し、官僚にはなっていませんよね。
楊木田英輝:そのとおりです。私が大学8年生のとき、祖父は他界しました。最期まで、私が卒業できるのかどうか、心配してくれていたと聞きました。大学の“卒業見込み”という文字を見せたことがあるのですが、涙を流して喜んでくれました。結局、祖父の恩に報いることはできませんでしたが、将来的に卒業できることを伝えられて、安心してもらえたのではないかと思っています。
早稲田の顔ぶれにがっかりした
――早稲田大学は、楊木田さんにとってどんな場所でしたか。楊木田英輝:当時はまだインターネットなどもなく、情報の薄い時代でした。私は勝手に早稲田大学法学部の半数くらいは東大を受験して失敗した人が来るものだと思っていたんです。
ただ、学生生活を通して思うことは、非常に度量の広い大学だったということです。また、智辯和歌山高校がなければ早稲田大学にも出会っていないので、母校に深い感謝があります。
――仮面浪人・再受験交流会を設立した理由はどのようなものですか。
楊木田英輝:私自身が早稲田大学在学中に精神疾患を患ってしまい、医師からも長期間での療養が必要になる旨を告げられました。そのとき、長年描いてきた官僚という夢を断たれる音を聞いたんです。同時に、たとえ仮面浪人が成功しなくても、仲間と親睦を深めていける暖かい場所があればいいなと思って作ったんです。
遠回りの末に見つけた恩返しの形
――交流会では、さまざまな人たちと出会うわけですよね。楊木田英輝:はい。ちょうどこの取材をしている前後に、交流会時代の仲間の訃報に触れました。まだ交流会を立ち上げる前、一緒に仮面浪人をしていた先輩なのですが、彼は大学5年生で国立大医学部に進学しました。私は麻雀が好きで、プロ雀士にもなるほど打ち込みましたが、その先輩とはよく麻雀をやる仲でした。
仮面浪人・再受験交流会に在籍していた医学部志望の学生を先輩に紹介して、実際に医学部合格を勝ち取ることもありました。私自身は祖父が望んだ医師にはなりませんでしたが、私が作った場所で、医師になる子たちが出てきたことは喜ばしいですね。
――楊木田さん自身は、今後の人生についてどのように考えていますか。特に、希少な楊木田姓に久しぶりに誕生した男性ということでの期待もあると思います。
楊木田英輝:私は早稲田大学を卒業後、教育にかかわる仕事を長く続けてきました。また、2025年末までは都庁職員として勤務するなど、念願だった公務員の仕事にも就けています。ただやはり体調が不安定で、経済的なことなどを考えると、結婚を強く希望しているのに実現できていません。幸い、きょうだいの下の代には男の子がいるので、家は存続していくと思うのですが、本家の長男として、結婚して子どもを残して姓を守っていくことが私の責任だと思います。責任を果たして、恩返しできたらいいなと思っています。
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一般に、学歴にこだわる人間は鼻につく。煙たがられる。だが利己ではなく、自分を大切にしてくれた誰かに報いるためのトロフィーのためならどうか。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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